Liner Notes

観たこと、聴いたこと、読んだことを忘れないように印象に残った光景を栞として綴ってみました

§4「1Q84」 村上春樹, 2008.

2013-02-14 | Book Reviews
 ふたつの月が見える世界「1Q84」。主人公のふたり「天悟」と「青豆」は、イギリス童話「ジャックと豆の木」の暗喩なのかも知れません。

 貧しいジャックが牛と交換した豆が天高く芽生え、天上に棲み人を食らうという巨人の城にたどり着く物語は、ひょっとしたら、その巨人は自らの意志に関わりなく起動する自らに潜む力がもたらすあらゆる欲望の暗喩なのかも知れません。

 ふたりが、おかれた状況をいかに理解しようとしても、いかに説明しようとしても、天悟が描写した小説の世界にいつのまにか組み込まれていく自分。それはあらゆる経験は自らが書き換えられることの暗喩なのかも知れません。

 夏目漱石の前期三部作、人生はかくあるべしとの仮説を選ぼうとした「三四郎」、いかに生きるべきかという仮説を選んだ「それから」、そしてその仮説の正しさを証明しきれなかった「門」。

 「1Q84」は賛否両論、様々な解釈があると思いますが、人生は選択することよりも、おかれた状況でいかに向き合うか、いかに行動すべきか、そしてそこで得られた経験そのものが人生をかたちづくるはずと示唆しているような気がします。

初稿 2013/02/14
校正 2020/04/04
写真「地獄の門」オーギュスト・ロダン, 1930-1933.
撮影 2012/08/24(東京・国立西洋美術館)