HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

高利少売の死角。

2018-05-16 05:09:04 | Weblog
 宝石・貴金属、時計、メガネを扱う業界はメーカー、卸販社、小売店の間で長らく共存共栄が成り立ってきた。高級品の代名詞で、高い荒利益が取れるため、三者で分けあって来たのである。しかし、ビジネスである以上、未来永劫で安定成長が続く保証はない。嗜好品は景気の影響を受けやすいし、お客のマインド変化でも市場は縮小する。また、小売店主の経営能力に左右される部分もある。

 メーカーはこうしたリスクを避けるために、卸販社を自社系列に再編して優先的に商品を流通させたり、売上げ実績に裏打ちされる小売店にトップブランドの販売を任せたり。ロイヤルティを守りながら、確実に売掛金を回収するには、当然と言えば当然である。先日、こうしたメーカーの姿勢が物議を醸す一件がネットを駆け巡った。

 事の発端はこうだ。2016年の地震で大きな影響を受けた「老舗宝飾時計店」が売上げ減を理由に、時計メーカーのセイコーから高級ブランド「クレドール」の取り扱いを一方的に停止する通告を受けたのだ。クレドールは最低でも20万円、最高は100万円もの値がつくセイコーを代表する高級ブランドウォッチである。当然、小売店にとっては売上げの核となる重要な商材であったはずだ。

 店主によると今年2月、セイコーの営業担当者からクレドール取り扱い認定を取り消されたという。セイコーに限らず、輸入時計のロレックスやオメガ、コルムやブライトリングも、一定の販売額(販売能力)を条件に取り扱える卸商社や小売店を限定している。そのため、こうしたことは宝飾業界では特別なことではない。

 老舗宝飾時計店は、地震で入居していたビルが全壊。仮店舗での営業を余儀なくされた。そのため、震災から2年目の17年には、クレドールの販売額がセイコー側との間で取り決めていた目標を達成しなかったのである。おそらく、店舗販売はもちろん、外商も十分に機能していなかったと思う。

 店主は地震による災害状況をセイコーに伝え、クレドールの取引継続を願い出たが、セイコー側は首を縦には振らなかった。老舗宝飾時計店からすれば、セイコーとは創業から120年の長きにわたりずっと取り引きして来ている。にも関わらず、温情の余地もないドライな仕打ちにも見える。

 しかし、事はそれだけで終わらなかった。店主はセイコーから送られて来た取り引き停止の「確認書」をTwitterに公開したことで、一気にフォロワーが反応。さらにシェアされてたちまち全国から書き込みが殺到したのである。そのほとんどが同店を擁護し、セイコーを非難するものだった。

 一方で、SNSで業務書類を公開することに対する懐疑的な意見、またセイコー側は震災で経営が困難に陥った小売店に対し、翌年の契約は解除していないなどの書き込みもあり、賛否は交錯した。

 その後、セイコーは事の重大さを鑑み「和解した」と、メディアに回答。老舗宝飾時計店は書面を公開した投稿を削除し、店主は配慮のない行動を反省。セイコーにも謝罪し、自社HPでは「今回の騒動に対する謝罪」(http://sophy.otemo-yan.net/)を発表し、何とか無事に収まったようである。

 一般論で考えると、今回の一件は一大メーカーと小売店の立場の違い、力関係における強弱を露呈したと言える。メーカーとしては、いくら創業120年の老舗であろうが、高級ブランドを長年販売して来た実績があろうが、いま現実の売上げ数字を見て商品を卸すか卸さないかを判断する。それがSNSによって物議を醸すとは想像すらしていない。

 公開された確認書の書面には、「セイコーウォッチ株式会社 取締役・専務執行役員 国内営業本部長」の名前があった。おそらく、担当者は経営計画に基づいて設定されている内規に従い、粛々と取り扱い停止を通達したのだろう。いたって実務的である。経営幹部ではあるものの、サラリーマンとして当然のことをしたまでだ。

