HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

売れないより売らない。

2021-07-28 06:32:17 | Weblog
 コロナワクチン接種は8月上旬には2回目が完了する。感染対策は引き続き行うことになるが、以前よりは不自由な生活から解放される。多くの諸兄も同じだろう。PCの画面ばかりを見ながら商品を物色していた行動から、実店舗でのリアルショッピングに揺り戻されるのか。だが、必ずしもそうならないような気がする。

 アパレルの消費行動の変化はコロナ禍以前に訪れていた。ネットで商品を探して店舗などで受け取る「クリック&コレクト」が加速化。スペースと品揃えが限られる実店舗は、「商品を購入する場」として急速に価値を無くしつつある。「コミュニケーションの場としては残る」と言えば聞こえはいいが、それで売上げが以前より増えるとは思えない。

 店舗に出かける理由は、リアル市場にしか出ない「希少アイテムの提案」を受けるためか。サイトで関心をもった商品の「現物確認」か。後は返品やお直しくらいだ。だから、ファッションビルや駅ビルで必ず見かけるテナントがコロナ終息後に売上げを急伸長させるのは難しいだろう。テナント自体を見極めなければ、もうお客を呼ぶことは難しい。これは都市のポテンシャルやデベロッパーの力にも左右されるので、簡単なことではないのだが。

 もちろん、お客が商品情報を得るタイミングは、インターネットの浸透で地域差はほとんどなくなった。しかし、いくらお客の側がそうであっても、リアル出店するテナント側は場所を選ぶし、デベロッパーの企画&経営力にも左右される。「パルコ」と「アミュプラザ」を比べると、チャレンジの場としてはどうしても前者が選択されるのだ。


売らないテナントをリーシングする

 昨年から話題になっているD2Cブランドはネットがメーンの販路だが、データを集めるためにお客に直接アプローチする店舗展開を模索するところがある。ちょうど1年前、全く無名のD2Cブランドを集めた業態をデベロッパーがリーシングしたという記事が発信された。



 「シリコンバレーから来た「データを売る店」のb8ta(ベータ)と老舗百貨店のマルイという異色のタッグ」

 2020年8月1日、新宿マルイ本館1階にオープンしたb8ta1号店。店内に置かれたテーブルの上には、60センチ間隔でAV機器やアウトドアグッズ、コスメなど無名のD2C製品が並ぶ。これらの商品はネットで販売されるので、この店舗はあくまでショールーミングの場。ただ、店舗の機能はそれだけではない。(https://b8ta.com)

 天井にはたくさんのカメラが設置され、お客が入店するとだいたいのエージや性別を認識する。また、客動線まで記録し商品の前で5秒以上立ち止まると興味ありと認識して、お客の行動分析データはそのまま出品者に送られる。つまり、AIDMA理論をデジタル解析して、商品開発や修正にフィードバックさせるマーケティングの実践店舗なのだ。

 マルイがこうしたテナントを誘致した背景には、ファッション衣料主体の百貨店からライフスタイル中心の定期借家契約型店舗へ、さらに「モノを売らない店」への脱皮、転換がある。同社の幹部は海外の新業態を視察する中で、サブスクリプションのドレスレンタルや学生が起業したD2Cの眼鏡店(一般の眼鏡は間に問屋が入る流通構造)などが多くのお客を集めていることに注目した。

 そして、体験型店舗として、カナダのフィットネスウエア「ルルレモン・アスレティカ」を新宿本館にリーシング。決め手になったのは、同社のアジア地区上席副社長が入社時に創業者から言われていたことだ。「一つだけやっていけないことは、商品を売ること。売ろうとするのは禁止です」と。まさに「売れ、売れ」と上司から呪文のように言われてきた世代にとっては、目から鱗のような言葉だ。

 というか、小売り業界は今や完全に成熟し、お客を呼べる業態はそこまでに行きついたのだ。そして、マルイはデベロッパーとして「売らないテナント」誘致に舵を切った。営業スタイルは、実店舗にはサンプルや試作品などを並べてお客に体験してもらい、ネット購入させるもの。マルイは2026年3月期までに売場面積の3割をそうしたテナントに切り替えていく。

