地方や郊外に展開する百貨店の閉店が止まらない。辛うじて存続している大都市の百貨店とて、消化仕入れを削減して定期借家のテナント主体に変わっている。とどのつまりが松坂屋銀座店改めGINZA SIXのような完全商業ビルへの転換だ。また、大都市に出現する大型商業施設は再開発に乗じたテナントビルばかり。それも小売店の寄せ集めでは歩率家賃に限界があるため、オフィスや文化施設を合体させて不動産効率を高めるものになっている。
現在はほとんどの商品をECで購入できる。あるブランドショップのオーナーは、「中国上海では1000ドル以上の商品ですらスマホで楽々購入するお客がいる」という。そうしたグローバルな状況変化の中でも、日本の百貨店は「コト消費」「リアルな買い物体験」「コンシェルジュサービス」などを打ち出す程度で、売場から去った顧客を呼び戻すまでにはいたっていない。いったい百貨店はどうすればいいのだろうか。
サービス神話を現実にする
そのヒントになる店舗が先日、ニューヨークにオープンした。米シアトルに本社を置く「ノードストロム」のウィメンズ館だ。(https://shop.nordstrom.com/c/new-york)店舗規模は地下2階~地上5階で、ブロードウェイと57丁目が交差する北西側の角に立地する。マンハッタンのアッパー寄り、コロンバスサークルのすぐ近くで、その先にはタイムワーナーセンター、さらに北東一帯にはセントラルパークが広がる。現地では「マンハッタン中心部の大型百貨店がオープンするのは、ほぼ100年ぶり」というニュースが流れたほどだ。
ノードストロムはそれまでイーストサイドやユニオンスクエアに店舗を構えていたが、どれも百貨店とは言えない小ぶりなものだ。NY近郊ではハドソン川を挟んだニュージャージーのエディソン、メンロパークに標準店舗を構えており、NYからも買い物客を集めている。90年代半ば、ニューヨークで仕事をした時、筆者はこの店舗にわざわざ出かけて、その凄さに圧倒されたのを覚えている。同社のポリシーである「上質のサービスを売り物にする」がお客を惹き付けて止まないのを見せつけられたからだ。
それは「顧客はゲストなり。買い物をするしないに関わらず、この店に来ることが顧客にとって素晴らしい体験であらねばならない」のもとに具現化されていた。当時ですでに「顧客の満足を得る最大のポイントはサイズを揃えていること」を徹底。さらに「優雅なドレスルームを思わせる試着室」「身障者のためのトイレ」「フロアの随所に設けられたくつろげるソファ」「グランドピアノの演奏」等々にも表れていた。
そんなノードストロムが顧客目線でさらに進化させたのが、今回オープンしたウィメンズ館である。キャリアブランド「エムエムラフルアー」を取り上げた時にも書いたが、NYではモデルが着るような服はすでに幻想と化している。「自分の体型にコンプレックスを持たずに向き合う」というお客の意識変化もあるが、むしろイレギュラーサイズを堂々と打ち出すのが当たり前なのだ。ノードストロムでははるか前から「豊富なサイズ展開こそが最も重要なサービス」が徹底されており、ウィメンズ館では売場をサイズ別に分けるのではなく、サイズ0から14までが同じ売場で展開されている。
また、ECで購入した商品を受け取れる「エクスプレスサービス」を完備する。忙しいビジネスウーマンのことを考え、入り口を入ってすぐ地階に降りたところに「ピックアップ」コーナーを設け、簡単な注文から受け取りまでが素早くできる。もちろん、返品・交換の受付も可能で、エクスプレス(早急)返品される。ニュージャージーの店舗で見た豪華な試着室はさらに進んでIT化が施され、販売スタッフを呼べるデジタルタブレット付きだ。
地下1階の靴売場は、商品の3分の1が独占販売。「コンバースのカスタムメイド」コーナーもある。しかも、バーがあってアルコールも出されている。靴は試し履きを必要とするし、スタッフがストックを探す間は待たなければならない。お客に対してそのストレスを少しでも和らげる配慮だろうか。しかも、ワインなどのグラスを持って店内を歩き回ってもOKというから、百貨店のサービスはついにここまで来たのかと思い知らされる。
肝心な品揃えはどうか。目玉はナイキと同店がコラボしたショップ。ちょうど1年前、ナイキはティファニー裏手にあったナイキタウンの閉館により、新たに5番街の52丁目に旗艦店を出店した。そのナイキタウンがあったのが57丁目なのだから、この通りはナイキにも縁があるのだろう。ウィメンズ館では独占販売のシューズが14型あり、それらとコーディネート可能な服や雑貨もラインナップされている。オンリーショップにはできないノードストロム流の編集スタイルであり、かつブランドはあくまでの同店の商品という位置づけだ。