 しかし、小売店は釈然としない。創業からセイコーの時計を売って来た。クレドールも40年の販売実績がある。しかも、地震で被災した異常事態なのに、何でここ1〜2年の売上げ減で、取り扱いが停止されるのか。うちがクレドールを販売しなくて、どこが売りきれるというのか。老舗としてのプライドもあるだろう。それゆえ、立場の弱さからSNSという手段を用いて、世論に訴えるしかなかったとも考えられる。

 セイコーは世界に誇れる大企業に躍進した結果、小売店のこうしたエモーショナルな感情の揺れがわからない。ブランドを売っていきたいのは、メーカー、小売り双方に共有するはずだ。しかし、立場の違いから得てして異なったベクトルに進んでしまう。ある意味、それはしかたないことかもしれない。

 和解とは、どんな落としどころだったのか。取り扱いがそのまま継続されるのか。扱えるが、絶対数や価格帯などが限定されるのか。他にも何らかの条件が付けられたのか。どちらにせよ、双方が歩み寄ったからこそ、和解できたのだ。クレドールの件に関しては、第三者がこれ以上言うべきものでもないだろう。


組合加盟の意味を見直す

 今回は高級ブランドウォッチをめぐるメーカーと小売店の問題だった。では、宝石・貴金属についてはどうなのか。ここでも力を付けて伸びる店、あるいはジリ貧になっていく店、メーカーや商社に擦り寄りたかる店と様々ある。

 でも、多くは何とか成長したいと願っている。そのために活動する団体がある。この老舗宝飾時計店を含む、全国の宝石・貴金属専門店が加盟する「日本ゴールドチェーン(NGC)」(http://www.sophy.co.jp/)がそれだ。こちらの動向を見ると、老舗宝飾時計店の課題も浮き彫りになる。

 NGCは、いわゆるボランタリーチェーンと呼ばれる。これは多くの独立した小売店が連携して協同組合をつくり、仕入れ・物流などを共同化しながら、統一した商標の使用も可能にするものだ。老舗宝飾時計店の店名につく冠の「ソフィ」は、確かNGCが統一する商標だったと思う。

 NGCは1966年の設立で、加盟店は宝飾品専門店のほか、時計、メガネを並行して販売するお店といろいろあるが、共通するのはみな中小の個店でバイイングパワー(商品仕入れ)やプロモーション企画などに限界があること。そのため、加盟店は協同組合として外部の協力を得ながら、一致団結して手がけていこうということだ。




 具体的には、コンサルタントや専門商社が経営指南、商品検討会を実施する一方、店頭の状況や売れ筋を分析しながら、品揃えや販売計画を考え、自店の収益拡大を目指すもの。他にも共同のセールスイベントの企画・展開、各種プロモーションツールの共同制作、クレジットカード決済と低い利率の導入、動産保険の加入がある。

 実を言うと、筆者は1986、87年頃に、このボランタリーチェーンのプロモーション企画にタッチしている。勤務先に仕事のオファーがあり、販売企画から参画し、ジュエリーや貴金属の撮影、販促ツールの企画・デザイン、印刷まで一括で携わった。確か宝石・貴金属の問屋が集まる東京・御徒町に事務局、品川にも事務所があり、打ち合わせに行っている。

 時はまさに空前の好景気。加盟店からは品川の事務所があるビルは組合所有で、地価が高騰して組合の莫大な資産が形成され、財務基盤も安定する…という羨ましい話も聞かれた。バブル景気の真っただ中らしく、宝飾業界はホクホクだったのである。

 さらに記憶を手繰ってみると、加盟店の中で比較的、経営力のある店舗がリーダーとなり、他のお店を主導していくこともあった。関東地区では栃木のT店とか、九州地区では長崎のS店とかがそれだったように感じる。 当然、老舗宝飾時計店も加盟店だったので、販促ツールの注文があり、何度か制作に携わった。

