ライオンの詩 ~sing's word & diary 2

~永遠に生きるつもりで僕は生きる~by sing 1.26.2012

ものがなしいかぜ。

2014-12-31 04:28:15 | Weblog
明けて大晦日。2014年は今日で終わり。と。
年末が押し迫ってくると、なんとなく物哀しさを感じてしまうのは、僕だけなのだろうか。なんとなく、来たる新年よりも、過ぎ行く今年に想いを馳せてしまう物哀しさ。ただ、なんとなくね。

心の中で、シオンの「物悲しい風」が流れている、今日この頃。いかがお過ごしですか?

どんな一年でしたか?ってね。

ちゃんと汗をかいて過ごしましたか?ってね。

走れるだけ走りましたか?ってね。

届かないものに、手を伸ばしましたか?ってね。

一年前の自分と比べて、変化へありましたか?ってね。

いつか遠い昔に蒔いたタネは、植えた苗は、スクスクと成長していますか?ってね。

結局、どんな一年でしたか?ってね。

どんな一年でしたか?って言うよりは、今のところどんな人生ですか?って感じかな。


さて、ミレニアムだ2000年問題だなんだと騒いでから15年が過ぎ、小渕優子さんのお父さんの恵三さんが平成の元号を発表してから27年目を迎えるってことで。

何が言いたいかってね。
時は待ってくれないのですよ。
刻み続ける時は、残酷なほどに速いってことですよ。

シオンの物悲しい風を口ずさみながら、今日という一日をどんな風に過ごそうか、考えていたりするのです。


眠ったらバレる。

2014-12-30 04:35:47 | Weblog
まるでヘッドスパでも受けているかのように、ヘッドスパを受けたことがあるわけじゃないから知らないけど。頭をゴシゴシとされては、ペニョンと電極をつけられて行く。アルコールで拭いてクリームを塗ってペニョン。それを数十箇所。

頭から機械に向けて、ニョキニョキとコードが何十本も出ていく。自分では見えないからわからないけど。出てんだろうなぁ、という感じ。

今、眠いですか?と聞かれたので、うっすら眠いです、と答えた。

じゃあ、眠ったところの検査から始めますね。と言われた。

さぁ、眠ってください、さぁ、今、眠って、眠いんだろ?眠いって言ったろ?はよ眠れや!くらいの勢いで、検査は始まる。

まぁ、眠れって言われてすぐに眠れるわけでもないのだが、眠ったふりでもしておけばいいだろな、と思って、目を閉じていたら、しばらくして、眠り検査は終わった。眠ったのかな?よくわかんないけど。

次は起きてる時の検査。眠らないでくださいね。と、釘を刺された。
そんなに簡単に寝ませんよぉ、と思いながら、息を吸って吐いて、吸って吐いてを繰り返す。腹式呼吸でお願いします、とかね。鼻から吸って吐いてを繰り返す。100回くらい。

これ、眠る時の呼吸なんだね。別に眠くないから大丈夫だけど。

そしたら、「寝ないで!」と大きな声で叱られた。ビックリした。どちらかというと、ビクっとした。なぜビクっとしたかというと、多分、眠りそうになっていたから。

だって、横になって、目を閉じて、鼻から息を吸って吐いてを繰り返してたら、寝るっつーの。
でも、大人なのに何回も叱られるのはダメなので、頑張った。

検査の結果は来年。これで今年の病院は終わったよ。

あとちょっと。あと一ヶ月くらいで、病院生活も終わるような気がするなぁ。まぁ、希望的観測ではあるけどね。



おとといきやがれ。

2014-12-29 06:31:45 | Weblog
今年最後の病院。今日はCTと脳波の検査。
CTの機械に横たわって、ウィーンと中に入って行く時、おぉぉすげぇ!と目を開けて見ていたら、係りの人に「目は閉じてください」と叱られた。
一度目を閉じてしまうと、次に目を開けるタイミングが難しい。目を開けて、係りの人がまだそこにいたら又怒られるし、目を開けた時が絶対に目を開けてはいけないタイミングだったりすると大変だし・・・と、あれこれ迷っているうちに、CTはあっという間に終わった。結局、ウィーンの中身が見られなかった。

CTが予想より早く終わったので、脳波検査の受付に行くと、「おまえの予約は1時だろ?今何時だと思ってんだ?まだ11時だろうが?おととい来やがれ」みたいなことを、丁寧な言葉で言われたので、1時間半も暇になってしまった。

事故で入院した時。ICUで一夜を過ごし、翌日、ベッドごとカタカタと運ばれてCT室に入れられてウィーンをやられた。
ICUを出て、廊下をずずーっと進んで、エレベーターに乗って下へ降りる。細かい段差を拾って、ベッドがカタカタと揺れる。
骨が折れたままの僕の、色々なところが、すごく痛くて顔を歪めたのを覚えている。
痛いですか?と聞かれなければ、ただ我慢するだけなのだが、痛いですか?と聞かれるから、痛いです、すごく痛いですと答えたような気がする。

