HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

立場と環境が人を育む。

2016-12-28 07:22:15 | Weblog
 今年もあと4日となった。個人的に注目した業界ニュースは企業倒産が300件を超え、百貨店の閉店が相次いだこと。だからでもないだろうが、若者が業界を志望するケースが減っており、各方面から人材の確保が容易ではないとの話を聞いた。

 暮れにビジネスを終了した某コミュニティサイトは、折りに触れて「若者がなぜ業界を目指さなくなったのか」というテーマを取り上げた。大学生にインタビューして生の声を拾ったものだが、学生がファッションをメディアコンテンツの一つとして捉えてはいるものの、「糸へん」への理解にはほど遠いと感じた。

 ゼミでビジネス研究を始めている大学もあるが、こればかりは外から学ぶのと中に入って知るのとでは大きなギャップがある。まして専門学校生となれば、デザイン中心の技術教育をスローガンにするだけで、業界が抱える課題にほとんど与しておらず、若者の考える能力を刺激し、真のプロに育てられるとは思えない。

 企業に目を向けると、従業員の頭数を揃えるために給料や待遇といった見せかけの情報を流布したところで、ほしい人材が確保できるのだろうか。人手不足の問題は何も昨年や今年に始まったことではない。バブルが崩壊して以降、コストダウンがまかり通るようになり、構造的な問題になるのはわかりきっていた。

 きれい事かもしれないが、 企業側はどうすれば、業界のことを好きになってもらい、長く働いてもらえるのか。働く側もこの仕事に携わることで、いかに自分が成長していけるのか。「パートアルバイトで何とか回していけばいい」とのモラトリアムな風潮が人材の育成や技術技能の習得を蔑ろにしてきたのではないか。両者がそれらに真摯に取り組まなかったことのツケは、決して小さくないということだ。

 話はズレるが、ちょうど1年前に電通の女性社員が長時間労働の末に自殺した。入社するために一生懸命で、内部事情をそれほど知っていたとは思えない。一般学部の女性だから、志望先はコンテンツ制作で、職種ではコピーライターか、CMプランナーか。ならば入社試験とは別にクリエイティブテストもあったと思う。彼女がそれを受けたかどうかはわからないが、東大出の能力を買われて配属されたのは、電通が最も注力するネット関連の部局だった。

 入社後、研修が終わり、直属の上司からは「まずは与えられた仕事を頑張れ。そこで結果を出せば希望は叶う」的な言葉をかけられ、鼓舞されたのだろう。だから、当初は長時間の勤務も夢を叶えるためには厭わなかったのかもしれない。しかし、この言葉は社員を都合よく使うための魔法の言葉になることもある。真面目でそれを強く信じる社員がいればいるほど、組織は機能し強固になるからだ。

 結果的に長時間労働が肉体を疲労させ、さらに上司のパワハラが重なって精神ストレスを蔓延させ、将来を嘱望された若手社員は死に追いやられてしまった。電通側はマスメディアを支配するだけにすぐに片が付くと思ったのかもしれない。ところが、ネットを中心にブラック企業のレッテルが貼られ、企業力を誇示する象徴の「鬼十則」さえ、電ノートから削除するはめになった。

 その影響が多方面に出始めている。長時間労働の問題は大企業はもとより、地方の有力企業にまで飛び火し、増え過ぎる労働時間をセーブする動きが強まっている。とある地銀の営業マンがうちの事務所に来て、来年3月から夜7時以降は残業ができなくなると言う。広告屋である電通が自らの醜態をアピールしたことで、クライアント企業の残業抑制を啓蒙する結果になるとは、何とも皮肉な話である。

 アパレル業界ではまだ残業カットの動きは見られないが、長らく労働集約型産業と言われ、まだまだ長時間労働が根強く残る。ただ、IT化の進展で電通ほど高度な属人的産業ではなくなった中、人手不足にも取り組みながら、落としどころをどう見つけていくか。答えは教育機関まで遡って見いださなければならない問題でもある。

 専門学校、大学を含めて就職に際しては「人間が行う仕事とは何か」「作業と仕事の違いは何か」の基本を押さえさせ、活動をさせることだと思う。技術も技能も持たないとルーチンワークの中に組み込まれていかざるを得ない。そこを深く考えずに作業に従事するまま歳だけとっていけば、人間の方が技術革新に追い抜かれてしまうのだ。

 業界は大きく変わっている。単純に販売、購買するだけならネットでも十分となった。必要な物流機能もどんどん機械化されている。人的な労働でも生産性の低いものは、ますますロボットなどに置き換えられていくだろう。国内のサービス業では日本人の労働者が集まらないから、外国人で賄うなんて言うこと自体がすでに時代遅れなのかもしれない。だからこそ、作業とか、労働力とか単純なことではなく、業界で携わる仕事の質を高めることに力を入れていなかければならないと思う。

 商品そのものを見直し、それを作って売るフロー、人間が従事することにイノベーションをもたらす取り組み、つまり仕事の質を高めることが必要なのである。どこに物的コストをかけ、人的な技術、能力を割くのか。生産性の低い労働は人間以外に任せられないのか。仕事内容を変えるためにITをいかに有効に活用するか等々である。

