今更ながら、斜里の一日の続き。を書くかな。
日付けを戻って確認するのが面倒なので、推測するに多分、池の湯の狂った三線を弾きならすおっさんの話辺りまで書いたんじゃないかと想う。
池の湯にザブンと浸かって、次はコタン温泉に向かった。屈斜路湖畔随一の温泉はコタン温泉、これは間違いない。昼間の混浴露天風呂・・・女子などが来ると照れるので、ここもザブンと浸かってサッと出る。
温泉は好きだが、温泉マニアと言うほどでもない僕なので、なんだか、温泉
ごっこをしているような気になる。とりあえず入っておくか・・・的な。
コタン温泉の向かいに小さな小屋が建っている。風が吹けば飛びそうな・・・オンボロな小屋である。そこはお土産屋。フクロウの木彫りがたくさん置いてある。急ぐ旅でもないので、フラリと小屋の中へと入ってみる。
入り口に近づくと、声がする。誰もいない。気のせいか?さらに声がする。誰もいない。気のせいか?ん?確かに何か言っている。
なんのことはない、中からおっちゃんが「中へ入りなさい」と呼ぶ声だった。
オンボロ小屋の片隅で、おっちゃんが木彫り細工を・・・と思ったら違った。おっちゃんは、壊れた自分のサンダルを直していた。
「今の連中はな、モノが壊れるとすぐに捨てるだろ?直せば使えるモノでもすぐに捨てるだろ?」
そうつぶやきながら、おっちゃんはせっせとサンダルを直す。
屈斜路湖畔随一の温泉、コタン温泉。このおっちゃんが作ったんだって。事の心顛末をとうとうと語ってくれた。もう何十年も前のことだ。
このおっちゃんは内地の出身で、運命の女性を探しに、つまりは嫁探しの旅に出たところ、旅に出てすぐに北海道阿寒湖のアイヌコタンでアイヌの女性に出会った。二年かけて口説き落とし、阿寒湖と屈斜路湖でお店を始める。理想の嫁は不幸にも早逝してしまい、男手一つで三人の子を育てる。
フラッとチョコっと寄ったつもりが、そんな話の後には、現代人へのお説教が始まる。
おっちゃんは、FacebookやTwitterやBlogといったものがお嫌いのようで。老若男女全てが同じ情報を共有するというご時世にひどくご立腹。ナビだけを頼りに合理的な旅行をする人たちにもご立腹。
僕のような、寄り道至上主義の旅人にしてみれば、おっちゃんの話にうんうんと頷くところも多々あるのだが・・・。
おっちゃんが過ごしてきた、戦後から現在に至るまでの多種多様な変化を鑑みると・・・Facebookやらなんやらなんていう変化など・・・些事なんじゃないかと。
ラジオやテレビや冷蔵庫や洗濯機や車や携帯やら、戦後の混沌やら高度成長期やらバブル景気やら底なしの不況やら、そのどれと比べてもFacebookやらなんちゃらが悪いというおっちゃんなのだが・・・。
悪いけど、僕にしてみれば、こんな時代を作ってきたのは、おっちゃんたちじゃねぇか・・・と。反省してくれよ・・・と。猛省してくれよ・・・と。思わないでもなかったんだなぁ、僕は。
でもね、おっちゃんのことは好きだよ。1時間半も説教されて、予定が狂っちゃったりはしたけれど、おっちゃんの話は面白かったし、勉強になった。これぞ・・・旅の中の出会いだ。
しかし、あれだ。おっちゃんは、やけに世相に詳しい。テレビを観たり、新聞に目を通したりしているんだろうな。
僕なんぞはね、もうテレビから離れて早数年。さらに、旅なんかをしてると完全に浦島太郎状態なわけなんですよ。
何が言いたいか。
おっちゃんは怒りに溢れている。僕は怒りを忘れている。
情報は僕らに「怒り」という感情を伝達するものなんだなぁ・・・と染み染みと思ったというわけで。
今日のクライマックス。次なる場所へと向かうのであった。