1階にはクリスチャン・ルブタンの売場があり、ここにも独占販売の商品がラインナップされている。しかも、真っ赤なカラーで統一したVMDで、ブランド靴の魅力を最大限に訴求する。売場というより、エキシビジョンという感じか。一方、バーバリーのショップでは、米国で唯一のカフェが設けられた。ニューヨーカーにとっては、スターバックスはすでに陳腐化した存在なのか。ならば、「バーバリーカフェでお茶しよう」って感覚はわからないでもない。要は新たなトレンド提案なのである。
編集の神髄など影も形もない
かたや日本の百貨店はどうか。使い易い試着室や身障者向けのトイレは、導入されているが、共用スペースギリギリまで売場を展開して通路が狭く、ソファの数も限られ、売上げ効率を追求するしかない政策との差は歴然としている。まして日本では「店内でのご飲食はお控えください」がルールだ。品揃えは比較するほどでもない。消化仕入れを削減しテナントを主体に切り替える程度で、ブランドはあっても欲しくなる商品が見当たらない。PBを含めてミキシングによるMDを生み出す力を欠き、編集の神髄など影も形もないのだ。
先々週、東京に出張した折、仕事を終えてホテルへの帰り道、渋谷から副都心線を経由し、伊勢丹新宿店に寄ってみた。ちょうど1階の催事場では、デンマークのオーディオブランド「バング&オルフセン」のBeovision Harmony(77インチ大型テレビ、https://www.youtube.com/watch?v=16ZYt3MC4OE)のイベントが開催されていた。もらったプレスリリースには「究極のシネマ体験のためのデザインとクラフツマンシップ」との表題で、大画面で観る映像と極上のサウンドによる「魔法のような体験を」との説明書きがあった。
だが、そうした触れ込みに対して、催事場「ザ・ステージ」での展示実演には何の演出もない。気鋭の建築家がデザインしたと言え、高さ1m弱、幅4mほどのステージ中央に大型テレビのBeovision Harmonyが置かれただけ。扇状に開くスピーカーの実演がなされいたものの、立ち止まって見るお客はいない。デモンストレーションの時間が指定されていたにしても、オープンな会場で製品の機能がどれほど伝わるかには疑問をもつ。ガヤガヤした百貨店の1階は、せっかくの凄い製品に感動できるような環境ではないのだ。
つまり、百貨店がその凄さを発揮できるのは、「そこにしかないエクスクルーシブな商品」「これでもかという売場やデコレーション」「お客をとことん感動させる接客やサービス」。そして、それらを軸に他店には真似できないエンターテインメントやアトラクティブさをどこまで追求できるかである。それは経営陣も十分にわかりきっていて、実際に何度か聞かされたこともあるが、日本で実現できたところはなかった。
経営者はそれで売上げが上がるとは限らないのが前提としてあるのだろう。しかし、そもそも客離れがここまで激しくなると、百貨店が売上げ効率を追うこと自体がどれほどの意味をもつのだろうか。地方百貨店は地域の高齢化、人口の減少の中で、前出のような方向性は難しい。売上げが伸びている「いよてつ高島屋」や「米子しんまち天満屋」などは、デイリー性とギフト需要の双方の食料品の見直しで、やはり車を持たない近隣住民に向け、買い回り性を高めたことが奏功している。
ただ、化粧品などの伸びとともに、近くに競合がないこともあるし、無印良品や東急ハンズのFCを運営したところで、規模では郊外SCの店舗やECには勝てない。まして、大都市の百貨店にとっては地方の成功法は何ら施策にならない。逆にアパレルは今、実店舗で売れているものはEC販路を避け、売り切れご免を徹底している。
経営者の発想転換はスタッフへの権限委譲でも取り組める。三井不動産は、9月に開業したコレド室町テラス内の台湾書店「誠品生活日本橋」で、同社の女性社員がコスメ、雑貨などの編集型売り場で商品のセレクトに関わっている。デベロッパーでさえ、従来の場所貸しから転換し、自社運営型の店づくりやMDに踏み込んでいるのだ。
そう考えると、百貨店も始めないと萎んでいくばかりだろう。今はネットで何でも買える時代。お客がわざわざ行ってみたい百貨店とは、来店客を魅了する「究極の魅せる店」ではないか。大都市にある美術館やギャラリーは多くの人を集める。そして、付随するスーベニアショップでは不思議と買い物するお客が後を絶たない。もちろん、そこの商品はバイヤーによって徹底して吟味されたものだ。この辺にヒントがあるのではないだろうか。商品を購入するのは、もはや二の次良いくらいの考えから始めないと、転換できないと思う。
