京都・仁和寺、出家した宇田天皇が住職として居住した門跡寺院。またの名を御室御所とも呼ぶそうです。
幾多の勅撰和歌集に選ばれし三十六歌仙のひとり、伊勢は宇田天皇の中宮、藤原温子に仕えた女房のひとり。その温子の弟、枇杷左大臣との恋歌のひとつ。
「涙さへ 時雨にそひて ふるさとは 紅葉の色も こさまさりけり」(後撰和歌集 四五九)
後に、宇田天皇の寵愛により授かった皇子は夭逝するも、宇田天皇の息子と結ばれ、三十六歌仙のひとりとなる中務(なかつかさ)を授かりました。
然るべき相手と結ばれず、宮中にて生きなければならなかった人の心の調べは、後悔や叶わぬ願いの吐露ではなく、宮中にて生きることへの逞しい信念の表れだったのかも知れません。
初稿 2013/01/13
校正 2021/04/05
写真 仁和寺, 888.
撮影 2007/12/02(京都・御室)
幾多の勅撰和歌集に選ばれし三十六歌仙のひとり、伊勢は宇田天皇の中宮、藤原温子に仕えた女房のひとり。その温子の弟、枇杷左大臣との恋歌のひとつ。
「涙さへ 時雨にそひて ふるさとは 紅葉の色も こさまさりけり」(後撰和歌集 四五九)
後に、宇田天皇の寵愛により授かった皇子は夭逝するも、宇田天皇の息子と結ばれ、三十六歌仙のひとりとなる中務(なかつかさ)を授かりました。
然るべき相手と結ばれず、宮中にて生きなければならなかった人の心の調べは、後悔や叶わぬ願いの吐露ではなく、宮中にて生きることへの逞しい信念の表れだったのかも知れません。
初稿 2013/01/13
校正 2021/04/05
写真 仁和寺, 888.
撮影 2007/12/02(京都・御室)
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