Liner Notes

観たこと、聴いたこと、読んだことを忘れないように印象に残った光景を栞として綴ってみました

§103「女の一生」(第一部 キクの場合) 遠藤周作, 1982.

2020-05-04 | Book Reviews
 約四百年に及ぶ幕府の政治的正統性は天照大神の末裔とされる天皇から治政を負託されたことに由来し、その神以外を奉ずる宗教は国家的秩序を揺るがす邪宗門として迫害の対象となった。

 江戸幕府治政下における四度にわたるキリスト教信者の迫害とされる浦上四番崩れの舞台となった長崎は、日本のカトリック三大司教区のひとつ。

 約三千もの信者が追放された地にて棄教を迫られ、再び故郷・浦上の地を踏んだのは約五年後、清吉もまたその一人。

 一方で、信者ではないキクは聖母マリア像に彼への想いをつぶやく。

「あんたはどなたかは知らん。ばってん清吉さんが崇めとる女たい。女ならうちのこん気持ち、わかってくだされ。おねがいします。清吉さんば辛か目に会わさんごとしてくだされ」(p.240)

 そのつぶやきは願いから期待に変わり、叶えられないように感じる時には妬みや怨みに移ろいながら、いつしか祈りへと変わっていったような気がします。

「清吉さんのためうちにできたことは・・・少しのお金ばつくってやったことだけ。ばってん、そんお金のために・・・体ばよごさんばいかんやった」(p.421)

 清吉が再び故郷・浦上の地を踏んだ二年前の冬、彼女は聖母マリア像の下で短い人生を終えました。

 キリスト教といえど、人を想う気持ちといえど、その人たちが生きた時代や環境のなかでは不条理に映るときがあるかもしれません。

 ひょっとしたら、不条理な時代や環境のなかでこそ、自らの心の奥深くに秘めている「影」と向きあい、誰かを救うべく行動することが「自己実現」への第一歩のような気がします。

初稿 2020/05/04
校正 2021/05/02
写真 越辺川の菜の花
撮影 2020/04/12(埼玉・坂戸)