現在はほとんどの商品をECで購入できる。あるブランドショップのオーナーは、「中国上海では1000ドル以上の商品ですらスマホで楽々購入するお客がいる」という。そうしたグローバルな状況変化の中でも、日本の百貨店は「コト消費」「リアルな買い物体験」「コンシェルジュサービス」などを打ち出す程度で、売場から去った顧客を呼び戻すまでにはいたっていない。いったい百貨店はどうすればいいのだろうか。
サービス神話を現実にする
そのヒントになる店舗が先日、ニューヨークにオープンした。米シアトルに本社を置く「ノードストロム」のウィメンズ館だ。(https://shop.nordstrom.com/c/new-york)店舗規模は地下2階~地上5階で、ブロードウェイと57丁目が交差する北西側の角に立地する。マンハッタンのアッパー寄り、コロンバスサークルのすぐ近くで、その先にはタイムワーナーセンター、さらに北東一帯にはセントラルパークが広がる。現地では「マンハッタン中心部の大型百貨店がオープンするのは、ほぼ100年ぶり」というニュースが流れたほどだ。
ノードストロムはそれまでイーストサイドやユニオンスクエアに店舗を構えていたが、どれも百貨店とは言えない小ぶりなものだ。NY近郊ではハドソン川を挟んだニュージャージーのエディソン、メンロパークに標準店舗を構えており、NYからも買い物客を集めている。90年代半ば、ニューヨークで仕事をした時、筆者はこの店舗にわざわざ出かけて、その凄さに圧倒されたのを覚えている。同社のポリシーである「上質のサービスを売り物にする」がお客を惹き付けて止まないのを見せつけられたからだ。
それは「顧客はゲストなり。買い物をするしないに関わらず、この店に来ることが顧客にとって素晴らしい体験であらねばならない」のもとに具現化されていた。当時ですでに「顧客の満足を得る最大のポイントはサイズを揃えていること」を徹底。さらに「優雅なドレスルームを思わせる試着室」「身障者のためのトイレ」「フロアの随所に設けられたくつろげるソファ」「グランドピアノの演奏」等々にも表れていた。
そんなノードストロムが顧客目線でさらに進化させたのが、今回オープンしたウィメンズ館である。キャリアブランド「エムエムラフルアー」を取り上げた時にも書いたが、NYではモデルが着るような服はすでに幻想と化している。「自分の体型にコンプレックスを持たずに向き合う」というお客の意識変化もあるが、むしろイレギュラーサイズを堂々と打ち出すのが当たり前なのだ。ノードストロムでははるか前から「豊富なサイズ展開こそが最も重要なサービス」が徹底されており、ウィメンズ館では売場をサイズ別に分けるのではなく、サイズ0から14までが同じ売場で展開されている。
また、ECで購入した商品を受け取れる「エクスプレスサービス」を完備する。忙しいビジネスウーマンのことを考え、入り口を入ってすぐ地階に降りたところに「ピックアップ」コーナーを設け、簡単な注文から受け取りまでが素早くできる。もちろん、返品・交換の受付も可能で、エクスプレス(早急)返品される。ニュージャージーの店舗で見た豪華な試着室はさらに進んでIT化が施され、販売スタッフを呼べるデジタルタブレット付きだ。
地下1階の靴売場は、商品の3分の1が独占販売。「コンバースのカスタムメイド」コーナーもある。しかも、バーがあってアルコールも出されている。靴は試し履きを必要とするし、スタッフがストックを探す間は待たなければならない。お客に対してそのストレスを少しでも和らげる配慮だろうか。しかも、ワインなどのグラスを持って店内を歩き回ってもOKというから、百貨店のサービスはついにここまで来たのかと思い知らされる。
肝心な品揃えはどうか。目玉はナイキと同店がコラボしたショップ。ちょうど1年前、ナイキはティファニー裏手にあったナイキタウンの閉館により、新たに5番街の52丁目に旗艦店を出店した。そのナイキタウンがあったのが57丁目なのだから、この通りはナイキにも縁があるのだろう。ウィメンズ館では独占販売のシューズが14型あり、それらとコーディネート可能な服や雑貨もラインナップされている。オンリーショップにはできないノードストロム流の編集スタイルであり、かつブランドはあくまでの同店の商品という位置づけだ。
