HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

教えなくてもできる。

2022-11-16 07:27:09 | Weblog
 先週、セレクトショップの「ユナイテッドアローズ」が2023年3月期第2四半期の連結決算を発表した。売上高は574億5300万円。対前年同期比で13.9%増で、コロナ前の20年3月に比べ9割近くまで回復した。営業利益は13億8500万円、純利益は10億7400万円。前年同期が26億4800万円の営業損失を出し、同純損失も19億9400万円だったことを考えると、一気に好転したと言えそうだ。

 要因は何か。販売がコロナ以前の状態に戻りつつあることだ。アパレル消費は外出自粛でネット通販に頼らざるを得なかったが、実店舗で現物に触れるのとでは購買意欲の喚起に大きな差が出る。購買に向かわせるのはメルマガ、バナー広告、SNSによるレコメンドよりも、やはり販売スタッフとのリアルなコミュニケーションなのだ。

 もっとも、同社のV字回復を支えるのは昨年4月に松崎善則社長が就任し、黒字化に向けてスタートさせた新体制、この春夏シーズンから実行した「売り方の変化」もある。2021年3月期から3年にわたる新中期経営計画には、「収益構造を抜本的に見直す」「稼ぐ力を取り戻す」の2大目標が掲げられており、松崎体制移行後は確実に実行されていった。



 まず、収益構造の見直しでは不採算店の退店、リストラが断行された。第1弾では今年1月に駅ナカ業態「ザ ステーション ストア ユナイテッドアローズ」を全てを閉店。駅は行き交う人々が多い場所ではあるが、往来者はアパレルや雑貨をじっくり見て購入する時間を持ち合わせていない。その点で苦戦し、不採算店が多かったと思われる。




 他の業態では昨年、すでに「ユナイテッドアローズ」の銀座店、青山ウィメンズストアなどを閉店している。今年に入っても「イウエン マトフ横浜店」や「モンキータイム ビューティ&ユース ユナイテッドアローズ 新宿店」の閉鎖を決定した。収益を好転させるには、たとえ旗艦店と言えど、赤字体質は無視できなかったということだ。

 また、2008年4月にオープンした「ビューティ&ユース ユナイテッドアローズ 渋谷公園通り店」を今年3月末で閉店した。こちらは渋谷スクランブルスクエア店を中心にビューティ&ユースの取り扱い商品を継続するが、収益構造を見直す上では店舗配置における選択と集中は不可欠だったようである。

 他社のあるバイヤーはこう話す。「セレクトショップはあくまでバイヤーがコントロールできる店数にとどめる」。人気店となれば、デベロッパーから出店依頼があるし、売上げアップを考えると、多店舗化したくなる。しかし、全店のMDにバイヤーの目が届かず、スタッフの販売力が追いつかなければ、不採算店からは脱却できない。ユナイテッドアローズでもこうした状態が続いていたと思われる。セレクトショップはSPAやチェーン店とは違うのだ。

 稼ぐ力を取り戻すことでは、販売戦略の見直しが大きい。売れ残り在庫をセールで消化する常道を修正し、不用品番を見直して在庫の適正化を進めた。これにより春物のセールを無くすことに漕ぎ着けた。セールはを在庫を少しでも現金化していく上で、完全に撤廃するのは難しい。しかし、セールすれば、その分利益も減少する。

 だから、なるべくセールにならないよう無駄な在庫を抱えず、適正な数量にしてプロパーで確実に売り切っていくことが重要なのだ。その方が「購入した後、すぐにセールになった」など、お客の信頼を失うこともない。今年3月27日に栃木の「ユナイテッドアローズ アウトレット那須店」の営業を終了したもそうだ。在庫数量が適正であれば、セール消化にかける商品自体が少なくなり、最終処分のアウトレットも必要でないことを物語る。

 言い換えれば、プロパー販売を強化した結果とも言える。同社はそれを「店頭スタッフの接客時間の最大化」と分析する。人々が外出すれば、ショップを訪れる機会も増える。ならば、そうしたお客さんをスタッフが快く迎え、ファッションだけでなく演劇やグルメ、旅行などの会話を楽しむ。また、SNSなどで入荷した商品やコーディネート情報を発信する。

 企業としてこうしたコミュニケーション環境をいかに整えるか。同社では従来はスタッフが行っていた品出しから陳列演出や整理、在庫管理までの負担を軽減し、接客に注力できる体制を整えた。だから、単価が高い商品をじっくり時間をかけて接客し販売する。目先の売れ筋商品より、お客さんが本当に買って良かったと思えるものを販売していく。そうすれば、必然的に稼ぐ力もついていく。