 こうした手法はその後に日経MJ(流通新聞)にも1面で取り上げられたのではなかったかと思う。仕事を受注してから数年後、ファッション業界誌に執筆するようになり、「NGCの仕事をしていたことがある」と、出版社の編集長に告げると、「NGCはうちの出版社がボランタリーチェーンの立ち上げを指導したんだよ」との返答。この時ばかりは不思議な縁を感じた。

 リーダー的存在だったT店やS店はチェーン加盟で、さらに経営力をつけて収益を拡大し、ともに退会したと見られる。現在、T店は全国に171店を展開し、年商170億円を超える東証一部の上場企業に上り詰めた。また、S店は宝石・貴金属の完全SPAに成長し、オリジナルブランドを企画販売している。店舗は国内82店、海外6店を展開し、この春にスタートしたストライプデパートメント(EC)にも出店したほどだ。

 ところが、老舗宝飾時計店はどうだろう。同店の沿革を見ると、1994年から2000年にかけて県内に新店2店舗、市内の別の商店街に1店舗を展開し、一応多店舗化を目指したかに見える。04年にはそれらをジュエリー工房に統合し、物販は本店のみに戻っている。県内で新店を軌道に乗せるのは容易ではなかったようだ。

 「商店街で地道に愚直に宝石貴金属・時計の商売を続けている」と言えば、聞こえはいい。しかし、T店のように売上げ拡大のための多店舗化も厳しく、かといってS店のようにSPA化でオリジナルや利益率向上で競争力を付けることもままならない。だから、荒利益が取れる高級ブランドを扱えなくなると、経営危機が店主の頭をよぎるわけだ。

 筆者がNGCの仕事を受けていた時、加盟店は経営力の向上に対し非常に前向きだった。好景気で高額な宝飾品が売れる環境ではあったが、誰もが手に入る中価格帯にも商売の裾野を広げていこうとしていた。宝飾マーケットはまだまだ伸びシロがあると感じ、ビジネスチャンスと捉えていたのだ。加盟店の合い言葉は「勉強になります」「勉強させてください」だった。でも、全ての加盟店がそのチャンスをモノにできたわけではない。

 高級ブランドのジュエリーやウォッチは、諸刃の剣でもある。荒利益が高いので売れると収益がアップするから、小売店としてはどうしてもしがみつきたくなる。しかし、それにはメーカーや卸販社から一定額の「ノルマ」を課され、有無を言わさず「結果」で判断される。扱いを失うとになると、今回のようにあたふたせざるを得ない。

 ブランド、高荒利といった商材に頼れば頼るほど、営業面でのリスクはより大きくなるのだ。日本はすべての業界でマーケットが縮小しているわけだから、高利少売についても考える余地はあるのではないか。これまでのビジネススタイルを全面的に改めるという意味ではなく、リスクヘッジのためのも一考しなければならないということである。

 震災の爪痕は少しずつ癒え、商店街に人通りが戻って来たとは言え、長期的には先は見えている。それを外商がどこまでフォローできるかは、お客の購買スタイルの変化もあり未知数だ。しかも、宝飾マーケットの規模は、「バブル期の3兆円から昨今は7000億円と3分の1以下に縮小した」とのデータがある。高級ブランドを失うリスク、商店街の限界、宝飾市場の縮小等々。今回のSNS騒動は、宝飾業界を取り巻く様々な課題が店主の脳裏でない交ぜになり、常識では考えられない行動に駆り立てたのかもしれない。

 しかし、経営者はビジネスにおいて情緒的になることは許されない。プロは結果がすべてだからだ。宝飾品に限らずファッション衣料やバッグ・靴と、商店街で営業する小売店も、みな少なからず課題を抱えている。NGCは宝飾業界の課題をみんなで背負いあって克服し、経営力を付けていこうという団体である。

 筆者が仕事を受けていた頃は、老舗宝飾時計店の経営者は先代だったと思うが、今の店主は40代と若い。加盟店の成功事例から再度勉強し直して、逆境にも負けない新しい経営スタイルを確立してもらいたい。

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