年末が近づくと、今年の流行語が話題に上る。その年々の世相を表す言葉が選ばれるが、市場やトレンドにも関わることから、後々まで使われる言葉も少なくない。
流行語ではないが1980年代から使われ始め、電通がプロジェクトチームまで作って研究を始めた「熟年」。今ではそれ自体が歳をとったのか、やや色褪せた感がある。人間はみな共通に歳をとるが、自分だけは少しでも若くありたいと考える。高齢社会と言われるからこそ、その範疇からはどこか外れたいとの思いがあるのだろう。
ファッション業界では一時、熟年を「マチュア」と言い換えた記事も見かけた。小売り側がアソートメントを明確化した展開にしたいから、少しでも新鮮さを感じる言葉を使おうとしたのだろうが、定着したとは言えない。ここでも使い慣れたミセスやミドルの方がわかりやすいし、すんなり受け入れられたようである。
ただ、百貨店経営者の中には、売上げ不振の対策としてエージで区切るのではなく、マインド編集にしていきたいと言う人もいた。でも、アパレル側が年齢軸で切った商品開発やMDを行っているのだから、全館セレクティングにでもしない限りと無理だと思った。やりたい気持ちはわからないでもないが、結局はブランドのハコばかりのフロア構成に変わりはない。案の定、現状は惨憺たる有り様だ。
ところで、このところ安定していると言われたミセスでさえ、世界的に苦戦しているという。ファッションの本場欧州ではブランド品を買うのは若者ではなく、中高年と言われてきた。それが底堅い市場を作ってきたわけだが、その中高年も成熟したのか、それとも可処分所得が減ったのか。値ごろなSPAが台頭してきて、有名デザイナーとのコラボも人気を集めている。いずれにせよ高級ブランドやリッチ感を押すだけでは、厳しくなったのは間違いないようだ。
世界中でファッションに投資して来た中高年が価格にシビアになり、百貨店や専門店では高額の商品がなかなか売れない。お金持ちであってもeBayやAmazonほか、いろんなサイトで賢い買い物をするようになっている。
単に館を作り、フロアを区切り、エージで分け、価格設定したブランドを展開したところで、中高年が心ときめかすような商品でない限り、捉まえるのは容易ではないということだ。なおさら10年前の50代と今の50代では、明らかにライフステージも感性も嗜好も違うわけで、年齢やサイズのみを切り口にしたのではとても捉えきれないと思う。
通常、レディスではキッズ、ティーンズ、ヤング、ヤングアダルト(ミッシー)、ミセス、ミドル、シニアと区切っている。マインドエージという区分もあり、キャリアやヤングミセス(コンサバ)といったカテゴリーも存在する。
ただ、 女性は移り気だからと考えるからだろうか。一人の女性が1本のテイスト軸を一生貫くわけはないとの考えが支配的だ。でも、こうした分類で洋服を捉え、固定化された市場の中で販売効率を追いかけるから、服を買おうというお客の感性にフィットせず、捉まえきれないのではないのでないのだろうか。
それでは厳しくなっているからこそ、狭いレンジでターゲットを狙うのではなく、ノンエージを切り口にするブランド開発にチャレンジしても良いのではないか。テイストや感度軸のみを固定して、子供から大人までを顧客にするブランドの開発である。かなり長いスパンになるが、子供とか大人とかと限定せずに「三つ子のセンス、死ぬまで」って感じで、顧客化を考えていいのではないかと思う。
当然、サイズやパターンは各ゾーンで違うので調整が必要である。またアイテムや品番を絞り込み、生地や色柄、生産態勢を共通化して、テイストがブレないようにしなければならない。子供服ではベビーやトドラーはデザインでは特徴を出しにくく、ローティーンくらいから好みがはっきり出てくるので親とのコーディネートはカギになる。
そうすることで、子供からブランドの世界観をすり込んでいく。ブランド側が子供からファッション感性を磨き、おしゃれ心を醸成していくのである。であれば、ずっと顧客として存続できる可能性は高いかもしれない。
