HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

お直しで世直し。

2023-08-09 07:43:54 | Weblog
 既成服の販売では少なからず「補正」や「お直し」が不可欠だ。最も簡単なのはパンツの裾上げ。続いてジャケットの脇詰めや袖丈上げ、パンツやスカートのウエスト出し&詰めだ。さらに難易度が増すものでは、ダブルジャケットの前身頃をシングルにしたり、ロングコートをチュニック丈にしたりがある。多分、今もそうだろうが、中小のショップから大手チェーン、有名セレクトショップは、補正を外部に委託しているのではないか。

 かつて街角にあった個店では、付き合いのある「補正のおばさん」に出すケースが多かった。と言っても、彼女たちは洋裁技術を持つベテランで、販売スタッフが補正伝票に書いた詳細な指示、お客さんの身勝手な要求にもきめ細かく対応してくれる人が多かった。最近は皆さんリタイアされたと思うし、内職をしている方も高齢化は否めない。



 今ではショッピングセンターにお直し専門店があり、複雑なものは別にして大抵のお直しは受けてくれる。東京の渋谷や原宿などアパレル系のショップが多いエリアではお直しニーズが多いせいか、路面の専門店も見かけるようになった。それだけ需要が多いから数さえこなせば、一等地にあっても十分に採算が取れるのだろう。



 有名セレクトショップは上顧客を相手にする場合、お直しについてもより念入りにより注意深く行なっている。スーツのパンツ一つをとっても、丈は数ミリ単位で裾の始末もモーニングカットなのか、ストレートカットなのか。シングル、ダブルとお客さんの様々な好みに対応しなければならない。お客からすれば、補正というよりも仮縫いの感覚で行ってくれているので、それを実際に加工するには熟練の技術者が求められる。



 大手百貨店もオーダーサロンを設ける店舗では、リフォームコーナーがある。対応は一般のお直し屋さんよりきめ細かく、顧客からお直しの要望をじっくり聞いた後に、お直し箇所の縫製仕様を確認して見積りを出してくれる。例えば、ドレスはタイトでもフレアでも、また、ヘムに装飾が施されていても、着丈詰めを受けてくれるし、スカートではヒップや裾幅の調整などきめ細かく対応してくれる。

 何も百貨店が特別とは思わないが、細かなニーズ、難易度の高い加工を受けるには、当然技術も必要だから、その分工賃も高くなる。要はお客さんが出来栄えと満足感を優先するのか、スピードや安さを求めるのか。お直しのニーズに合わせた対応が必要なのだ。

 ところで、店舗スタッフにお直しを習得させる動きが広がっているという。高度な加工は洋服の構造知識や技術が不可欠だが、まずは簡単な裾上げ程度からできるように研修を始めたところもあるようだ。販売スタッフがお客さんの試着に接する流れで、補正が必要と感じた時に自らお直しまで担当すれば、安心感を生んで顧客化される公算は高い。ショップとしても販売スキルに加えてお直しまでこなせることで、顧客の満足度を上げる狙いと見て取れる。



 ただ、一律に全スタッフにお直しの技術を身につけさせるのは容易ではない。手先の器用さや得意不得意があり、モチベーションの問題も生じる。だから、スタッフ側からの応募に任せているようだ。ゴールドウインは応募者2名を2ヶ月弱の間、富山のリペアセンターに派遣し、縫製や接着などの研修を受講させた。8月からはミシンやプレス機を置く恵比寿の直営店舗でリペアの要望を受け付けるという。

 裾上げなどの補正は、急に必要なフォーマルウェアの販売でも欠かせない。そのため、洋服の青山ではスピーディーな裾直しサービスを強化するため、販売現場でソーイングトレーナーの育成に注力。1000人の目標に対し800人以上が研修で技術を習得した。やはり、外部の委託業者が高齢化していることもあり、内製化に踏み切らざるを得なかったようである。

 青山では強化するオーダービジネスでも、前出のように接客でのお直しは高度な採寸技術を必要とするため、販売員のコンサルティング能力を高めることに繋がる。さらにお直し対応する店舗が拡大されると、スーツのEC販売でも安心感を生む。何より販売スタッフがスーツの構造に対して深い造詣をもつことは、青山にとっては企業価値を高めることになる。


