走ったね。おれは、走ったね。
探したね。おれは、探したね。
何をって、おれのアイフォーンをさ。
今年はさ、去年ちゃんと育ったものしか植えてないわけ。ん?なんの話かって?おれの庭の畑の話だよ。
鷹の爪って書かれていた苗を植えたら、成ったのはシシトウだったってのはご愛嬌さ。毎日成り立てを食べてる。焼いたり揚げたり。
ジャガイモ、タカノツメとトウガラシ、エダマメ。ネギとタマネギ。シソ、バジル。
大玉トマトって書かれていた苗を買ったのに、成ったのはプチより少しだけ大きい小玉トマトだったってのもご愛嬌さ。
でね、今年は肥料ってやつを使ってみようと思ったのさ。うん、今頃。
で、なんだかツブツブした肥料を買って来た。ここは奮発して、ちょー高いやつを買ってみた。1750円くらい。20キロも入ってるやつ。蒔いてみたんだけど、あれだね。家庭菜園規模だと、20キロって・・・一生分ある気がするね。
毎朝、畑をはんなり眺めているわけなんだけど。たとえば雑草をむしったり、土寄せをしたり、撫でてみたり、愛でてみたり。ある日、巨大な雑草に気がついてね。おっ、どこがで見たことのある立ち姿だなぁと思ったら、去年植えたプチトマトの種から自然発芽した苗ではないか。来る日も来る日もニョキニョキと生えて来るプチトマト苗。ジャガイモを収穫したあとの一号畑は、今やプチトマト畑に変わっているのだ。結構成るよ。成るはずだよ。
やっちゃおうかな?プチトマト食べ放題。500円くらい取るかな。プチトマト食べ放題企画だな。でもな、みんながいっぱい食べたらすぐになくなっちゃうな。そしたら困るからな、一人十個までにするかな。十個で500円は高いな。でも食べ放題だから500円でいいかな。十個まで食べ放題、500円だな。・・・詐欺っぽくていいな。気に入った。
おぉ、話が脇道にそれすぎってくらいにそれたぜ。おれは走ったんだった。
肥料をあげたんだよ。買ってきたやつ。時にザクザク、時にパラパラ。素人だからな。そこらへんは適当でいいんだ。
そしたらさ、なんかちょースローな動きをする物体が目に止まったんだよ。
なんか・・・羽が見える。なんだ、なんだ?
今まさに肥料を撒き散らしたプチトマトの苗の茎に、羽の生えたちょースローな生物。
最初は裏側から見ていたからね、なんだか気持ちの悪い透き通った物体にしか見えなかったんだけど・・・。表側に回ってみると・・・
セミじゃーん。蝉が羽化する所じゃーん。スローな動きは、丸まっている羽をゆっくりと伸ばし広げるところ。NHKのドキュメントみたいじゃーん。教育テレビじゃーん。ナショナルジオグラフィックみたいじゃーん。
これは写真に収めねば!と、走ったってわけ。走って部屋の中へ入ってアイフォーンを探したんだけど・・・あれ?見つからない。あれ?あっ、外じゃーん!
アイフォーンを手に取り、セミの赤ちゃんを撮影。羽はもう伸び切っていたよ。
これには余談がある。
肥料を蒔いて土をかけて。結構な数の苗があるわけで、結構な時間がかかった。
で、陽も落ちてきたから水撒きでもするか、と蛇口を開き雨を降らす。育て育て、グングン育て。
あっちの方で、何かがヒクヒクと動いている。なんだ?
あっ!セミじゃーん!セミの赤ちゃん、忘れてたじゃーん。
人工の雨に打たれて、セミの赤ちゃんが地面でひっくり返ってヒクヒクしている。
人差し指を差し出して助けたね。必死で掴まってくるセミの赤ちゃん、可愛かったな。きっとおれを父親だと想ったな。あの表情は、そんな感じだった。
来るかなぁ・・・セミの恩返し。
だって、おれ、命の恩人だし。
あぁ・・・夏だなぁ。
おしまい。