アパレルがエージでセグメントし、さらにメンズ、レディスでも分ける旧態依然とした手法が通用しなくなっているからこそ、誰もやらないことにチャレンジしなければ、この閉塞感は打破できないのではないかと思う。
一例をあげると、ヴィヴィアン・ウエストウッドがそうだろう。デザイナー本人は1941年の生まれだから、すでに75歳を迎えている。70年代にセックスピストルズのプロデューサーマルコム・マクラーレンとブティックを創業する傍ら、自らパンクファッションの旗手として多大な影響を与えた。服を通じてトレンドに逆らい、モードへのアンチテーゼに、ファンは堪らなく刺激される。そうしたテイストをティーンの時にリアルタイムで経験し、今でも好む中高年は確実にいるから、ブランドは安定しているのだと思う。
日本でいうならコムデ・ギャルソンだろうか。若い時に着ると、ずっと着続けたいと思わせる独特のテイストと質感。流行に左右されそうで、10年前のアイテムを着ても何の違和感もない。もちろん、素材にも縫製にも職人の技が生きづいている。シャツステッチ一つをとっても、運針は3cmで24針ほどかけるなど、コストダウンが当たり前の今でも創業時からの縫製思想は揺るがない。モードを超えたところにあるもの作りに、50代になろうがファンは惹き付けられるのだ。
今年の夏、とある食品スーパーで鮮魚を選んでいる中高年の夫婦を見かけた。旦那さんはよく見かけるチェックのシャツにジーンズ姿だったが、調理を待つ奥さんは白地にPLAYのハートが大胆に配置されたTシャツを着ていた。出立ちの雰囲気を見ると、50歳を過ぎてファンになったとは思えない。逆に言えば、それだけブレないファンが確実にいるということである。
「ヒステリックグラマー」もその領域に達している。1980年代半ばに原宿で産声を上げ、ワークやミリタリーがベースで、ロックやアート、ポルノグラフィティなどのカルチャーからもインスパイアされている。そのため、デビュー当時から惹かれ続ける40代、50代のファンは少なくないと思う。
こちらも素材や縫製、加工には力が入っており、大人になるほど着心地や風合いに関心がいく顧客心理も見事に捉えている。デビュー当時に発表されたジャケットなんかはヴィンテージもので、大人が着た方がしっくりくるはずだ。ファッションには若さもキーワードと言われるが、若者だからロックを好むわけではない。若々しいロックテイストは50〜60代のミドルこそ、度・ストライクなのである。
そう考えると、日本にはまだまだ1本のテイスト軸を貫くライフタイムブランドが少ないと思う。経営陣は口を開けば、「顧客の高齢化」を口にし、ブランドの再編や活性化に動き出す。しかし、結果的に中途半端なデザインで終わってしまい、世界観が固まったブランドはほとんどない。そんな紋切り型の商品ばかりが並ぶ売場は、少しも魅力を感じないのである。
人は皆歳をとる。であるからこそ、ずっと着続けられるようなブランドがあってもいいのではないか。メンズではアメカジが老弱で着られるテイストだが、彼女や奥さんもアメカジ好きでないと、カップリングでは男の方がどこか間抜けに見える。この先のシーズンで良く見かけるシーンがそうだ。ギフト用のジュエリーを見るカップルのスタイリングが男女不釣り合いなのは、傍から見えても興ざめする。
その意味では「ライフウエア」を標榜するユニクロは、メンズ、レディス、キッズをもち、テイストはベーシックで今や完全に老弱男女を捕捉している。レディスやキッズのアイテムでは流行を追うものもあるが、テイストが極端にブレることはない。
ファッションの玄人、専門家が絶賛するユニクロUは、細部にわたってきめ細やかな仕様になっているようで、商品の普遍性と不変のブランド価値を同時に浸透させていくとの思いを窺えさせる。まだ子供服は登場していない。でも、利益度外視で売っていくとの考えなら、子供たちに受けるかは別に服づくりの良さを啓蒙していくためデビューさせても面白いのではないか。
人は必ず歳をとる。であるからこそ、50代、60代は若々しく、20代はクールに、30代は年一度のご褒美で、さらに子供たちは良い服への入門編として、ずっと着ていけるようにする。そんなブランドがもう少し増えてもいいのではないかと思う。