直して着続けられる服は構造転換に寄与



 一方、衣料品を自社で修繕するサービスに乗り出すところが増えている。ユニクロは昨年10月、東京世田谷の店舗に修繕スペースを国内で初めて設けた。元々は、「あなたのユニクロを、楽しみながら長く着続けるために。」をスローガンにした「RE.UNIQLO STUDIO」を英国のロンドンで始めたことがきっかけだ。

 REPAIR/愛着のある服をいつまでも大切に着ていただくために、傷んだ箇所を丁寧に修理。REMAKE/お手持ちのユニクロを新しいアイテムに作り替えたり、自分好みにカスタマイズ。REUSE/もう着なくなった服を回収して、服を本当に必要とする地域の方々へ寄贈。RECYCLE/着られなくなった服を回収し、新しい服の原料やエネルギー源、資材として活用。これら4つが柱になっている。



 「小さな穴が空いただけで着られなくなってしまった服」「裾がほつれてしまった服」「ボタンがとれてそのまま着なくなった服」をお客が修繕スペースにに持ち込むと、修理、リメイク、リユース、リサイクルなど、活用の方法を提案してくれる。実施店舗は米国が5箇所、日本が3箇所、イギリス、シンガポール、台湾が2箇所、イタリア、スペイン、中国、ドイツ、マレーシアが1箇所。代金は500円からになる。



 もっとも、補正やお直しは、街の高級ブティックやラグジュアリーブランドではごく当たり前に行われている。デフレ禍の中では高価格帯の商品を長く着るというより、チープなカジュアルウエアを1年程度で着古すスタイルが定着した。ただ、着なくなった衣類が廃棄されることで、環境への負荷が問題となったのも事実だ。長期着用への回帰は、高級ブティックやラグジュリーブランドが行ってきた補正やお直しをクローズアップさせるのは間違いない。

 また、アパレル生産国の貧困や不平等、製造や使用に対する責任などを明確化し、持続可能な開発目標(SDGs)を設定することが世界的に叫ばれるようになった。さらに地球温暖化の原因と言われるCO2の排出を抑える上では、廃棄衣料を焼却処分しない取り組みが重要になっている。アパレル企業に対しても環境問題への責任が問われるようになり、衣料品を廃棄せずに長く着られるような工夫が求められているのだ。

 数々のラグジュアリーブランドがひしめく欧州では、廃棄衣料品が環境に負荷をかける問題に敏感で、官民あげて積極的に取り組み始めている。EU(欧州連合)は昨年、「加盟国の域内で販売される「衣料品など繊維製品について、修繕にたえられるような仕様デザインを施し、長く着られるための耐久性を設ける」ことなどを提案した。これにアパレルメーカー側がどこまで従うかは不透明だが、それでも一歩前に踏み出したのは確かだ。

 高級ブランドからチープなカジュアルまで数多くの衣料品を販売するフランスは昨年、アパレル関連の企業に対して「売れ残った衣料品の廃棄を禁止する法律を施行し、違反したものには罰金を課す」とした。これは世界でも画期的なことで、やはりモード先進国としてプライドと誇りがそうさせるのかもしれない。

 ファストファッションのH&Mが本拠を構えるスウェーデンでも、2024年1月から衣料品の生産者が生産した製品が使用され廃棄された後においても、その製品の適切なリユース・リサイクルや処分に一定の責任(物理的又は財政的責任)を負う拡大生産者責任法(EPR:Extended Producer Responsibility)」が施行される予定だ。

 メルカリなどの浸透で中古衣料のリユースはすっかり定着し、マーケットが出来上がっている。衣料品の廃棄を止め、できる限り長く着ようという流れは、ますます広がっていくのではないか。別にマス市場にならなくても、価値観が変わり利用する人が増えて定着していけばいいだけ。お直しもその一つで、長く着るきっかけになって廃棄が減るのはいいことだ。

 それ以上に販売するしか無かったスタッフがお直しというノウハウを身につけることは、服の構造をより深く知ることに繋がる。若者が自らお直し技術の習得に手をあげているのも、販売員のままで終わりたくない、何か技術を身につけることで自分をアップデートしたいという意識変化の表れだと思う。また、上質な衣料品を長くきるようになれば、安さ偏重で収益が悪化していた業界慣行を改める契機になるかもしれない。そうした人材は業界にとっても頼もしい限りだろう。販売員修行の一つにしても、新しい景色が見えてくるに違いない。たかが裾上げ、されどお直しなのである。


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