リオデジャネイロ五輪が閉幕した。日本人選手の活躍には目を見張るものがあった。心から賛辞を贈りたい。ただ、公式ウエアのデザインや発注方法には不満も残る。主要国は母国のデザイナーやブランドがデザインに当たっているのに、日本のそれは発注先が百貨店だ。デザインや製造のノウハウを持っているわけではないのでメーカーに外注せざるを得ない。ならば、直接頼んでもいいのではないか。水面下でいろんな利権が蠢くオリンピックである。その辺の改革も2020年の課題ではないかと思う。
アパレル分野ではスポーツメーカーが携わる素材や構造設計に話題が集まり、オリンピック後の商戦に影響を及ぼすことは少なくない。高いパフォーマンスを発揮した選手と同じユニフォームを着たいアスリート心理は、五輪ほど強くなる。ミズノやアシックスはアジアでも人気を集めているし、日本人選手の活躍により親日国ではさらに販路が広がりそうだ。
ところで、スポーツとアパレルとの相乗効果。また経営面でのノウハウ共有。ビッグイベントがある度にスポーツはアパレルに深く影響を及ぼしてきた。そんなことを考えていると、あるスポーツ系企業がアパレルのM&Aに積極的なのを思い出した。「結果にコミットする」とのコピー、会員の利用前利用後の変貌ぶりで、話題を集めたトレーニングジムの「ライザップ」。ここを運営する「健康コーポレーション」のことだ。
同社は、今年4月には4℃ホールディングスの婦人服SPA「三鈴」、補正下着メーカーの「マルコ」を立て続けに子会社化した。それ以前にもマタニティ&ベビー服の「エンジェリーベ」、インターネット通販の「夢展望」、ヤングブランドの「アンティローザ」、ミセス向けの老舗アパレルの「馬里邑」、首都圏にインテリア雑貨店を展開する「イデアインターナショナル」、郊外向け雑貨業態の「パスポート」、美容関連、化粧品の製造販売を行う「ジャパンギャルズ」などを傘下に収めている。
トレーニングジムとアパレルや雑貨、化粧品。素人目には何の関連性もないように思えるが、同社は「自己を変えるために、自分に投資する」事業という点では共通と見ているようだ。だから、あえて大量消費で代替が激しく、価格競争に陥りやすいコモディティ、いわゆる日用品の分野は対象としていない。 それぞれの事業が共通の目標で動くと考えるからこそ、投資先としては価値ありなのだ。
一般的に買収や経営統合の案件に上がる企業は、業績不振など経営的に不安定なところが少なくない。三鈴も競争激化のヤングファッションの中にあり、馬里邑は顧客の高齢化で事業の方向性が見えづらくなっていた。またパスポートとイデアインターナショナルは東証ジャスダック、マルコは東証2部の上場企業だ。これらはみな経営面で新しい血を必要としていたということだろう。
それ以上に産業界の構造変化の中、成長が見込まれる分野に資源を投下することで、 新たな価値創造と持続的成長を目指す時代だ。そのためのプラットフォームとしてグループ経営という枠組みが見直され、戦略的に活用されるようになっている。それは美容・健康産業にとっても、マクロ的な意味でアパレル、雑貨も組み込めるのではないかということだろう。
グループ本体の事業が安定し、資金が潤沢であるなら、銀行筋やコンサルタントがいろんな案件をもってくるだろうし、相手企業が非上場であれば第三者割当増資という手法もとれる。経営観が凝り固まったアパレルファッションの業界だからこそ、新しい経営発想が不可欠という点で、経営統合や業務提携の案件に載せやすいのかもしれない。
被買収、被統合のアパレル企業側からしても、内需への依存度が高いだけに少子高齢による消費の先細りで、成長戦略が描きづらくなっている。多数の店舗を持っていたり、多くのスタッフを抱えていれば、M&Aの受け入れでそれらの存続、雇用の維持できるのでひと安心だ。
健康コーポレーションとしては、トレーニングで体の内側から美しい肉体を作り上げるのも、補正下着で体の外からプロポーションを見違えるようにするもの、同社が目指す「人は変われることを証明する」という点では同じなのだ。そのことは企業サイトにも瀬戸健社長の言葉としてしっかり明記されている。
マルコとの資本業務提携は、健康コーポレーションが携わるトレーニング、コスメティックといった美容・健康事業と、マルコがもつ補正下着の開発力、50万人にも顧客基盤は相乗効果があると見たようだ。その先に理想型のボディメイクが成し遂げられれば、アパレルやコスメティックという新たなニーズが生まれ、さらに市場が広がる可能性がある。経営者としてはグループのシナジー効果を追求する狙いだろう。