流行語ではないが1980年代から使われ始め、電通がプロジェクトチームまで作って研究を始めた「熟年」。今ではそれ自体が歳をとったのか、やや色褪せた感がある。人間はみな共通に歳をとるが、自分だけは少しでも若くありたいと考える。高齢社会と言われるからこそ、その範疇からはどこか外れたいとの思いがあるのだろう。
ファッション業界では一時、熟年を「マチュア」と言い換えた記事も見かけた。小売り側がアソートメントを明確化した展開にしたいから、少しでも新鮮さを感じる言葉を使おうとしたのだろうが、定着したとは言えない。ここでも使い慣れたミセスやミドルの方がわかりやすいし、すんなり受け入れられたようである。
ただ、百貨店経営者の中には、売上げ不振の対策としてエージで区切るのではなく、マインド編集にしていきたいと言う人もいた。でも、アパレル側が年齢軸で切った商品開発やMDを行っているのだから、全館セレクティングにでもしない限りと無理だと思った。やりたい気持ちはわからないでもないが、結局はブランドのハコばかりのフロア構成に変わりはない。案の定、現状は惨憺たる有り様だ。
ところで、このところ安定していると言われたミセスでさえ、世界的に苦戦しているという。ファッションの本場欧州ではブランド品を買うのは若者ではなく、中高年と言われてきた。それが底堅い市場を作ってきたわけだが、その中高年も成熟したのか、それとも可処分所得が減ったのか。値ごろなSPAが台頭してきて、有名デザイナーとのコラボも人気を集めている。いずれにせよ高級ブランドやリッチ感を押すだけでは、厳しくなったのは間違いないようだ。
世界中でファッションに投資して来た中高年が価格にシビアになり、百貨店や専門店では高額の商品がなかなか売れない。お金持ちであってもeBayやAmazonほか、いろんなサイトで賢い買い物をするようになっている。
単に館を作り、フロアを区切り、エージで分け、価格設定したブランドを展開したところで、中高年が心ときめかすような商品でない限り、捉まえるのは容易ではないということだ。なおさら10年前の50代と今の50代では、明らかにライフステージも感性も嗜好も違うわけで、年齢やサイズのみを切り口にしたのではとても捉えきれないと思う。
通常、レディスではキッズ、ティーンズ、ヤング、ヤングアダルト(ミッシー)、ミセス、ミドル、シニアと区切っている。マインドエージという区分もあり、キャリアやヤングミセス(コンサバ)といったカテゴリーも存在する。
ただ、 女性は移り気だからと考えるからだろうか。一人の女性が1本のテイスト軸を一生貫くわけはないとの考えが支配的だ。でも、こうした分類で洋服を捉え、固定化された市場の中で販売効率を追いかけるから、服を買おうというお客の感性にフィットせず、捉まえきれないのではないのでないのだろうか。
それでは厳しくなっているからこそ、狭いレンジでターゲットを狙うのではなく、ノンエージを切り口にするブランド開発にチャレンジしても良いのではないか。テイストや感度軸のみを固定して、子供から大人までを顧客にするブランドの開発である。かなり長いスパンになるが、子供とか大人とかと限定せずに「三つ子のセンス、死ぬまで」って感じで、顧客化を考えていいのではないかと思う。
当然、サイズやパターンは各ゾーンで違うので調整が必要である。またアイテムや品番を絞り込み、生地や色柄、生産態勢を共通化して、テイストがブレないようにしなければならない。子供服ではベビーやトドラーはデザインでは特徴を出しにくく、ローティーンくらいから好みがはっきり出てくるので親とのコーディネートはカギになる。
そうすることで、子供からブランドの世界観をすり込んでいく。ブランド側が子供からファッション感性を磨き、おしゃれ心を醸成していくのである。であれば、ずっと顧客として存続できる可能性は高いかもしれない。
アパレルがエージでセグメントし、さらにメンズ、レディスでも分ける旧態依然とした手法が通用しなくなっているからこそ、誰もやらないことにチャレンジしなければ、この閉塞感は打破できないのではないかと思う。