ウィーンに入れられた僕は、ウィーンの中で眠ってしまって、目が覚めたらウィーンは終わっていて、またカタカタと移動するベッドの上で、「痛いです」と言っていたような気がする。

もうすぐ1時だ。さてさて、脳波の検査だ。一時間くらいかかるらしいよ。
何はともあれ、この検査で今年は終了ってことで。はい。頑張ります。

かっこいいですね。

2014-12-28 00:04:38 | Weblog


親方から電話がかかって来て、親方ってのは、瓦屋の親方ね。
「土曜日に忘年会やるけど、来られる?」

えっ、忘年会?そんなの、やったことないじゃん?と思いつつ、「えっ?誰が来るの?」と聞いてみる。

「おれとシングさんだよ」

二人で忘年会?おれ、ほとんど仕事してないけどね。忘れるほどの何もしてないけどね。と思いつつ、「行くいく!」と返事をする。タダ飯タダ飯。

察するに、親方は付き合いの関係で、あるお店に行かねばならない。だが、そのある店ってのが、ちょっと小洒落た店で小洒落た料理が出る店であって、そんな店にはシングさんがお似合い、と思ったんだろうと想う。

二人で忘年会をやるのに、忘年会やるけど来られる?は、ちょっとおかしいよなぁ、とかね。土曜日、二人で忘年会よろうよ!じゃないなかなぁ?とかね。

そんでもって、行って来た。東松山の「45」というお店。カラントサンクと読む。

最近、野島伸司の多重人格の人物を扱った小説を読んだのだが・・・五つの人格の名前がアン、ドゥ、トロワ、キャトル、サンク、という。言わずとも、1.2.3.4.5のフランス語の読み方。

そんなこともあって、「フランス語で45っていう意味ですね?」なんて店主の女性に言ってみる。
このお店、店主が二人いて、二人とも女性。
すると、その二人の女性店主が揃って「えぇ!!?そうです!!正解です!!!分かってくれた人、初めてです!!!」と大喜び。

そんでもって、うちの親方が、僕のことを、料理が出来るとか、ミュージシャンだとか、色々と言うもんでね。
トイレに行って帰って来ると、女性店主が「かっこいいですよねぇ」とか言ってくれてね。なんのこと?とか想ったら、僕のことだったりしてね。ははははは。

料理が美味しいとか、お店が可愛いとか洒落てるとか、そういうことはまぁいいとして、おれ、また行っちゃうなぁ。
だってさぁ、かっこいいとか言われらさぁ、また行っちゃうじゃない?ねぇ?ははははは。
あぁ、気持ちいい。

今年もあと四日。月曜日は医大へ行ってCTと脳波の検査をするんだけどね。
年末年末年末。まだ、そんなことをやっている僕なのであります。
年明け早々医大でMRIの予定だしね。まだまだ、そんなことをやっている、僕なのであります。

関係ないんだけど。今ね、すごく寒くてさ。あれ?おかしいなぁ。いつもより寒いんじゃないの?と思ってさ。外にある温度計を見に行ったの。
そしたらさ、星が綺麗でさ。星はどうでもいいんだけど、空気がピンと張り詰めてんだね。
真っ白な息を吐きながら温度計を見たら、なんと、マイナス11度だったんだよ!
温度計が壊れてるとか?正確じゃないとか?そういう疑問は多々あるのだろうけど・・・。まぁ、いつもよりも格段に寒いってのは・・・間違いないのです。ははははは。
温度計、札幌の秀岳荘で買った、ちょっといいやつなんだけどね。あぁ、嵐山は寒いよなぁ。
布団に入っても、顔が冷たいよぉ。布団の中に、お湯を入れたペットボトルが、4本入ってまーす。ははははは。

我が家にサンタクロースが?

2014-12-26 01:02:55 | Weblog


クリスマスも終わって、明けて12月26日。今日はボクシングデー。

僕がオーストラリアに住んでいたってのは、有名な話だけど。12/26は祝日なんだよね。ボクシングデーだから。
ボクシングデーなんて言われると、殴り合いをする日だとか思っちゃったりしがちだけど、そんなわけはない。野蛮だと指摘されがちなオーストラリアなら、殴り合いをするための祝日もありえなくもないな・・・なんて思わなくもないのだがね。
オーストラリアの友達が教えてくれたのは、25日に貰ったサンタクロースからのプレゼントを開ける日。つまり、BOXを開ける日だからボクシングデーだと。
実際はちょっと違って、ユダヤ教あたりがキリスト教との兼ね合いで作った祝日だとか、クリスマスに働かねばならぬ教会の関係者のために作られた祝日だとか。