一見客でも見捨てない接客術

 アパレル販売のデジタルシフトが定着する中、差別化のカギは実店舗におけるスタッフの接客力をいかに伸ばすか。セレクトショップにとっては、まさに原点回帰である。11月2日には、ユナイテッドアローズ、ビームス、ベイクルーズのセレクト大手3社による「合同販売員勉強会」が開催された。

 勉強会は、競争相手である3社があえて販売スペシャリストのノウハウを共有するために2019年から開催を始めた。企業の枠を超え、業界として販売スタッフの価値向上を目指していこうというものだ。今回はより多くのスタッフに勉強してもらうため、オンラインで実施し全国から300名が参加したという。

 販売スタッフが抱えている課題は、今も昔もそれほど変わりないと思う。一番は「仕事のやり甲斐とは何か」だ。しかし、コロナ禍により来店客が激減する中で、実店舗での接客や販売の機会は極端に減った。逆に店舗がEC販路の受け取りや試着、出荷の拠点に替わり、EC受注に店舗の在庫を引き当てれば、売れ筋が抜かれて店舗の売上げは減少する。

 結果として、売上げ貢献へのインセンティブが給与面に反映しづらい状況になり、仕事のやり甲斐を見失うスタッフも少なくない。一方で、魅力的なブランドほど欲しいお客は全国に点在するから、確実に売上げるにはEC販路も拡大せざるを得ない。その中で、実店舗はできるだけ効率よく売上げをあげて、ロス分を吸収できる配置が必要になってくる。

 実店舗の役割はライフスタイルまで提案できるか。ブランドデザインのシンボリックな拠点となれるか、に尽きる。だからこそ、単なる販売力だけでなく、生活全般のあらゆる事象にアンテナを張った有能なスタッフを配置することが重要なのだ。勉強会はそうしたスタッフを目指すために、いろんな課題をみんなで解決する場、そこから学習していく機会とも言える。

 筆者もアパレル時代から業界誌の取材・記事制作、国内外の小売り現場視察まで、数々の有能なスタッフに接してきた。印象の残った人も少なくないが、最近、以下のような稀有なスタッフに遭遇する体験をした。



 夏も過ぎた頃だったか、ランニング時に額の汗を吸ってくれる「ヘアバンド」を購入しようと、久々にゾゾタウンを覗いてみた。すると、「OVERRIDE」という帽子専門店で綿92%、ナイロン7%、ポリウレタン1%の「KNIT HEADBAND COTTON Ag+」が見つかった。ところが、サイト在庫は全て完売。追加の入荷もないという。



 残るは店舗在庫だった。そこで、在庫があった店舗のうちで一番売り切れしなさそうな東京駅横のKITTE「OVERRIDE丸の内店」に電話を入れた。サイトを通さず、直接購入できないかと交渉するためだ。すると、女性のスタッフは「代引きでも購入できますよ」と言ってくれたので、在庫があった黒とホワイトの2点を購入することにした。

 話はそれだけで終わらない。スマートフォン越しに氏名や住所、電話番号などを伝えたが、当方の姓名は初対面の人には分かりづらい。口頭で姓の「偏」や「旁」を告げ、名前の音読みを説明しても、きちんと書字できる人は少ない。だが、このスタッフはきちんと復唱してくれるなど、通販対応もそつなかった。しかも、手書きされた宅配便の送り状は一箇所も間違いがなかった。これには圧倒されるどころか、感動した。

 電話の声からすると20代そこそこの若者と思われる。だが、電話での接客対応にも関わらずそこまでできるのは、本人が生まれ持ったものが環境により育まれたか。自ら経験する中で学習し積み重ねたものか。もちろん、会社側が指導したことで培われた部分もあるだろう。おそらく全てがセットになっているのではないか。

 遠隔地のお客に対し、通販対応の煩雑さまで難なくこなすスタッフが実店舗にもいれば、別の意味で接客応対の価値は増す。次の機会には「このお店に出かけて購入しよう」という気にさせてくれるのだ。接客術には何も特別なものはない。真摯で丁寧で共感を持たれる、お客側に立ったスタイルをいかに磨いていくか。しかし、それを習得するのは容易ではないし、教えたからできるわけでもない。

 実店舗、特に接客が売上げに結びつくセレクトショップでは、こうした接客術のブラッシュアップが重要だと思う。商社出身で小売りのことなどほとんど経験していない竹田光広前社長と違い、松崎社長は店舗現場からの叩き上げ。そのスピリッツとノウハウが部下に浸透していけば、ユナイテッドアローズは接客販売の更なるエキスパート集団になっていくのではないか。その予兆は四半期決算に確実に現れている。

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