HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

中間層の没落は吉か。

2017-02-08 07:25:36 | Weblog
 経済・金融情報の配信する米国のブルームバーグはさる2月3日、「家具・インテリアを販売するニトリホールディングス(HD)がアパレルチェーンの展開を検討している」と伝えた。1日に行ったインタビューで、創業経営者の似鳥昭雄会長が「衣料品の販売に販売に興味をもっている。チャンスがあれば挑んでみたい」と、語ったからだ。(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170203-60818568-bloom_st-bus_all)

 似鳥会長は現在のアパレル業界について、「10〜20代向けの商品が主で、30代以上向けで手頃な価格設定の商品をそろえた業者は、国内ではしまむらぐらいしか存在しない。ニトリHDが参入した場合、事業としての成功にものすごく自信がある」と語っている。これについてアパレル業界内部では賛否が渦巻いているが、ブランドのリストラや閉退店、希望退職者の募集ばかりが目立つ中、久々に希望をもてるネタと言ってもいいだろう。

 今の10〜20代は価格が安く、最新流行を次々と投入するファストファッションで十分だと言われる。若者からすれば百貨店やファッションビルに並ぶ商品は価格の割に「イケてない」のだ。もはやセンスとプライスはイコールではなくなり、それが値崩れを引き起こす要因にもなっている。結果として、NBはコストダウンに舵を切ってOEM、ODMによる外注化で企画の独自性を捨て去り、セレクトはオリジナル拡大による原価率の切り下げで、バイヤーの目利き商品は居場所を失う始末。こうした負の連鎖が業界を集団自殺に追い込んだとまで宣う人もいるほどだ。

 その元凶となったのが中間層の没落である。バブル景気が崩壊して以降、そうした層が恩恵を受けられなくなったことで、個人消費は低迷を続けている。この影響をもろに受けたアパレル業界では、若者がトレンドデザインを求める傍ら、素材、縫製という品質は二の次で良いと考えるようになった。一方、30代以降は流行にはそれほどこだわらない分、十分な機能と品質を備え、価格が手頃であることを求めている。ファッションでユニクロの台頭はそれを如実に表している。ジャンルは違うが、家具・インテリアでニトリが躍進したのも中間層が没落する中、機能や品質、低価格の商品を提案したからである。

 ニトリは2015年4月、プランタン銀座本館に売場面積450坪の「プランタン銀座店」をオープンし、東京都心に初進出を果たした。レギュラー業態は郊外展開の1500坪規模だが、プランタン銀座店は小規模な分、商品を厳選し、コーディネート中心の売場にするなどコンセプトを変えている。丸の内や銀座に勤めるOLからも、「ニトリは郊外にしかないから、車がないと行きづらい。都心部にあれば、買い物に行きたい」との要望も寄せられていた。

 皮肉にもプランタン銀座は昨年末で32年の歴史に幕を閉じたが、ニトリは本館改めマロニエゲート銀座2の6階で営業を続けている。ここでは家具は4割に抑え、雑貨を6割に拡大するなどホームコーディネーションが主体だ。色とスタイルのつながりを意識したルームプレゼンテーションに磨きをかけたことで、都心部でも攻勢をかける狙いと読み取れる。
 
 ニトリにはリーマンショック後に何度も値下げした結果、顧客層が年収200〜500万円ぐらいに偏ってしまったとの反省がある。そのため、価格が高いソファやマットレスを投入して客数減少を客単価の増加でカバーし、客層を年収800万円までに広げることに手応えを得ている。それが日本一の激戦区、高コスト立地と言われる銀座進出でも「行ける」と判断させたようだ。

 2016年2月期の連結業績は、 売上高 4581億円 (前期比9%増)、営業利益730億円(同10%増)と、最高営業益を更新。おそらく2017年も増収増益は確実だろう。ブルームバーグは、2日時点での似鳥会長の資産総額が30億ドル(約3400億円)と集計している。アパレルに進出すれば、ユニクロの柳井正社長と同じ土俵に上ると結論付けているが、果たして…。

