11月末、ルイ・ヴィトンはじめ、クリスチャン・ディオールやセリーヌ、時計・ジュエリー、酒類、コスメのブランドを傘下にもつ「LVMH(モアヘネシールイヴィトン)」が米国ニューヨークの「ティファニー」を買収した。買収額は1株当たり135ドル換算で、総額162億ドル、日本円で約1兆7496億ドルに相当する高額案件になる。
時を同じくして、グッチやイヴ・サンローラン、ステラ・マッカートニーなどを擁する「ケリング(旧PPR/ピノープランタンルドゥート)」も、仏発祥の「モンクレール」買収について協議中と、米国のブルームバーグが伝えた。市場関係者によれば、モンクレールの時価総額は100億ユーロ(約1兆2000億円)。ケリングはこれに35%〜40%のプレミアを乗せた135億ユーロ〜140億ユーロで取引する公算が高いという。
業界ではLVMHやケリングようなグローバルブランドを多数抱える企業グループを「ファッションコングロマリット」と呼ぶ。他にはカルティエやクロエ、ダンヒル、モンブランなどの「リシュモン」がある。一介のアパレルブランドが成長し、知名度や商品開発力、潤沢な資金を持つようになると、ビジネスのセオリーとして事業領域をバッグ、ジュエリーや時計、香水などに拡大する。
ただ、方法論として、同じブランド名でカテゴリーを広げるには時間と投資が必要になる。服を作っているデザイナーがバッグやジュエリーまではこなせないので、専門のスタッフや工場を確保しなければならない。だが、ゼロから生産体制を作り上げたとしても、必ずしも成功する保証はない。ならば、株式を上場しているブランド企業や銀行筋から持ち込まれる案件について、カネの力で手中に収めた方が手っ取り早いのである。そうした傾向は以前からあるので、今回の買収劇も別に驚きはしない。
もちろん、ブランドを大きく育てるには、デザイナーの力が不可欠だ。しかし、そうした金の卵を生むデザイナーは独立し、ブランドを去っていくこともあり得る。また、同じブランドだけでは顧客に飽きられてしまう。経営者として、一つのブランドやカテゴリーに頼っていればいるほど、痛い目に合うリスクは高くなる。そうした危機感は常に経営者の頭をよぎるので、どうしても多くのブランドを抱え、アイテムを広げたくなるのだ。
今回のティファニー買収劇で、LVMHのベルナール・アルノーCEOは、「世界のジュエリー界で比類なき伝統と唯一の地位を誇るティファニーをLVMHファミリーに迎えることができて光栄です」とのコメントを出した。LVMHがそれまで保有していたジュエリーブランドは、「ショーメ」や「ブルガリ」などだが、カテゴリー別の売上げでわずか4%と低迷していた。世界的な知名度をもつティファニーを手に入れたのは、一にも二にも宝飾部門の強化が念頭にあるのは言うまでもない。
世界のファッション市場を俯瞰すると、ラグジュアリーブランドは一時期、中国富裕層が購入して潤ったものの、経済の減速傾向から先行きは不透明だ。その下のブリッジやモデレートのラインは、中間層が没落した影響をもろに受けている。ローワーミドル層は下のボリュームラインに取り込まれ、逆にアッパーミドル層は上のラグジュアリーには手が出ず、ファッションから別の市場へと消費を移している。そもそも、この層向けのブランドが少ないこともあるが、マーケットを押さえきれていないこともあるだろう。
コングロマリットとしては、傘下に持つブランド企業のポートフォリオを最適化する意味で、グループ全体の売上げバランスを図らなければならない。プレステージラインのラグジュアリー一辺倒ではなく、ブリッジやモデレートなブランドを拡充し、アッパーミドル層の市場を掘り起こす戦略が求められる。そこでLVMHは、ジュエリーでは価格的にモデレートのラインをもつティファニーに目を付けたのである。
アッパーミドル攻略のために
ティファニーは、過去に「オープンパート」のネックレスや「三色三連リング」といったOL1年生がボーナスでも買えるアイテムを大ヒットさせた。また、2006年には建築家のフランク・ゲーリーを起用したジュエリーコレクションを発表。有機的な曲線のブレスレットや魚からインスパイアしたネックレスなど売り出している。これらは、コンサバでゴージャスかつブリリアントな欧州ジュエリーにはないシンプルでモダンなデザイン。まさにティファニーの真骨頂を発揮した商品群だ。