一例をあげると、ヴィヴィアン・ウエストウッドがそうだろう。デザイナー本人は1941年の生まれだから、すでに75歳を迎えている。70年代にセックスピストルズのプロデューサーマルコム・マクラーレンとブティックを創業する傍ら、自らパンクファッションの旗手として多大な影響を与えた。服を通じてトレンドに逆らい、モードへのアンチテーゼに、ファンは堪らなく刺激される。そうしたテイストをティーンの時にリアルタイムで経験し、今でも好む中高年は確実にいるから、ブランドは安定しているのだと思う。
日本でいうならコムデ・ギャルソンだろうか。若い時に着ると、ずっと着続けたいと思わせる独特のテイストと質感。流行に左右されそうで、10年前のアイテムを着ても何の違和感もない。もちろん、素材にも縫製にも職人の技が生きづいている。シャツステッチ一つをとっても、運針は3cmで24針ほどかけるなど、コストダウンが当たり前の今でも創業時からの縫製思想は揺るがない。モードを超えたところにあるもの作りに、50代になろうがファンは惹き付けられるのだ。
今年の夏、とある食品スーパーで鮮魚を選んでいる中高年の夫婦を見かけた。旦那さんはよく見かけるチェックのシャツにジーンズ姿だったが、調理を待つ奥さんは白地にPLAYのハートが大胆に配置されたTシャツを着ていた。出立ちの雰囲気を見ると、50歳を過ぎてファンになったとは思えない。逆に言えば、それだけブレないファンが確実にいるということである。
「ヒステリックグラマー」もその領域に達している。1980年代半ばに原宿で産声を上げ、ワークやミリタリーがベースで、ロックやアート、ポルノグラフィティなどのカルチャーからもインスパイアされている。そのため、デビュー当時から惹かれ続ける40代、50代のファンは少なくないと思う。
こちらも素材や縫製、加工には力が入っており、大人になるほど着心地や風合いに関心がいく顧客心理も見事に捉えている。デビュー当時に発表されたジャケットなんかはヴィンテージもので、大人が着た方がしっくりくるはずだ。ファッションには若さもキーワードと言われるが、若者だからロックを好むわけではない。若々しいロックテイストは50〜60代のミドルこそ、度・ストライクなのである。
そう考えると、日本にはまだまだ1本のテイスト軸を貫くライフタイムブランドが少ないと思う。経営陣は口を開けば、「顧客の高齢化」を口にし、ブランドの再編や活性化に動き出す。しかし、結果的に中途半端なデザインで終わってしまい、世界観が固まったブランドはほとんどない。そんな紋切り型の商品ばかりが並ぶ売場は、少しも魅力を感じないのである。
人は皆歳をとる。であるからこそ、ずっと着続けられるようなブランドがあってもいいのではないか。メンズではアメカジが老弱で着られるテイストだが、彼女や奥さんもアメカジ好きでないと、カップリングでは男の方がどこか間抜けに見える。この先のシーズンで良く見かけるシーンがそうだ。ギフト用のジュエリーを見るカップルのスタイリングが男女不釣り合いなのは、傍から見えても興ざめする。
その意味では「ライフウエア」を標榜するユニクロは、メンズ、レディス、キッズをもち、テイストはベーシックで今や完全に老弱男女を捕捉している。レディスやキッズのアイテムでは流行を追うものもあるが、テイストが極端にブレることはない。
ファッションの玄人、専門家が絶賛するユニクロUは、細部にわたってきめ細やかな仕様になっているようで、商品の普遍性と不変のブランド価値を同時に浸透させていくとの思いを窺えさせる。まだ子供服は登場していない。でも、利益度外視で売っていくとの考えなら、子供たちに受けるかは別に服づくりの良さを啓蒙していくためデビューさせても面白いのではないか。
人は必ず歳をとる。であるからこそ、50代、60代は若々しく、20代はクールに、30代は年一度のご褒美で、さらに子供たちは良い服への入門編として、ずっと着ていけるようにする。そんなブランドがもう少し増えてもいいのではないかと思う。