健康コーポレーションは、トレーニングジムのライザップで一躍有名になった。耳に響く重低なSE(効果音)で始まるCMは、ダイエット訴求の鉄板表現、利用前利用後の「激変」を明確に訴求した。キャラクターにはほとんど会員を起用するもので、福岡に本社をもつ投資系企業の社長も出演を打診されたと語る。
CMを制作しているのは、電通だ。スポンサー担当の一人も博多の名門高校、早稲田大学とラグビーで鳴らした屈強なスポーツマンだそうだ。代理店に入社すれば、趣味でラグビーを楽しむよりゴルフ接待の方が主体になる。だが、クライアントがライザップになったことで、こちらにも出演オファーがあったとの話も洩れ伝わってくる。
ただ、当初は会員がキャラクターになっていた路線も、次第にタレントが登場するようになっている。俳優の赤井英和、経済評論家の森永卓郎、AKBの峰岸みなみ等々と、代理店が電通だけにタレント起用によるブランディングの王道は、ここでも変わりない。
一方、CMが集中投下され始めた頃から、ダイエットにありがちな虚構論も浮上した。筆者の知り合いのスポーツトレーナーも「あそこは徹底したカーボンカットのスタイル。会員はかなり無理なダイエットを強いているようだ」と語っていた。つまり、トレーニングと並行して食事での「糖質制限」をさせて、体中の脂肪をエネルギーに変えていくもの。二週間程度で痩せるには、炭水化物を一切摂取できないことになる。
このやり方がダイエットの正攻法か否かは別にして、会員の不満やトレーナーの労働条件の悪さが週刊誌のネタされるなど、新興企業にありがちなバッシングも受けている。ダイエット産業の市場規模は2兆円とも言われるから、いろんなカラクリがあるのは当然と言えば、当然だ。だからと言って、同社のマネジメント能力が劣るかどうかは別問題と言える。
さて、健康コーポレーションは、傘下に収めたアパレルや雑貨の企業をどう立て直していくのだろうか。各社の企業概要を見ると、経営陣はそのままというところもある。グループとしてのシナジーを追求する場合、傘下企業を異業種間で切磋琢磨させるような人材交流が不可欠になる。分社型経営のままでは、組織や考え方が縦割りで視野が狭くなりがちだからだ。
こうした弊害を補えるような人材の流動化をはからなければ、これまでの業界慣行を打ち破るようなビジネスモデルやイノベーションは創出できない。 また人材交流は将来的なグループ経営幹部育成にもカギになる。グループ経営には事業の投資・撤退判断など極めてダイナミックな舵取りが要求される。これらの能力はアパレルや雑貨といったキャリアの延長ではとても形成されない。グループを俯瞰でみるような視点や判断力を鍛えるためには、傘下事業を横断的に経験しておくことが必要なのだ。
そのためには子会社の要職に柔軟に配置できるような人事基盤の整備と、中核であるスポーツ企業が人事権を発動できるのかが課題になる。結果的にすべてのグループ企業において業績が好転してこそ、グループのシナジー効果も見えてくる。親会社として外部から経営のプロを招聘して改革するのか。中核会社、大株主としてもバランスシートを精査し、売上げ、利益、経費などの見直し、商品や業態の開発や人材育成などについて、注文を付けなければならない。
三鈴は昭和38年に創業した婦人服の専門店だし、 馬里邑はさらに古く戦後まもなく産声を上げたミセス系アパレルだ。どちらも高度成長期の成功体験を引きずる悪習が経営を硬直させた元凶かもしれない。これにどうメスを入れていくのか、である。ただ、成長、拡大のみを求めていろんな施策をうったところで、飽和したアパレルファッション市場では限界がある。
漠然とはしているが、健康コーポレーションがグループ理念に掲げる「全ての人が、より健康に、より輝く人生を送るための自己投資産業」をビジネス領域として、「世界中から必要とされ続ける商品・サービスを提供し続ける」こととは、何なのか。それを経営者は具体的に考え、実行していかなければならない。