さる12月6日には、ニューヨークのティファニー本店の東隣にあったナイキタウン跡にメンズ向けのポップアップストアを開業した。店内はティファニーブルー統一され、バイクの展示、ビリヤードやバスケットゴール、カフェなども同色でカラリング。高級ジュエリーとは異質の空間演出で、まずは男性客を呼び込む狙いと見える。もっとも、後日には上層階がすべてティファニーのフロアになるというが。
一方、ジャパン社は今年4月、東京原宿のキャットストリートに「ティファニー@キャットストリート」をオープンした。場所柄から若者を意識した業態で、6層に分かれた店内には、好きなチャームを選び、お客がiPadで書いたメッセージを刻印できるコーナーや、ジュエリーを自由に手に取って試着ができるスタジオ、オリジナルのドーナツを楽しめるカフェも併設。こちらは日本法人独自、世界初の試みで、若者市場を掘り起こす試金石になる業態だ。
ラグジュアリーブランドのショーメやブルガリが自社でブリッジやモデレートな商品を企画しても、上手くいかないだろう(ブルガリは過去にチープな時計を販売しているが)。それなら、現にそうしたマーケットを攻略しているティファニーに任せればいいのである。逆にティファニーのマーケティング力や商品開発のノウハウをショーメやブルガリに生かして、ラグジュアリーをテコ入れする施策は十分に考えられる。ビジネスに目ざといベルナール・アルノーCEOなら、その点をじっくり注視していてもおかしくない。
むしろ筆者が懸念するのは、コングロマリットが売上げ追求や効率重視に走るあまり、売れ筋右に倣えの「全天候型経営」になることだ。一人のデザイナーがディレクターとしてブランディングに関わるすべてをコントロールするだけなら、ブランドの垣根を超えてビジネスに携わることはできる。だが、どんなに有能なデザイナーでも、引き出しをいくつも持っているわけではない。世界観を大事にすればするほど、ファーカスは狭まって来る。
せいぜい、バリエーションは素材、企画、生産などのすべてにおいて最上級のコストと手間をかけるファーストラインと、それらに対してスペックダウンを図るセカンドラインくらい。一人の人間がまるっきり違ったデザインを創り出すのは至難の業だ。1994年にグッチのディレクターに起用されたトム・フォードはその見事な実績が評価され、2000年にはイヴ・サンローランのプレタポルテライン、「リヴ・ゴーシュ」のディレクターに就任した。
その時、メディアは「グッチとは違ったスタイルでブランドを構築した」と評価した。しかし、筆者はコレクションに登場したアイテムのディテールデザイン、色のトーン、素材使いを見る限り、グッチとかなり似通った部分があるとの印象を受けた。例えば、トム・フォードが携わった2001年のリヴ・ゴーシュ・オムでは、スーツやジャケットを中心としたコレクションを発表したが、太めのラペルやビルトアップ、コンケーブドといったショルダーラインは、グッチ時代にも採用されていたからだ。
これには少なからず両ブランドを傘下に置く当時のPPRグループの影響があったと思う。トム・フォードはグッチ在任中でさえ細部までに関わっていたわけではなく、彼の考えをカタチにできる黒子がいたからこそ可能だったと言われる。当然、責任者が存在するのに黒子が勝手にデザインできるわけがない。だから、アイテムは相似形になっていく。結局、トム・フォードは2004年、両ブランドのディレクターを辞任。同時に2ブランドのクリエイティブディレクションを行うのは難しかったと思う。
上場コングロマリットの経営者は、短期で収益アップを望む投資家の要求に応えるために、売れる商品を生み出せるデザイナーをブランド横断で起用する傾向がある。しかし、デザインが似たり寄ったりになり、没個性に陥ってしまうおそれは否めない。現状、LVMH傘下のショーメやブルガリ、ティファニーにはそれぞれデザイナー、MDの責任者がいるはずだから、グループ内でデザインが似通って来るとは考えにくい。
ただ、ティファニーがLVMHの傘下入りでさらに売上げを伸ばしていけば、デザイナーが他のブランドのディレクションにも起用される可能性は十分にあり得る。その場合、デザイン表現の相似化、没個性化が危惧されるのだ。一方で、ティファニーのデザイナーがブルガリの商品企画に参画した場合、どんなデザインのセカンドラインが生まれるか。それはそれで見てみたい気もするが…