野蛮といえばさ、オーストラリアのスポーツね。
有名なのはオージーボールね。格闘球技の世界チャンピオンね。ラグビーを喧嘩スタイルに変えちゃったようなやつ。
もう一個はラグビーね。普通のルールのラグビーは普通にあって、それとは別にオーストラリアンルールズってのがあってね。ラグビーのルールの中のたった一つだけルール変更をされたもの。普通のラグビーはタックルされて倒れたらボールを離さないと反則なんだけど、オーストラリアンルールズは、4回倒されるまで離さなくてもオッケーという嘘のようなルール変更。自ずと、ゲームは超野蛮。

まぁ、いいんだけど。オージー大好き。

話は変わって、クリスマスパーティに誰も来てくれないから、ピザの生地が余っちゃってね。今日は一日中ミニピザを作って食べていたよ。ダッチオーブンは面倒だからオーブントースターで焼いてね。ミニピザだからね、乗せる具をちょこちょこ変えてね、楽しかったなぁ、ひとりぼっちのピザクリスマス。ピザリマス。
一番美味しかったのは、ふかしたジャガイモを角切りにして、ベーコンとツナを乗せて、マヨネーズとクリームチーズを乗せて焼いた、ジャーマンポテトスープレックスピザクリスマススペシャルかなぁ。

まぁ、いいんだけど。

話は変わって。

ピンポーンピンポーンとチャイムが鳴る。ほんとは、うちにはチャイムなんてないけどね。

ブログでさ、寒い寒い、凍死しちゃうよぉ、寒い寒い、凍死しちゃうよぉとかさ、何回も書いてるわけでね。
まぁ、寒いことを書かせたら右に出るものはいない、とは言われていないにしてもさ、そこそこ書くよ、寒いネタってくらいの僕なわけで。

神様は見ているっていうか、サンタクロースは見ているっていうかさ。

ピンポーンピンポーンとチャイムが鳴る。チャイム無いけど。

小さな段ボールを抱えたサンタクロースが立っていた。

胸に、佐川急便と文字が入ったサンタさんが立っていた。

へぇ、サンタクロースの会社は買収されちゃったのかなぁ、佐川に?とかね。トナカイとソリじゃなくて、飛脚マークのトラックだし、とかね。アベノミクスのせいかなぁ、とかね。

包みを開けると、クリスマスプレゼントの包装が。きゃっ、やっぱりサンタさん!

この前、コデラーマンとこーかたさんとモンベルのお店に行った時ね。
コデラーマンと二人で、「これ、欲しいなぁ・・・でも、高いなぁ」と、何度も話、結局、コデラーマンは買い、僕は買えなかったものがある。
モンベルのメリノウールのエクスペディションのインナーシャツとタイツである。
コデラーマンは宗谷アタックがあるので、上二着、下一着をお買い上げ。
僕は、寒いところへ出かける予定もないので、ぐっと堪えた。

サンタさんからの包みを開けると、なんと、なんと、そこには、あの欲しかった、モンベルのメリノウールのエクスペディションのシャツとタイツが入っているではないか!

ビックリしたなぁ、もう。なんでも分かっちゃうんだね、サンタさん。
「これを着て、凍死しないでね」とメッセージ。

そんなわけで、ボクシングデーに相応しいお話でした。

ちなみに、差出人の住所は、フィンランドじゃなくて・・・北海道・・・札幌。
サンタさんの会社は買収されて引っ越したのかなぁ。

どうもありがとう、メグタクロース。
いつかピザをご馳走するね。



みんな、遅いなぁ。

2014-12-25 00:19:31 | Weblog


12時を過ぎたので、メリークリスマースと言わねばならない。
クリスチャンでもないのに、メリークリスマスもなにもないだろう?なんて、野暮なことは言わない。
イエスキリストが生まれた日が実は6月とか9月とかだと言われているとしても、今日はキリストが生まれた神聖な日だと、世間では大騒ぎなのだから、やはり、メリークリスマスと言わざるを得ない。

せっかくのクリスマスイブだってことで、暖房をつけない部屋で、お湯を入れたペットボトルに足をくっつけて「あったけぇ~」とか言ってるのもなんなんで、今日はうちでクリスマスパーティをすることにしたんだよって、言ったっけ?

みんなが寒さに凍えないように、薪ストーブに火をいれて、ダッチオーブンでピザを焼いておもてなしだ!と、強力粉やらイースト菌やらをコネコネして、発酵させたりして、あぁ忙しい。僕は忙しいのだよ、クリスマスなのに。

ピザが4枚くらい焼けるくらいの生地をコネコネ。とりあえず、みんなが来る前に試し焼き。
ケチャップとチリソースを混ぜて作ったピザソースを塗り塗り。具はね、エビとイカとベーコンとソーセージ。
とろけるチーズの代わりに、カマンベール入りのチーズを乗せて、ダッチオーブンにイン!
蓋の上にも炭を乗せて、メラメラ待つこと15分。さぁ、そろそろいいかな?と蓋を開けると・・・ピザですねぇ。美味しそうですねぇ。

そにしても、みんな遅いなぁ?
試し焼きだから、みんなが来る前に味見をしなきゃ。「うめぇ!ピザうめぇ!クリスマスうめぇ!」
それにしてもみんな遅いなぁ。
おれ、ピザ、食べ終わっちゃうよ?