 お客はコロナ禍で、ネット購入の利便性を享受した。わざわざ店舗に行くまでもない商品はそれで十分だ。マルイはそんなネット消費と実店舗をシンクロさせながら、生き残りを図る。これらの業態は家賃収入のみになるのだろうが、定期借家契約では大家が退店の交渉をしやすいため、デベロッパーとしては入れ替えもスムーズに進むとの目論みもあるだろう。

 それはマルイが収益力の高い金融(エポスカード)事業を抱えているからできるのだが、お客の視点に立った店づくり発想が他社より際立っているのは間違いない。2020年2月には、D2C専門の投資会社を設立しており、自社の施設への出店を優位する狙いも見て取れる。


地方の再開発ビルこそ、体験型テナントが必須

 翻って、筆者が住む福岡市の商業施設でも、売らないテナントの誘致は進むのだろうか。目下、中心部は再開発事業が目白押しだ。それには商業ビルの天神コア、天神ビブレも含まれる。また、天神イムズは8月31日で営業を終了し、新しいビルが2026年末に開業予定だ。



 天神コア、天神ビブレは、開発主体である西日本鉄道の「福ビル街区建替プロジェクト」に組み込まれ、地下2階から地上4階の商業ゾーンでともに再開発される。新ビルは2024年夏の開業で、商業フロアの面積は従来の約1.4倍。ビブレを運営していたイオングループのイオンモールが飲食ゾーンやスーパーを展開する予定というから、売らないテナント誘致はコアを運営してきた西日本鉄道に期待するしかない。

 また、天神イムズは1989年の開業時、すでにインターメディアステーションを標榜。以前は「天神ファイブ」という福岡市の広報拠点だったこともあるが、その流れは民間の三菱地所にも引き継がれ、一等地でありながらショールームやコミュティスペースなどが開設された。そうしたコンセプトをアップデートしたビルの登場が待たれる。



 モノを売らない業態では、福岡にも子供の職業・社会体験施設「キッザニア」が上陸する。22年春、博多区に開業するリージョナルSC「三井ショッピングパーク ららぽーと」に核施設としてだ。郊外型SCなので、マルイのようなD2Cブランドのリーシングは難しいだろうが、時間に余裕があるシニア向けの「コト消費」が楽しめる業態もあっていいと思う。

 宮崎や熊本でもバスターミナルや駅ビルが再開発されたが、どこも物販や飲食のテナントを寄せ集めで、開業景気が去ると客足が極端に落ちている。さらにコロナ禍にも見舞われた。お客の消費行動は変わっているのに、デベロッパーはまだまだ物販・サービスでないと、売上効率が上がらないという意識が支配的のようだ。結果的に全国どこでも見かけるようなテナントばかりになっている。だが、物販・サービス業は売れなければ話にならない。

 逆に販促策のカードキャンペーンは、個店のテナントから「定期的に続けられると、収益が圧迫されるので退店せざるを得ない」との話を聞く。「飲食のプレミアムチケット」や「主要駅限定の買い物券付き往復キップ」を発売したところで、集客はともかくテナント販促でどこまで奏功したのか。5000円以上の買い物で最高10万円の商品券が当たる抽選会などのイベントも、お客が買いたいテナントや商品がなければ、販促効果としては限定的だ。

 西日本鉄道やJR九州が鉄道事業の限界から、不動産や小売りを収益の柱にしたいのはわかる。だが、鉄道しか知らない人間が商業ビルの経営者になったところで、「モノを売らない」業態誘致の発想を持てるとは思えない。トップセールスで誘致したテナントが結婚式場くらいの点を見ると、ブライダルや旅行との提携を模索したものの、百貨店改革の指針を欠いて解任された伊勢丹の大西洋元社長と大差ない。

 もっとも、西日本鉄道はかつて「NIC」という店舗を自主運営していた。デザインを切り口にコンセプチュアルな商品を集めた業態だった。経営幹部でも生え抜きの方ならご存知だろう。この業態をD2Cブランドのセレクティング、ネット販売で復活させるという手もある。若手スタッフの中には手がけてみたいという人もいるはず。物流や不動産以外で軸になるのは、デジタル関連に他ならないからだ。

 地方の商業施設からすれば、無名のD2Cブランドやスペース貸しに二の足を踏むのはわからないでもない。だが、ありきたりのテナントでは、もう大幅な集客増は図れない。お客を呼べる=求められるテナントについて、考え直す時期に来ているのは確かだ。

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