時を同じくして、グッチやイヴ・サンローラン、ステラ・マッカートニーなどを擁する「ケリング(旧PPR/ピノープランタンルドゥート)」も、仏発祥の「モンクレール」買収について協議中と、米国のブルームバーグが伝えた。市場関係者によれば、モンクレールの時価総額は100億ユーロ(約1兆2000億円)。ケリングはこれに35%〜40%のプレミアを乗せた135億ユーロ〜140億ユーロで取引する公算が高いという。
業界ではLVMHやケリングようなグローバルブランドを多数抱える企業グループを「ファッションコングロマリット」と呼ぶ。他にはカルティエやクロエ、ダンヒル、モンブランなどの「リシュモン」がある。一介のアパレルブランドが成長し、知名度や商品開発力、潤沢な資金を持つようになると、ビジネスのセオリーとして事業領域をバッグ、ジュエリーや時計、香水などに拡大する。
ただ、方法論として、同じブランド名でカテゴリーを広げるには時間と投資が必要になる。服を作っているデザイナーがバッグやジュエリーまではこなせないので、専門のスタッフや工場を確保しなければならない。だが、ゼロから生産体制を作り上げたとしても、必ずしも成功する保証はない。ならば、株式を上場しているブランド企業や銀行筋から持ち込まれる案件について、カネの力で手中に収めた方が手っ取り早いのである。そうした傾向は以前からあるので、今回の買収劇も別に驚きはしない。
もちろん、ブランドを大きく育てるには、デザイナーの力が不可欠だ。しかし、そうした金の卵を生むデザイナーは独立し、ブランドを去っていくこともあり得る。また、同じブランドだけでは顧客に飽きられてしまう。経営者として、一つのブランドやカテゴリーに頼っていればいるほど、痛い目に合うリスクは高くなる。そうした危機感は常に経営者の頭をよぎるので、どうしても多くのブランドを抱え、アイテムを広げたくなるのだ。
今回のティファニー買収劇で、LVMHのベルナール・アルノーCEOは、「世界のジュエリー界で比類なき伝統と唯一の地位を誇るティファニーをLVMHファミリーに迎えることができて光栄です」とのコメントを出した。LVMHがそれまで保有していたジュエリーブランドは、「ショーメ」や「ブルガリ」などだが、カテゴリー別の売上げでわずか4%と低迷していた。世界的な知名度をもつティファニーを手に入れたのは、一にも二にも宝飾部門の強化が念頭にあるのは言うまでもない。
世界のファッション市場を俯瞰すると、ラグジュアリーブランドは一時期、中国富裕層が購入して潤ったものの、経済の減速傾向から先行きは不透明だ。その下のブリッジやモデレートのラインは、中間層が没落した影響をもろに受けている。ローワーミドル層は下のボリュームラインに取り込まれ、逆にアッパーミドル層は上のラグジュアリーには手が出ず、ファッションから別の市場へと消費を移している。そもそも、この層向けのブランドが少ないこともあるが、マーケットを押さえきれていないこともあるだろう。
コングロマリットとしては、傘下に持つブランド企業のポートフォリオを最適化する意味で、グループ全体の売上げバランスを図らなければならない。プレステージラインのラグジュアリー一辺倒ではなく、ブリッジやモデレートなブランドを拡充し、アッパーミドル層の市場を掘り起こす戦略が求められる。そこでLVMHは、ジュエリーでは価格的にモデレートのラインをもつティファニーに目を付けたのである。
アッパーミドル攻略のために
ティファニーは、過去に「オープンパート」のネックレスや「三色三連リング」といったOL1年生がボーナスでも買えるアイテムを大ヒットさせた。また、2006年には建築家のフランク・ゲーリーを起用したジュエリーコレクションを発表。有機的な曲線のブレスレットや魚からインスパイアしたネックレスなど売り出している。これらは、コンサバでゴージャスかつブリリアントな欧州ジュエリーにはないシンプルでモダンなデザイン。まさにティファニーの真骨頂を発揮した商品群だ。