今日はうちでクリスマスパーティだよって、おれ、みんなに言ったっけ?

何はともあれ、メリークリスマース!


お尻を焼かれるコデラーマン。

2014-12-16 02:26:07 | Weblog


昨夜はさ、寝る時にさ、ベッドに入る前さ、さむいなぁ、さむいなぁ、と稲川淳二ばりにつぶやきながらさ、温度計を見たらさ、1度だったよ。部屋の中がだよ。おれ、寝るまで1度の部屋で過ごしてたってわけ。さむいなぁ、さむいなぁ、とつぶやくわけだ。
ドイツ製の湯たんぽを入れてさ、部分的に暖かなベッドの中でさ、湯たんぽっていいなぁって思ったわけ。

司馬遼太郎の「菜の花の沖」。全六巻。面白かったなぁ。
江戸時代後期の水呑み百姓上がりの町人、高田屋嘉兵衛。
司馬遼太郎は、歴史小説家として様々な人を書いているのだけど、例えば、龍馬とか義経とか毛利とか山内とか子規とか色々。これでもかってくらいの有名著名な偉人を書きまくった上で、一番好きなのは彼だと、司馬遼太郎本人が迷わずに断言するほどの好人物が高田屋嘉兵衛なのである。

人生暇で暇で、退屈で退屈で、何か楽しいことないかなぁ?と思ってる人は、読んでみてね。本がくれるパワーと知識と想像力は凄まじいものだよ。
忙しくて忙しくて、本なんか読んでる時間なんてないよ!という人は絶対に読まないでね。本の中に、人生の役に立つものなんて何一つ落ちていないからね。

そんでもって、高田屋嘉兵衛って人は、船に乗って蝦夷地へ行くんだけどね。
まぁ、色々あって、箱館に町を築くんだけどね。
江戸時代の冬って、間違いなく寒いじゃない。だって、ダウンとかないし。やっとこさ木綿の服があるくらい。木綿の服だって、お金持ちしか着られない。ユニクロのフリースとかないし。
布団だってないじゃない。貧しい人は、紙と紙の間に藁を挟むのが掛け布団で、土間に藁を敷いて、その上で寝たりするわけじゃない。そこに北海道の寒さよ。零下の世界よ。
家屋の機密性はとんでもなく低いし、暖房器具は手を温めるちっちゃい火鉢くらいなもので。

僕はさ、寒さの中に身を起きながら考えているよ。全然マシだな、とね。寒いなぁ、寒いなぁとつぶやきながらも、まだまだ全然大丈夫、とね。

で、カニの家トリオの小旅行の話、

残り字数が少なくなってしまったので、コデラーマンが噴き出す温泉にお尻を焼かれているシーンを写真でお見せすることにして、次回につ、づ、く。

アナーキストも、選挙へは行く。

2014-12-14 01:42:48 | Weblog


昨日のブログで、去年の今頃にしていた旅の話を書いた。なんで旅のブログを書いたのかというとだな。の話。

今週末も大寒波がやって来て、あちこちで雪が降るとか。
この前の大寒波では、季節柄降るはずのない大雪が降って、立ち往生やら孤立やら、災害に巻き込まれた人が多かった。特に・・・四国で。

そう、つまり、去年の今頃は、僕は四国に居たわけで。四国の山間部をオートバイで駆け抜けていたわけで。
四国カルストでは雪に阻まれて大迂回を余儀無くされたが、それは、知っている人は知っていたことなわけで。
つまりのつまり、もしも今年のような雪に見舞われていたら・・・ライダー雪の中で凍死!と、ニュースになっていたかもしれないなぁ・・・なんてね。思ったりしてね。
とか言ってもね、テントも寝袋も持っていたしね、結果しぶとく生き残ったような気もするなぁ・・・とかね。


カニの家トリオの小旅行の話。

群馬県に入り、吾妻峡の道の駅で足湯に浸かったりしながら、一路尻焼温泉へと向かう僕たち。

国道145号線を行くと、八ッ場ダムの建設予定地を通りかかった。

ダムの建設予定地。新しく架けられた大きな橋の上に車を停めて、数年後にダムの底に沈むかつての街を三人で眺める。

取り壊された家々の基礎部分が見える。郵便局の建物が見える。送電線の鉄塔。渓谷の谷間を悠々と流れる利根川水系吾妻川、吾妻川に架かる橋。線路、駅舎、踏切。かつての国道145号線、道路に描かれた直進草津の文字。

かつての街だ。今はもう、人は住んでいない。250世帯ほどあった家の五分の一、50世帯ほどが、ダムが出来た時のダム湖の湖畔にあたる辺りの新しい分譲地に移ったということ。残りの世帯は、街を出て行ってしまった。