 確かにニトリは家具・インテリアの分野で年商5000億円、営業益800億円にも照準を当てられる優良企業に成長した。しかし、それは限定された機能と品質、低価格というボリュームゾーンでの成功体験に過ぎない。アパレル、特にファッション衣料となると、全く未知の領域になる。報道によると既存店で販売するのではなく、「M&Aを通じて、100〜200店規模の衣料品チェーンを買収し、商品を入れ替えることを想定している」という。

 つまり、少なくとも商品の企画生産では、自社でノウハウを構築しなければならないということだ。ニトリが家具・インテリアで開拓した顧客とリンクさせるなら、アパレルでも30代以降をターゲットにするにしても、商品は機能と品質、低価格を併せ持つボリュームゾーンとなるのだろうか。

 一部メディアは、「パジャマ、Tシャツなどの販売をすでに始めており、繊維商品の比重は上がっている」と、アパレルへの参入障壁は高くないと見るが、そうなのだろうか。ニトリが企画販売している繊維製品は、ベッドカバーやカーテン、テーブルリネンといったテキスタイルや敷物などのラグが中心だ。パジャマやTシャツが加わったといっても、それはホームファッション、いわゆるデイリーウエアの域を出ない。

 こうした日用品、実用衣料とトレンドデザインを条件とするファッション衣料は明らかに異なる。ターゲットもマーケットも違うわけで、チェーンを買収したところで商品を簡単に企画できるほどアパレルは甘くない。個人的な意見を言わせてもらうと、ニトリで一度遮光カーテンを購入したが、ホームセンターに並ぶそれと比べると明らかに質が落ちる。やはり、顧客のマインドは「安いからニトリでも十分」ということだろう。この遺伝子がアパレルにどう作用するのか。中々難しいところである。

 アパレルの企画生産にはターゲット設定、素資材の手配調達、デザイン、MDの設計、製造、流通などの機能が必要になる。これは家具・インテリアでも同じだと思うが、ニトリの商品を見るとカラー、素材、デザインはかつてダイエーが販売していた愛着仕様、いわゆる量販店レベルにしか見えない。とてもファッショナブルとは言い難いのだ。それはあくまで業界人の見解に過ぎないが、売れているのだからアパレルでもボリュームゾーンを捉えられるという理屈には、やはり無理がある。

 このゾーンにはすでにユニクロや無印良品が君臨しているが、その二強ですら現状のマーケットでは飽和状態で、今後は売上げの鈍化が避けられない。しまむらにしてもただ安いだけではなく、商品企画力が売上げを左右している。ニトリがアパレルで競争力をもつには、30代以降をターゲットにする場合でも、中間層でありながらボリュームゾーンの商品では飽き足りな人々に対して、「こんな商品が欲しかった」と思わせるものを提案し、新たなマーケットを開拓できるどうかではないか。それはいったいどんな商品群で、それには誰が携わるかである。

 アパレルから必要な人材をヘッドハンティングするにしても、業界の良い時を知っている人間の多くは、以前の企業でスタッフやシステムが整っていたから、実績を積むことができたという意見もある。つまり、混沌とした今のアパレル業界で、成功体験が通用する保証はどこにもないのだ。加えて、新たなノウハウを構築するには、相当の時間とカネが必要であるのは言うまでもない。


裏の部分で問われる競争力

 ニトリほどの資金力をもつ企業なら、100〜200店のチェーン買収は難しくないから、アパレルに参入した場合にどうしても商品企画やブランディング、収益性を整備すれば事足りる、表のビジネスに目が行きがちだ。しかし、本当に重要なのは今のマーケットをじっくり分析し、そこで求められる商品製造のプロセスを設計し、計画化していく裏のビジネスモデルを構築できるかなのである。

 ユニクロでも自社開発を軌道に乗せ、フリースをヒットさせるまでには10数年を要したし、無印良品は西友のプライベートブランドから独立する過程において、広告クリエーターの力なくしてはあり得なかった。しまむらにしてもメーカーによる企画で自社開発のリスクを減らし、マーケットニーズに即した商品をタイムリーに投入するから収益が上がっているのだ。

 これらがボリュームゾーン、30代以降のアパレル市場を攻略し、他社の追随を許さないのは、そうした独自のビジネスフォーマットが高い参入障壁となり、他社がコピーしようにも素資材や生産体制、コスト競争力で強固な壁となって、簡単には破られないからである。