さる12月6日には、ニューヨークのティファニー本店の東隣にあったナイキタウン跡にメンズ向けのポップアップストアを開業した。店内はティファニーブルー統一され、バイクの展示、ビリヤードやバスケットゴール、カフェなども同色でカラリング。高級ジュエリーとは異質の空間演出で、まずは男性客を呼び込む狙いと見える。もっとも、後日には上層階がすべてティファニーのフロアになるというが。
一方、ジャパン社は今年4月、東京原宿のキャットストリートに「ティファニー@キャットストリート」をオープンした。場所柄から若者を意識した業態で、6層に分かれた店内には、好きなチャームを選び、お客がiPadで書いたメッセージを刻印できるコーナーや、ジュエリーを自由に手に取って試着ができるスタジオ、オリジナルのドーナツを楽しめるカフェも併設。こちらは日本法人独自、世界初の試みで、若者市場を掘り起こす試金石になる業態だ。
ラグジュアリーブランドのショーメやブルガリが自社でブリッジやモデレートな商品を企画しても、上手くいかないだろう(ブルガリは過去にチープな時計を販売しているが)。それなら、現にそうしたマーケットを攻略しているティファニーに任せればいいのである。逆にティファニーのマーケティング力や商品開発のノウハウをショーメやブルガリに生かして、ラグジュアリーをテコ入れする施策は十分に考えられる。ビジネスに目ざといベルナール・アルノーCEOなら、その点をじっくり注視していてもおかしくない。
むしろ筆者が懸念するのは、コングロマリットが売上げ追求や効率重視に走るあまり、売れ筋右に倣えの「全天候型経営」になることだ。一人のデザイナーがディレクターとしてブランディングに関わるすべてをコントロールするだけなら、ブランドの垣根を超えてビジネスに携わることはできる。だが、どんなに有能なデザイナーでも、引き出しをいくつも持っているわけではない。世界観を大事にすればするほど、ファーカスは狭まって来る。
せいぜい、バリエーションは素材、企画、生産などのすべてにおいて最上級のコストと手間をかけるファーストラインと、それらに対してスペックダウンを図るセカンドラインくらい。一人の人間がまるっきり違ったデザインを創り出すのは至難の業だ。1994年にグッチのディレクターに起用されたトム・フォードはその見事な実績が評価され、2000年にはイヴ・サンローランのプレタポルテライン、「リヴ・ゴーシュ」のディレクターに就任した。
その時、メディアは「グッチとは違ったスタイルでブランドを構築した」と評価した。しかし、筆者はコレクションに登場したアイテムのディテールデザイン、色のトーン、素材使いを見る限り、グッチとかなり似通った部分があるとの印象を受けた。例えば、トム・フォードが携わった2001年のリヴ・ゴーシュ・オムでは、スーツやジャケットを中心としたコレクションを発表したが、太めのラペルやビルトアップ、コンケーブドといったショルダーラインは、グッチ時代にも採用されていたからだ。
これには少なからず両ブランドを傘下に置く当時のPPRグループの影響があったと思う。トム・フォードはグッチ在任中でさえ細部までに関わっていたわけではなく、彼の考えをカタチにできる黒子がいたからこそ可能だったと言われる。当然、責任者が存在するのに黒子が勝手にデザインできるわけがない。だから、アイテムは相似形になっていく。結局、トム・フォードは2004年、両ブランドのディレクターを辞任。同時に2ブランドのクリエイティブディレクションを行うのは難しかったと思う。
上場コングロマリットの経営者は、短期で収益アップを望む投資家の要求に応えるために、売れる商品を生み出せるデザイナーをブランド横断で起用する傾向がある。しかし、デザインが似たり寄ったりになり、没個性に陥ってしまうおそれは否めない。現状、LVMH傘下のショーメやブルガリ、ティファニーにはそれぞれデザイナー、MDの責任者がいるはずだから、グループ内でデザインが似通って来るとは考えにくい。
ただ、ティファニーがLVMHの傘下入りでさらに売上げを伸ばしていけば、デザイナーが他のブランドのディレクションにも起用される可能性は十分にあり得る。その場合、デザイン表現の相似化、没個性化が危惧されるのだ。一方で、ティファニーのデザイナーがブルガリの商品企画に参画した場合、どんなデザインのセカンドラインが生まれるか。それはそれで見てみたい気もするが…