川原湯温泉という全国でも有名な温泉も、ダムの底に沈む。
新たに採掘した新川原湯温泉の建物が出来上がっているように見えたが、湯の質はかつての川原湯温泉とは比較にならないとも言われているそうだ。

これからダムの底に沈むという街を、僕は初めて見た。生活感が多分に残る街が、これから深いダムの底に沈むという。数年後に確実に沈むのだが、橋の上から眺めていると、その現実がにわかに信じられない。

60年ほど前に決められた計画。4600億円を注ぎ込んで進められる計画。名勝吾妻渓の四分の一をダムの底に埋める計画。

この文明社会、経済至上主義社会。必要ならば作ればいいよ。そうやって生きていかなければならないならば、作ればいいさ。
でも、一体、誰が、どのくらい儲かるのだろう。故郷を失う人は、失う分と同等の恩恵を受けられるのだろうか。
国家という恐ろしい化け物に巣食う人々は、何をどれくらい考えているのだろうか。儲けること以外のことも、ちゃんと考えているのだろうか。

ふーん・・・ここの全部が湖の下に消えちゃうんだぁ・・・。

そうつぶやく僕とコデラーマンを、こーかたにーさんは優しく見つめるのであった。

ちなみに、八ッ場ダム予定地がある長野原町は、かの小渕優子元大臣さんの地元だそうです。元大臣さんは、当然ながら、ダム建設の強力な推進者ですよね。地元の人たちの利益を全力で勝ち取ろうとしているわけです。地元の人たちが、誰を指すのかはわからないけどね。

今日は、衆議院議員選挙の日。

選挙に行かない人が多くなるばかりの昨今。そういう人たちと、十把一絡げにされたくないと思うなら、選挙に行って投票しましょうね。
誰に投票したらいいのか分からないとか・・・そういう微妙な感じの人ならば、人気がなくて可哀想だけど、理想を語り続ける日本共産党に投票すれば間違いないでしょう。と、僕は想うけどね。

あーあ、理想を語らない政治家があふれる、嫌な国に生まれちゃったなぁ。
あーあ、他の国では命を賭して求める選挙権を平気で棄てる人で溢れかえる国に、未来なんてあるのかなぁ。

つづく。


ポテンシャルの違いなのかな。

2014-12-13 02:06:23 | Weblog


去年の今日あたり・・・秋の旅から帰ってきたあたり。
京都に一週間ほど、紅葉を見に行くつもりで出かけて、六日目あたりで船に乗って小豆島へ。小豆島に三日ほど滞在して、急に思い立って四国高松への船に乗る。讃岐うどんを喰らいまくって、一路高知へ。念願のやなせたかし記念館と坂本龍馬の桂浜。四国カルストで大雪に見舞われ引き返し、大迂回して愛媛は松山へ。今治で雨の夜を凌いで、翌日しまなみ街道を経て尾道。確か、その日が12月10日。誕生日は、高速道路を十何時間もひた走って、帰って来たのは12日だったような。。。二週間くらいの旅だったような。。。まだマグナちゃんが元気な頃の話。

時は流れゆくね。一年なんて、あっという間だ。そろそろお遍路さんにいくっかな。

カニの家トリオの話。

こーかたにーさんプレゼンツ、五年ぶりの秘湯ツアーでございます。

朝6時半に出発でございます。運転は、コデラーマンが拒否したため、こーかたにーさん。国道254を北へ向かいます。

出発して早々、コデラーマンが騒ぎ出します。「お腹が減りましたよぉ!コンビニでオニギリ買いましょううよぉ!」×100回。

もうちょっと進んでからにしようよ。と僕は何度もたしなめる。

すると、こーかたにーさんが言う。
「もうちょっと行ったら左側にセブンイレブンがあるから、そこに寄ろうか?」

うーん・・・うーん・・・

こーかたにーさんは鳥取県出身であるね。僕は島根県出身と偽っているけれど、ほぼほぼ埼玉県出身と言っていいんだね。そして、ここは僕の現居住地のエリア内なんだね。
僕が言うならまだしも、鳥取県出身のこーかたにーさんが、なぜこんな所ののセブンイレブンの場所を知っているんだね?

そうこうするうちに、セブンイレブンが左側に現れるんだね。

ぎょぎょぎょ!と驚いてしまうんだよね。いちいち。

「ガソリン入れるなら、もう少し行った右側のスタンドが安いよ」とかね。そんなことも言っちゃうこーかたにーさんなんだけど・・・。

この人の脳のハードディスクの容量とCPUの性能はどうなっちゃってるんだろうか?と思わざるを得ない。
日本全国に対して、こういうわけのわからない情報が満載なんだね。どうかしちゃってるんじゃないかな?