 話は少し脇道に逸れるが、バルスがインテリア雑貨に参入し、フランフランを作り上げた時のコンセプトは、「都会で一人暮らしをする女性」をコアイメージに、高感度で低価格で旬の商品を提案するものだった。その上の層を狙うJピリオドはうまくいかなかったが、フランフランはコンセプトが見事にはまりマーケットを攻略した。

 筆者も初期のフランフランで、エジプト綿を使用した肉厚なキャンバス地のカーテンを購入したことがある。量販店やホームセンターの商品にはないナチュラルな質感で、色が緋赤だったことが気に入ったのだが、共地のストラップをポールに通すタイプだったため、プリーツ仕様に縫い直して事務所のカーテンに使用した。余ったストラップも生地を解き、端から1cmほどをミシンで押さえてフリンジにし、コースターとして使っている。

 カーテンは遮光機能がなく経年により色褪せてしまったが、一間半ほどの幅広なので写真撮影のバック地として今でも十分通用する。ただ、当のフランフランは、渋谷109系ファッションの台頭で、テイストをカジュアルスタイリッシュから多少ギャル系を意識したものにシフトしている。開発する商品にもそうした層が好むロマンチックで、クラシカルなニュアンスも取り入れている。

 つまり、インテリア雑貨でも狙う客層の嗜好が変化すれば、商品づくりを変えていかなければならないのだ。ニトリはお客の嗜好にそれほど差異も変化もないボリュームゾーンを捉えて売上げを伸ばしてきた。ところが、アパレル、特にファッション衣料となれば、そうはいかない。

 今の顧客である中高年はやがて介護が必要になるため、衣料品にはさらなる機能性や利便性が求められる。一方、ファストファッションを着ている10代〜20代の若者が30代以降にどんなファッションを好むのか。単純にボリュームゾーンにシフトするのか、それとも機能と品質と低価格はもちろん、トレンドデザインまで求めていくのか。ターゲットをセグメントして商品を開発するのは容易ではないだろう。

 没落した中間層は必需品以外にはなかなか触手を伸ばさないと言われる。しかし、東京を中心にした首都圏全体では日本では異例の一人勝ち状態が続いている。とすれば、せっかく銀座に出店したのだから、「30代のOLをターゲットにしたファッション性の高いカジュアルファッションとは何か」のテストマーケティングを行ってもいいのではないか。プランタン銀座が閉店に追い込まれたのも、キャリア向けのコンサバ一辺倒で、カジュアル色が弱かったのが要因と言われている。

 丸の内・銀座界隈で働くOL向けのカジュアルを扱うのはユニクロと、ルミネやマロニエゲートのセレクトくらいしかない。目の肥えたOLともならば、それらで十分に満足とまではいかないはずだ。ギンザシックスが開業すると言っても高級ブランドが中心だから、センスと品質、価格のバランスが必ずしもOLのニーズにかなうとは思えない。

 だからこそ、30代OL向けのカジュアル業態で手応えをつかむことができれば、首都圏全体さらに全国の政令市まで拡大させるのは難しくはないと思う。100店規模ならすぐに埋まるはずである。せっかくアパレルに進出すると言うのなら、それくらいのレベルにはチャレンジしてほしい。

 逆に家具・インテリアの延長線で行くなら、現に手掛けるホームウエアを独立発展させる形態もあり得る。要介護者は今後も増えていくことが予測されるため、ユニバーサルデザインの実用衣料は一定規模で必要とされていく。

 家族がひと目を気にするためにオープンで買い物できないという課題もあるが、誰もが気軽に購入できる業態が登場すれば、そんなイメージも払拭されていくはずだ。それに利便性の高いランファン(シンプルでコンフォートなもの)を加えたデイリーウエア主体の業態であれば、開発の余地は十分あるのではないか。それはニトリが手掛ける実用性の高い家具・インテリア業態との親和性もあり、ポイント提携による顧客の囲い込みも可能になる。ジリ貧が続く地方百貨店もテナントとして欲しがるかもしれない。

 アパレル業界はとにかく新しい発想をもつ新規参入者が登場しない限り、閉塞感からは抜け出せないし、活性化のしようもない。中間層の没落で萎んでしまったアパレル市場に一石を投じて風穴を開けてくれるのか。ニトリの今後に注目していきたい。

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