HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

個店の勇気ある撤退。

2016-05-18 07:53:10 | Weblog
 先日、JR東日本の駅ビル、ルミネが2016年3月期の全15施設の決算を発表した。同月開業のニュウマンを除いて、「店舗」の売上高は3255億400万円(前期比1.3%増)となり、14年度に続いて過去最高額を達成したという。

 同社の稼ぎ頭である新宿店やルミネエスト、池袋店、有楽町店など都心部施設を中心に、テナントの入れ替えや既存店で「感度と独自性を高める」MDを強めたほか、積極的な販促や「ハウスカード顧客拡大策」などが功を奏したそうである。

 「販促策が奏功」と言えば、いかにも高尚に聞こえるが、要は「せっかく買うなら少しでもポイントを貯めたい」「1000円でも安く買った方がお得だ」との顧客心理をくすぐるポイント還元の方が効果的ということだ。言い換えれば、デベロッパーがそれくらいの販促策しか打つ手がないと言うこともできる。

 ファッションマーケット全体では売上げが伸び悩み、あるいは少しずつ縮小に動いている。つまり、どこかのショップなり、業態なりが競争に負けて市場から撤退し、その分のお客を駅ビルがすくいとっていると言うこともできる。

 一つは百貨店にハコ出店しているブランドだ。レナウンやオンワード樫山などの百貨店系アパレルの直営店がセレクトショップなどとの競争で勝てなくなってしまった。ワールドなどの専門店系アパレルもSPA化して百貨店出店を加速化したが、同質化競争に飲み込まれ、退店やブランド休止を余儀なくされている。

 もう一つは100%仕入れの個店、いわゆる中小の専門店と長らく地域一番店に君臨して来た百貨店だろう。地方都市では商店街が疲弊する中で、中小零細のファッション専門店の廃業が進み、百貨店も市場の変化に合わず閉店に追い込まれている。自県に駅ビルがあればもちろん、隣県であっても持ち出しがあり、競争は県境を超えても起きている。

 中小専門店の中にはネットのショッピングモールに出店するところもあるが、駅ビル出店のブランドもネット通販は積極化しているので、競争に晒されている点では変わりない。

 地方の駅ビルを見ると、館内競争はさらに深刻だ。大手との競争に勝てずに撤退する地元専門店もある。筆者が住む福岡市では、JR博多シティが駅ビルのアミュプラザ博多を運営しているが、ここでは地場アパレルのボストンナインが展開する直営店「パビリオン」が今年の1月末で撤退した。

 JR博多シティ側は定期借家法によるテナント契約を結んでいるため、売上げが芳しくないところは入れ替える措置をとるのは言うまでもない。一方で、中小専門店にとってJR博多シティが売り上げ効率から大手の出店を強化する狙いと受け取れるなら、不毛な戦いを避けて退店するのは、勇気ある決断として評価したい。

 ただ、ルミネが3月期決算が好調だったのに対し、2011年の開業から増収増益を続けて来たJR博多シティは、16年は穏やかならぬ年になるのかもしれない。何せ、4月の14日と16日に発生した熊本地震で、九州の大動脈である新幹線や高速道路が寸断され、福岡への集客には影響が出たのは間違いないからだ。

 JR九州は今年中の上場を目指しているため、できる限り子会社の売上げダウンは避けたいのが本音だろう。それでも無くても鉄道事業本体は赤字である。「お客様にご不便をかけられない」との大義で、突貫工事による新幹線の復旧を進め、余震による災害リスクを覚悟の上で、何とかゴールデンウィークに間に合わせる形で運行を再開した。

 JR九州にとって駅ビルの売上げまで下がると、稼ぎ頭の不動産部門にも影響が出て連結決算に現れ、上場要件に黄色信号が灯りかねない。だから、交通網の早期復旧は至上命題だったのである。改めて公共交通に頼る駅ビルは、自然災害でインフラが影響を受けると、もろに売上げ損出を出してしまう。というか、今回の地震は経営者心理にそうした危惧があることを露呈した。

 だからのリスクヘッジではないだろうが、JR九州は地下鉄七隈線六本松駅前、元九州大学六本松キャンパス跡地でも再開発事業を進めている。土地は九州大学がUR都市機構に売却したもので、そこではURのマンションが建設される他に、福岡地方・高等裁判所の移転、商業施設の集積で、新たなコミュニティ、生活圏が形成される。

 六本松キャンパスは中心部の天神まで15分程度のアクセスの良さ、けやき通りや大濠公園といったロケーションにも恵まれ、福岡市中央区では住みたい場所の一つにも挙げられる。なおさら、地下鉄の駅と直結するのだから、JR九州が主要駅とは違う形での商業開発を目論むのは当然だろう。