つまり、社会が経済成長を絶対的な目標とせず、十分な豊かさや少しの幸福が達成されるのを求めるのであれば、それに合致するもの作りやサービスの提供にスライドしかなければならないのだ。成熟した消費市場の中で、消費者が健康で理想的なボディを手に入れれば、次はどんなウエアや雑貨をウエルネスライフの中に求めるのか。その答えを探し出した時、アパレルファッションは一歩進化するはずである。
アパレル分野ではスポーツメーカーが携わる素材や構造設計に話題が集まり、オリンピック後の商戦に影響を及ぼすことは少なくない。高いパフォーマンスを発揮した選手と同じユニフォームを着たいアスリート心理は、五輪ほど強くなる。ミズノやアシックスはアジアでも人気を集めているし、日本人選手の活躍により親日国ではさらに販路が広がりそうだ。
ところで、スポーツとアパレルとの相乗効果。また経営面でのノウハウ共有。ビッグイベントがある度にスポーツはアパレルに深く影響を及ぼしてきた。そんなことを考えていると、あるスポーツ系企業がアパレルのM&Aに積極的なのを思い出した。「結果にコミットする」とのコピー、会員の利用前利用後の変貌ぶりで、話題を集めたトレーニングジムの「ライザップ」。ここを運営する「健康コーポレーション」のことだ。
同社は、今年4月には4℃ホールディングスの婦人服SPA「三鈴」、補正下着メーカーの「マルコ」を立て続けに子会社化した。それ以前にもマタニティ&ベビー服の「エンジェリーベ」、インターネット通販の「夢展望」、ヤングブランドの「アンティローザ」、ミセス向けの老舗アパレルの「馬里邑」、首都圏にインテリア雑貨店を展開する「イデアインターナショナル」、郊外向け雑貨業態の「パスポート」、美容関連、化粧品の製造販売を行う「ジャパンギャルズ」などを傘下に収めている。
トレーニングジムとアパレルや雑貨、化粧品。素人目には何の関連性もないように思えるが、同社は「自己を変えるために、自分に投資する」事業という点では共通と見ているようだ。だから、あえて大量消費で代替が激しく、価格競争に陥りやすいコモディティ、いわゆる日用品の分野は対象としていない。 それぞれの事業が共通の目標で動くと考えるからこそ、投資先としては価値ありなのだ。
一般的に買収や経営統合の案件に上がる企業は、業績不振など経営的に不安定なところが少なくない。三鈴も競争激化のヤングファッションの中にあり、馬里邑は顧客の高齢化で事業の方向性が見えづらくなっていた。またパスポートとイデアインターナショナルは東証ジャスダック、マルコは東証2部の上場企業だ。これらはみな経営面で新しい血を必要としていたということだろう。
それ以上に産業界の構造変化の中、成長が見込まれる分野に資源を投下することで、 新たな価値創造と持続的成長を目指す時代だ。そのためのプラットフォームとしてグループ経営という枠組みが見直され、戦略的に活用されるようになっている。それは美容・健康産業にとっても、マクロ的な意味でアパレル、雑貨も組み込めるのではないかということだろう。
グループ本体の事業が安定し、資金が潤沢であるなら、銀行筋やコンサルタントがいろんな案件をもってくるだろうし、相手企業が非上場であれば第三者割当増資という手法もとれる。経営観が凝り固まったアパレルファッションの業界だからこそ、新しい経営発想が不可欠という点で、経営統合や業務提携の案件に載せやすいのかもしれない。
被買収、被統合のアパレル企業側からしても、内需への依存度が高いだけに少子高齢による消費の先細りで、成長戦略が描きづらくなっている。多数の店舗を持っていたり、多くのスタッフを抱えていれば、M&Aの受け入れでそれらの存続、雇用の維持できるのでひと安心だ。
健康コーポレーションとしては、トレーニングで体の内側から美しい肉体を作り上げるのも、補正下着で体の外からプロポーションを見違えるようにするもの、同社が目指す「人は変われることを証明する」という点では同じなのだ。そのことは企業サイトにも瀬戸健社長の言葉としてしっかり明記されている。
マルコとの資本業務提携は、健康コーポレーションが携わるトレーニング、コスメティックといった美容・健康事業と、マルコがもつ補正下着の開発力、50万人にも顧客基盤は相乗効果があると見たようだ。その先に理想型のボディメイクが成し遂げられれば、アパレルやコスメティックという新たなニーズが生まれ、さらに市場が広がる可能性がある。経営者としてはグループのシナジー効果を追求する狙いだろう。