前の日にコデラーマンが、スマホに入れてある写真をこーかたにーさんに見せていた。ご飯とか景色とか温泉とか。

コデラーマンが一枚の写真を見せる。こーかたにーさんは一言、「カッパの湯」。
コデラーマンが、そうです!と驚く。
横にいた僕は、何を驚いてるんだい?と、その写真を覗き込む。
そこにあったのは、どこをどう見ても、普通の、どこにでもある温泉。揺れるお湯と、その向こうに見える紅葉。右上に屋根がちょこっと写ってる。

えっ!?こんなのどこにでもある風景じゃん!と僕も驚く。ほとんどの露天風呂は、こんな感じですよ!と、非常に驚く。

そこで、こーかたにーさんが一言。

「随分前に僕が行った時は、屋根がなかったけどなぁ。屋根を付けたんだねぇ」

とね。


セブンイレブンで、オニギリをムシャムシャ食べて、お尻を焼くという、尻焼温泉へと向かう、僕たちなのであった。

つづく。

ハッピーバースデー。

2014-12-10 09:28:58 | Weblog
今日は誕生日なので、朝8時に起きてお出かけ。

順番を待って、名前を呼ばれて、診察室に入って、「骨はまだ全然くっついてないねぇ。先月と変わらず。はい、年越しだね」と言われる。
整形外科の受付のおねーさんに、「あっ、しんぐーさん、今日誕生日ですね!」と言われる。ありがとうございます、と笑顔でお礼を言ってから、「おめでとうございます」と言われる。

今日は誕生日なので、その足でリハビリ室に向かい、誕生日なのでベッドの上で肩を温めてもらいながら、先生の処置を待っている。

誕生日だからとか、誕生日なのにとか・・・ではなくて、誕生日なのでというのがミソ。
いつも通り、普通の一日を過ごしているのです。

なにより、今年も誕生日を迎えることができました。それが幸せなことなのですね。
みなさんに、「ありがとう」を伝えたい。
そんなことを、リハビリ室のベッドの上で思っているという話。

広島風やきそば?

2014-12-07 02:20:54 | Weblog


カニの家トリオ、初日の夕食はすき焼き。ダッチオーブンで作るすき焼き。
なんでダッチオーブンですき焼きかって言うと、ダッチオーブンを買ったから。
うちのバンドのシッシーは上等なダッチオーブンを持っているのだけれど、僕は上等なダッチオーブンは買えないので、タダみたいな値段のダッチオーブン。
「タダみたいな安物のダッチオーブンを自分の手で育てるのが、男のロマンなんですよ」という、これまた北海道で出会ったダッチ佐藤の言葉に心揺さぶられ、メイドインチャイナのやっすいダッチオーブンを買ったというわけ。

で、すき焼きとダッチオーブンは、用途としてはまったく関係がないんだけど、ちょうど良いサイズの鍋がないってことでダッチオーブンを使うってわけ。

コデラーマンは広島出身なわけで、なんだかよくわからないんだけど、すき焼きをやるって言ってるのに、「おれ、広島風お好み焼き作ります!」と高らかに宣言して、お好み焼きに入れる焼きそばを買っていた。

そんで、薪ストーブANDダッチオーブンで、すき焼きをグツグツ煮ている間に、横っちょで広島風お好み焼きを作っていたのだけど、「はい!出来ました!」と言って差し出して来たのは、なんか、グチャグチャなった焼きそばだった。お好み焼きの生地だと思われる、溶き小麦粉の残骸が、なんでかわからないけれど、コデラーマンのそばの床に落ちていたんだよ。

そんで、「材料あるからもう一回作れば?」と言っても、「もう嫌です!」と、これまたわけのわからないことを言い張って、プイと横を向く。

それでも、気を取り直してもう一回作り始める。
一度目の失敗は、お好み焼きを焼いているのに、他のことに夢中になって、お好み焼きを放っておいて、生地が焦げちゃったってわけで、二度目はよそ見をしないようにと、キツく注意をするのだけど、気がつくと他のことをしているってなもんで、大変。

それでも、なんとか、広島風お好み焼き完成。なかなか、広島風。さすがは広島出身。

お好み焼きとすき焼きがあって、こりゃぁお腹がいっぱいになっちゃうなと思っていたのだけれど、コデラーマンはご飯をお代わりしている。僕とこーかたさんは、ご飯は食べない。なぜなら、すき焼きが食べられなくなってしまうから。

コデラーマンは、ご飯をたらふく詰め込んで、「お腹がいっぱいですき焼きが食べられませんよぉ!」と、予想通りの展開。

さて、明日は何をして遊ぼうか?