 上質な糸や生地を懇切丁寧に作る。これは人にの手や目が関わることが多い。そんな素材を生かして形と色のバランスを整えるべく時間をかけて商品のアウトラインを作るのは人間の仕事だ。複雑なディテールの縫製、高度で秀逸な加工も人の手間や技が必要になる。そうした商品をじっくりスタイリングしてホスピタリティをもって提案し、着る人のストーリーを演出するのも人間にしかできないだろう。

 一方で、コストダウンのために上記条件のどれかをセーブすることで成り立たせようというビジネスもあるだろう。しかし、市場は敏感に反応する。「ケチった」ところはすぐに見透かされてしまい、元の木阿弥になる。ベーシックなアイテムやプレーンなデザインにして手間と時間を抑えるが、質はどこまでキープしていくのか。素材や縫製をギリギリまでコストダウンして短サイクルで回していく商品を生み出すか。

 コストパフォーマンスを求められる商品はITの力を借りて省力化、システム化して製造し、物流の合理化や販売のネット化をどんどん進めていけばいい。コモディティ化で低価格を売りにする商品が存在価値を増す中で、生き残るにはどれかの条件を削るだけではなく、どれかの条件を際立たせないと競争力にはならない気がする。今年はこうしたビジネスフローの差異が現れた年であり、来年はもっと明確に分かれていくと思う。


与えられた仕事で頑張れは空手形

 人間が行う仕事はどうなるのか。正規と非正規、同一労働同一賃金の議論があるが、同じ仕事内容なら正規、非正規の分け隔ては全くないという企業も出始めている。リタイア組でも技術や経験を持つ人なら非正規でも時間を有効に活用してもらい、それなりの報酬を与えることでやり甲斐を感じてもらおうという企業もある。「午前中だけ仕事をすれば十分」という自適な人がいるからだ。

 逆に新卒の若年労働者に対しては、能力とモチベーションをじっくり見極め、適正な配置、配属が必要になる。筆者が就職した頃は、与えられた仕事を頑張って結果を出せば希望は叶う的な言葉をかけられ、やる気を起こそうとされた。しかし、 仕事をすればするほど、企業は個人の希望より組織を優先することが薄々わかって来る。

 今振り返ってみると、それは空手形に過ぎなかったと思うし、適当な時に見切りを付け、やりたい仕事に向けて転職したことに後悔はない。やりたい仕事をさせてくれそうな企業でないと、人は集まってこない。それを前提にいかに魅力ある仕事を創造し、働く環境を整えるかが大きなテーマになっていくと思う。

 社員のモチベーションを上げていく施策も必要だ。業界は中小零細企業が多く、斜陽産業のイメージが強いだけに社員は給料や待遇だけでなく、会社や自分の立場の弱さに辟易している面もある。ある小物メーカーはそうしたネガティブさを打破しようと取り組み始めた。中部地方で創業して130年、ずっとファッション小物を作り続けており、プレーンなデザインで日常で長く使える上質なものづくりと高い技術を特徴とする。

 そうした製品の良さを世界に訴えることで社員に誇りを持ってもらおうと、モード最先端の欧州での勝負に出た。自社技術を生かして製造したストールをブランド化してパリのトレードショーに出品したところ、欧米はもちろん日本のセレクトショップからも高い評価を得た。日本のバイヤーが海外で見る商品となると、オーバースペック気味に感じる性格を読んだ戦略とすれば、なおさら経営者は天晴ということだ。

 もちろん、タグにはブランド名の他に同社の社名が堂々と刻み込んである。社内的にはそれが社員の達成感を生み、プライドをくすぐるともにモチベーションアップにもつながった。こちらの施策の方が重要なのである。ファクトリーブランドをビジネス化するのは難しいと言われる中で、数少ない成功事例だと思う。

 また別の小規模アパレル企業は販売職が敬遠されている中、専門学校や大学に若干名の求人を出しただけなのに、必ず100名ほどの応募がある。こちらは社長自ら学校に出向いて学生を相手に企業理念から自社のビジネスの仕組み、必要とされる社員像や能力を説いて回っている。決まりきったフォーマットに形式的な企業情報を書き込んで、待ちの姿勢で応募者を集めるようでは、求める人材には出会えないと考えからだ。
 
 しかも、販売職は決して非正規雇用にはせず、リスペクトするために職種名には「コンシェルジュ」と付けている。肩書きは会社にとって重要な役割であると本人に自覚させ、会社で働く意義をきちんと理解させていくのだ。昨今、販売職のようなサービス業は完全に売り手市場になっている。募集してもなかなか人材が集まらないと嘆く声も聞くが、そんな企業に限って「働く意義」を示せていないような気もする。

 このアパレル企業では若いスタッフが仕事をしていく中で、別の目標を見いだすようになると応援する。独立して途中でビジネスに躓くようなことがあれば、企業にいた頃に見つけた技術や能力をきちんと評価して、再び雇用するような仕組みも作っている。

 これから業界に入ろうという若者をどれだけ尊重して、持てる能力と技術と人間力を発揮させるようにできるか。ポジションが人を作り、環境が人を育てるのである。来年はそんなこだわりがビジネスの雌雄を決する一年になっていくように思う。

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