健康コーポレーションは、トレーニングジムのライザップで一躍有名になった。耳に響く重低なSE(効果音)で始まるCMは、ダイエット訴求の鉄板表現、利用前利用後の「激変」を明確に訴求した。キャラクターにはほとんど会員を起用するもので、福岡に本社をもつ投資系企業の社長も出演を打診されたと語る。
CMを制作しているのは、電通だ。スポンサー担当の一人も博多の名門高校、早稲田大学とラグビーで鳴らした屈強なスポーツマンだそうだ。代理店に入社すれば、趣味でラグビーを楽しむよりゴルフ接待の方が主体になる。だが、クライアントがライザップになったことで、こちらにも出演オファーがあったとの話も洩れ伝わってくる。
ただ、当初は会員がキャラクターになっていた路線も、次第にタレントが登場するようになっている。俳優の赤井英和、経済評論家の森永卓郎、AKBの峰岸みなみ等々と、代理店が電通だけにタレント起用によるブランディングの王道は、ここでも変わりない。
一方、CMが集中投下され始めた頃から、ダイエットにありがちな虚構論も浮上した。筆者の知り合いのスポーツトレーナーも「あそこは徹底したカーボンカットのスタイル。会員はかなり無理なダイエットを強いているようだ」と語っていた。つまり、トレーニングと並行して食事での「糖質制限」をさせて、体中の脂肪をエネルギーに変えていくもの。二週間程度で痩せるには、炭水化物を一切摂取できないことになる。
このやり方がダイエットの正攻法か否かは別にして、会員の不満やトレーナーの労働条件の悪さが週刊誌のネタされるなど、新興企業にありがちなバッシングも受けている。ダイエット産業の市場規模は2兆円とも言われるから、いろんなカラクリがあるのは当然と言えば、当然だ。だからと言って、同社のマネジメント能力が劣るかどうかは別問題と言える。
さて、健康コーポレーションは、傘下に収めたアパレルや雑貨の企業をどう立て直していくのだろうか。各社の企業概要を見ると、経営陣はそのままというところもある。グループとしてのシナジーを追求する場合、傘下企業を異業種間で切磋琢磨させるような人材交流が不可欠になる。分社型経営のままでは、組織や考え方が縦割りで視野が狭くなりがちだからだ。
こうした弊害を補えるような人材の流動化をはからなければ、これまでの業界慣行を打ち破るようなビジネスモデルやイノベーションは創出できない。 また人材交流は将来的なグループ経営幹部育成にもカギになる。グループ経営には事業の投資・撤退判断など極めてダイナミックな舵取りが要求される。これらの能力はアパレルや雑貨といったキャリアの延長ではとても形成されない。グループを俯瞰でみるような視点や判断力を鍛えるためには、傘下事業を横断的に経験しておくことが必要なのだ。
そのためには子会社の要職に柔軟に配置できるような人事基盤の整備と、中核であるスポーツ企業が人事権を発動できるのかが課題になる。結果的にすべてのグループ企業において業績が好転してこそ、グループのシナジー効果も見えてくる。親会社として外部から経営のプロを招聘して改革するのか。中核会社、大株主としてもバランスシートを精査し、売上げ、利益、経費などの見直し、商品や業態の開発や人材育成などについて、注文を付けなければならない。
三鈴は昭和38年に創業した婦人服の専門店だし、 馬里邑はさらに古く戦後まもなく産声を上げたミセス系アパレルだ。どちらも高度成長期の成功体験を引きずる悪習が経営を硬直させた元凶かもしれない。これにどうメスを入れていくのか、である。ただ、成長、拡大のみを求めていろんな施策をうったところで、飽和したアパレルファッション市場では限界がある。
漠然とはしているが、健康コーポレーションがグループ理念に掲げる「全ての人が、より健康に、より輝く人生を送るための自己投資産業」をビジネス領域として、「世界中から必要とされ続ける商品・サービスを提供し続ける」こととは、何なのか。それを経営者は具体的に考え、実行していかなければならない。
つまり、社会が経済成長を絶対的な目標とせず、十分な豊かさや少しの幸福が達成されるのを求めるのであれば、それに合致するもの作りやサービスの提供にスライドしかなければならないのだ。成熟した消費市場の中で、消費者が健康で理想的なボディを手に入れれば、次はどんなウエアや雑貨をウエルネスライフの中に求めるのか。その答えを探し出した時、アパレルファッションは一歩進化するはずである。