という話になる。

散々候補が出て、最終的に決まったのは・・・温泉巡り。
温泉博士、こーかたにーさんと巡る湯けむりツアー開催です。

最終目的地は「草津」。

「草津って、遠いよねぇ。遠いよなぁ」と、僕はずっと言っていた。
温泉は行きたい。草津も行きたい。
でも・・・怪我をして以来、遠くへ出かけたことが、まだ無い。
大丈夫かなぁ、おれ。大丈夫かなぁ、おれ。
それだけが心配。草津までした道で三時間強。ジムニーちゃんに乗って行く。大丈夫かなぁ。ジムニーちゃんの振動で、鎖骨が折れたりしないかなぁ。それだけが心配。

明日は五時半起き六時出発!と掛け声を掛けて、午前三時頃に床に就くのであった。

つづく。

大正カニの家トリオの大冒険。

2014-12-05 23:38:56 | Weblog


嵐山は、寒いんだよ。特に、僕が住む地区は寒いんだよ。夕方6時に0度だったよ。
さっき、危なく、また外で眠りそうになったんだよ。
あれだね、睡魔に負けそうになる自分がいて可笑しいね。寝たら死ぬ!と思っていても、気持ちいいからこのまま寝ちゃおうよぉ、と囁く自分がいるんだね。

起きたよ。家の庭では死にたくないから。


11月の最後の連休に、カニの家トリオが我が家に集合した時の話。
カニの家トリオってのは、もちろん、広島県福山市出身、静岡と大阪育ち、現在は青森県五所川原市在住のコデラーマンと。
日本が誇る山陰地方、鳥取県米子市近辺、これまた日本が誇る伯耆富士大山を見上げる集落の藁葺き屋根の古民家出身、大分県別府市に秘密基地を建設するべく土地建物交渉中、現在は川越市在住のこーかたにーさん、の二人と。
日本が誇る山陰地方、島根県松江市出身とたまに偽ることあるが、埼玉県出身と言うよりは面白みがあるじゃないかと信じて疑わないところもあったりして、どうせなら松江市じゃなくて島根県の離党隠岐の島の出身と偽った方が話は盛り上がるんじゃないかと思いつつも、隠岐の島へは行ったことがないので、信憑性を高めるためにも早く行かねばならぬと心に誓ってから早数年、両親が東京都石神井に住んでいる時に、母方の祖母が住む葛飾区亀有の病院で生まれたので、いつも、生まれは?と聞かれると、一応東京ですけどと答える、幼稚園から埼玉育ちの、ボクの三人。

三人で会うのは、四年振りかな。

さて、コデラーマンが四連休を頂いて高速バスでやって来た。
こーかたにーさんも三連休で、川越から買ったばかりの郵便屋さんカブに乗ってやって来た。
さぁ!何して遊ぼうか!
おれ、病人だけど、何して遊ぼうか!


原稿用紙がなくなったので、続く。

おだちゃん放浪記。

2014-12-04 23:12:25 | Weblog


唐突ではあるが・・・おだちゃんは、北海道出身である。
函館から日本海側をグルリと回って北へ上がった、小砂子という小さな漁村の出身である。小砂子はチーサゴと読む。

余談だが・・・。
おだちゃんの苗字は織田ではなく、小田である。ちっちゃい田んぼという意味だと思うが、真相は分からない。おそらくちっちゃい田んぼという意味なんじゃないかと思う。
チーサゴはちっちゃい砂の子供という意味であろう。ちっちゃい砂の子供という意味の集落に、ちっちゃい田んぼという意味のおだちゃんが育つという不可思議。どれだけちっちゃいんだよ!という読者もいるであろうが、それはこの稿とは関係ないので割愛。
ちなみに、目の前は日本海、背後には原生林が迫るチーサゴに、田んぼは無い。ちっちゃい田んぼも、無い。以上余談。

おだちゃんは、中学を卒業すると森という町に奉公に出た。漁村育ちで足腰が強い上に、ウニやイカをたらふく食べて育ったお陰で、豆タンクのような身体つきである。柔道がたいそう強かったそうだ。その技を買われてなのかどうかは知らないが、森町にある高校の寮に入った。

元来、真面目に生きることとは無縁のおだちゃんである。高校時代は、酒とタバコ、パチンコと競馬に溺れ、柔道の練習もそっちのけで堕落した青春時代を謳歌していたようなのだが、考えるに・・・真面目に生きることとは無縁のおだちゃんの生活の基礎は、この時代に築かれたのではないかと思う。

高校を卒業したおだちゃんは、母の待つチーサゴへは戻らず、一路花の都トーキョーへと向かう。
杉並辺りのタコ部屋に居着き、朝夕の新聞配達をしながら予備校へ通うという苦学生をしばし演じる。
しかし、そこはおだちゃんである。苦学生が性に合うわけもなく、予備校通いが続くわけもなく、パチンコと競馬にに明け暮れるのである。二年ほど杉並界隈をうろついたあと、そもそも大学へ行きたいなどという願望が1ミリもないおだちゃんは、都落ちよろしく埼玉へやってくるのである。

北海道を出て本土へ渡ってから、もうどのくらいの月日が経ったのだろうか?十数年、二十年近く・・・おだちゃんは一度たりともチーサゴへは帰っていない。たった一人、おだちゃんの帰りを待つ母親にも会っていない。