1階にはクリスチャン・ルブタンの売場があり、ここにも独占販売の商品がラインナップされている。しかも、真っ赤なカラーで統一したVMDで、ブランド靴の魅力を最大限に訴求する。売場というより、エキシビジョンという感じか。一方、バーバリーのショップでは、米国で唯一のカフェが設けられた。ニューヨーカーにとっては、スターバックスはすでに陳腐化した存在なのか。ならば、「バーバリーカフェでお茶しよう」って感覚はわからないでもない。要は新たなトレンド提案なのである。
編集の神髄など影も形もない
かたや日本の百貨店はどうか。使い易い試着室や身障者向けのトイレは、導入されているが、共用スペースギリギリまで売場を展開して通路が狭く、ソファの数も限られ、売上げ効率を追求するしかない政策との差は歴然としている。まして日本では「店内でのご飲食はお控えください」がルールだ。品揃えは比較するほどでもない。消化仕入れを削減しテナントを主体に切り替える程度で、ブランドはあっても欲しくなる商品が見当たらない。PBを含めてミキシングによるMDを生み出す力を欠き、編集の神髄など影も形もないのだ。
先々週、東京に出張した折、仕事を終えてホテルへの帰り道、渋谷から副都心線を経由し、伊勢丹新宿店に寄ってみた。ちょうど1階の催事場では、デンマークのオーディオブランド「バング&オルフセン」のBeovision Harmony(77インチ大型テレビ、https://www.youtube.com/watch?v=16ZYt3MC4OE)のイベントが開催されていた。もらったプレスリリースには「究極のシネマ体験のためのデザインとクラフツマンシップ」との表題で、大画面で観る映像と極上のサウンドによる「魔法のような体験を」との説明書きがあった。
だが、そうした触れ込みに対して、催事場「ザ・ステージ」での展示実演には何の演出もない。気鋭の建築家がデザインしたと言え、高さ1m弱、幅4mほどのステージ中央に大型テレビのBeovision Harmonyが置かれただけ。扇状に開くスピーカーの実演がなされいたものの、立ち止まって見るお客はいない。デモンストレーションの時間が指定されていたにしても、オープンな会場で製品の機能がどれほど伝わるかには疑問をもつ。ガヤガヤした百貨店の1階は、せっかくの凄い製品に感動できるような環境ではないのだ。
つまり、百貨店がその凄さを発揮できるのは、「そこにしかないエクスクルーシブな商品」「これでもかという売場やデコレーション」「お客をとことん感動させる接客やサービス」。そして、それらを軸に他店には真似できないエンターテインメントやアトラクティブさをどこまで追求できるかである。それは経営陣も十分にわかりきっていて、実際に何度か聞かされたこともあるが、日本で実現できたところはなかった。
経営者はそれで売上げが上がるとは限らないのが前提としてあるのだろう。しかし、そもそも客離れがここまで激しくなると、百貨店が売上げ効率を追うこと自体がどれほどの意味をもつのだろうか。地方百貨店は地域の高齢化、人口の減少の中で、前出のような方向性は難しい。売上げが伸びている「いよてつ高島屋」や「米子しんまち天満屋」などは、デイリー性とギフト需要の双方の食料品の見直しで、やはり車を持たない近隣住民に向け、買い回り性を高めたことが奏功している。
ただ、化粧品などの伸びとともに、近くに競合がないこともあるし、無印良品や東急ハンズのFCを運営したところで、規模では郊外SCの店舗やECには勝てない。まして、大都市の百貨店にとっては地方の成功法は何ら施策にならない。逆にアパレルは今、実店舗で売れているものはEC販路を避け、売り切れご免を徹底している。
経営者の発想転換はスタッフへの権限委譲でも取り組める。三井不動産は、9月に開業したコレド室町テラス内の台湾書店「誠品生活日本橋」で、同社の女性社員がコスメ、雑貨などの編集型売り場で商品のセレクトに関わっている。デベロッパーでさえ、従来の場所貸しから転換し、自社運営型の店づくりやMDに踏み込んでいるのだ。
そう考えると、百貨店も始めないと萎んでいくばかりだろう。今はネットで何でも買える時代。お客がわざわざ行ってみたい百貨店とは、来店客を魅了する「究極の魅せる店」ではないか。大都市にある美術館やギャラリーは多くの人を集める。そして、付随するスーベニアショップでは不思議と買い物するお客が後を絶たない。もちろん、そこの商品はバイヤーによって徹底して吟味されたものだ。この辺にヒントがあるのではないだろうか。商品を購入するのは、もはや二の次良いくらいの考えから始めないと、転換できないと思う。