 一体どんなテナントが集められるのか。天神までわずか15分だから、駅ビルのようなテナントが出店することはないし、それほど郊外でもないからSC向けテナントも展開しにくい。デベロッパーとしては西新ビブレが失敗した前例があるし、URのマンションに住む人々のライフステージや生活スタイルにも左右される。無難な路線で言えば、食品スーパーやドラッグストア、雑貨や子供服、酒販店、生鮮のカテゴリーキラーなどの食品&日用品と、法律事務所向けのオフィスコンビニ、ウルトラCがあるとしてミスターマックスなどのディスカウントストアだろうか。

 ただ、新規開発という状況を見れば、出店投資は決して低額ではなく、中小のファッション専門店が気軽に店を出せるような環境でもない。

 でも、周辺の路面に中小の専門店が全くないかといえば、そんなことはない。再開発エリア前を通る国道202号線を西に600mほど行った地下鉄別府駅入口前には、天神にもショップを構える「トリップ」が1998年からセレクトショップを営業している。また再開発エリアから400mほど天神方面に戻った護国神社前には、「マックアビー」福岡店が昨年5月に同じくセレクトショップを出店した。

 トリップはヤングやヤングミセスをメーンターゲットにするが、いちばん新陳代謝が激しい客層を相手にしながらも16年間にも渡って個店を維持し続けている。これは同店のMD、販売力が何よりも秀逸であることの証しだろう。

 同店は博多駅エリアにも出店していたが、JR博多シティや博多マルイの開業によるボリューム化を察知していち早く撤退した。やはり駅ビルエリアでは大手を中心にした競争が激しくなるため、個店レベルで商売するのは難しくなると判断したようだ。先見の明があったということである。

 マックアビーは北九州市黒崎に本店を構え、地元の他に福岡でもマツヤレディス時代のサボティーノに店舗を展開していた。そこも今から18年前、天神中心商圏が南下したのを機に撤退。その後は地元黒崎や小倉の駅ビルにセレクトショップを出店していたが、そちらをクローズして天神を飛び越える形で、六本松の住宅街に路面出店をはたしたのである。

 マックアビー福岡店が出店する前には、タスクフォースというレディスの仲卸が事務所を構えていた。筆者もよく前を通っていたので知っていたが、ウィンドウの向こうにディスプレイされた商品は国産でありながらインポートライクで、いかにもセレクトショップのバイヤーが好みそうだった。

 マックアビーも取り引きしており、その縁で同社が移転した後に出店する形になったようである。それでも、なぜ福岡の中心部を避け、あえてこの場所を選んだのか。やはり大手がひしめく駅ビルなどで中小の専門店が営業するのは、相当に厳しくなったと身をもって感じたからである。

 それはルミネの昨期決算が好調だった裏返しとも言える。100%仕入れで構成する中小の専門店にとって、ハウスカード顧客拡大策では、デベロッパーが一方的にポイント還元を打ち出すため、決して負担は少なくない。そのまま自店の利益を減らすことにつながるのだ。

 それでなくても、中小専門店は大手との競争に晒されている。ほとんどの大手が店売りと並行してネット通販にも参入している。SPA系では大手セレクトがさらなる原価率の引き下げを公言したところを見ると、デベロッパーがポイント還元を強制されたところで、利益を生み出せる素地は十分にあるようだ。まあ、原価率を引き下げて商品力を強化?すると言えるのは、大量在庫を店売りと同時にネット通販で捌けるからだろう。

 しかし、中小の専門店はそうはいかない。駅ビルがハウスカードによる顧客拡大策に走れば走るほど、中小専門店にとってはますます営業しづらくなるということである。それも撤退する理由の一つかもしれない。

 ならば、競争がない路面環境でゆったり商売するというのも、懸命な判断と言える。幸い、けやき通りから六本松、桜坂、別府にかけては瀟酒なマンションが立ち並び、目の前の舗道は天神界隈に自転車通勤するトレンドセッターの走路にもなっている。九大六本松キャンパス跡地にもマンションが立つと、アクセスやロケーションの良さから天神周辺ので暮らしていた住民がリロケートする可能性もある。

 SPA化する大手セレクトは原価率を引き下げながら商品力を強化したところで、接客で売る商品もネットで売り捌く商品も変わりない。だから、お客としては所詮、ブランド力を背景に大量に売りたいだけと思わざるを得ない。それがセレクトなのかと一抹の寂しささえ感じてしまう。

 ならば、質が良く感度が高い商品をじっくり時間をかけた接客で売っていくという中小の専門店らしい手法で対抗すれば良いのである。そうなると、今度は中小の専門店がJR九州から収奪する番になるかもしれない。
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