故郷を捨てた人・・・それがおだちゃんなのだ。
ひどいヤツだと言わざるを得ない。

おだちゃんと僕が出会ったのは、16~7年前になるか。
その頃のおだちゃんは、携帯電話の他にPHSを一台持っていた。そのPHSは、東京へ出る時に母親から渡された、言わば親子間のホットライン。一年に1~2回、母親から連絡があるという。子を想う母の気持ちを、如実に示す事象と言えるだろう。

そのPHSを、おだちゃんはいつのまか持たなくなっていた。持つというのは、持って歩くという意味ではない。部屋に置いてあるという意味である。つまり、PHSが部屋から消えていた。

たぶん捨てたのだと思う。本当にひどいヤツだ。


先日、故郷を捨てた男おだちゃんから連絡があった。
「母親から荷物が届いたから渡したい」と、驚くようなことを言う。

聞くと、お世話になっている人が事故に遭い大変だから、故郷チーサゴの海の幸の数々を食べさせてあげたいから見繕って送って欲しいと、数年振りに母親に電話をかけて頼んだのだそうだ。

そんなわけで、故郷をちょっと思い出した男おだちゃんから、段ボールを受け取ることになった。
冷凍で保管されていた海の幸を見せながら、おだちゃんが説明をつけてくれる。

イカとスルメだけで20バイはあったのではないか。ほぼイカである。そういえば、チーサゴはイカが有名なのである。
それにビニール袋いっぱいの小さなアワビ、ウニの塩漬けが入った小瓶。故郷の味のてんこ盛りである。チーサゴ味祭りである。

「一緒に食べようじゃないか」と僕は言った。

「おれはいらねぇ、食いたくねぇ」と言って帰って行ったおだちゃん。
「冷凍庫が空になってせいせいしたぜ」と言って去って行ったおだちゃん。

さてさて、おだちゃんはひどいヤツなのだろうか、そんなこともないのであろうか。
はてはて、僕にはさっぱり分からないのである。

ちなみに、僕は漁村チーサゴを二度ほど訪れたことがある。
チーサゴのイカは美味である。ほかのイカとなんら変わることはないが、ほどよく美味である。

おわり。



今夜の最低気温は マイナス2度だそうです。

2014-12-03 23:15:56 | Weblog
寒波が来ている。らしい。
寒いね。相当寒いね。

寒い夜は・・・薪ストーブってことで、薪をゆるゆると燃やして暖をとる。

今日は早起きで、病院に半日も拘束されていたわけで、なんだか眠い。

暖を取りながら、司馬遼太郎の菜の花の沖の四巻を読んでいた。

予想通り訪れる急激な睡魔ね。本を胸の上に乗せて、夢の世界へ。

薪は燃え続け、燃え尽きる。そして訪れる摂氏零度の世界。

ブルブルっとね。ブルブルっと震えて、目を覚ます。

あっぶねぇ!死ぬところだった。
あっぶねぇ!ニュースになるところだった。
埼玉県嵐山町で馬鹿野郎が屋外で眠って凍死!

あぁ、危なかった。危なかったよぉ。

はい、気をつけます。

友よ。

2014-12-03 05:40:11 | Weblog
しゅうちゃんからメールが来て怒られた。

生きてるのか?
ブログ2週間近く書いてないぞ
なかなかいけないけど
この前嵐山のへいせいろうの話でて
マッサージ師になった人
名前忘れたけどいるのかな?
そんな事はどうでもいいんだ
元気なのか?

相変わらず、短い文章の中には愛情がたっぷりだ。
相変わらず、ほとんど意味不明だけど愛情はたっぷりだ。

友よ、僕は元気だぞ。

しゅうちゃんとの想い出を一つ。

しゅうちゃんを車に乗せて、何百回も大宮の路上へ行った。
僕はしゅうちゃんの家来みたいなものなので、毎度しゅうちゃんの家まで迎えに行って、しゅうちゃんの家まで送っていく。

路上ライブやら、ポスカやら、大道芸やら、風船売りやら、お互いの仕事を終えると、僕らは毎度、しゅうちゃんの家の前に車を停めて、反省会やらバカ話やらを繰り返す。

ある夜のこと。散々話して、話も煮詰まって、じゃあまたね、といういつもの展開。
しゅうちゃんは車のドアを開けて外へ出る。
そしたら、ズボッとドブに落ちたんだよ。

信じられるかい?この平成の世でドブに落ちる人が存在するなんて?ズボッと?
漫画以外で、ドブに落ちる人を見たことがありますか?ってね。

あまりに衝撃的な出来事だったもんで、涙を流しながら笑ってしまった僕なのだけど、しゅうちゃんは怒っていたね、
「シングが、わざとドブに落ちるように車を停めた。ひどい奴だ」って、怒っていたね。

それからは、しゅうちゃんの家の前に車を停める時は、しゅうちゃんがちょうどドブに落ちるように、ドブギリギリに車を停めるようになったんだけど、しゅうちゃんは超警戒して、二度とドブには落ちなかったんだよ。

そんなわけでさ、友よ、僕は元気だぞ。