HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

声を読み解くこと。

2022-04-13 06:33:30 | Weblog
 先週のコラムで、ジェンダーフリーのブランドについて書いた。たまたま同じ日の日経MJが「虹色の橋 衣・食・住に架ける」との見出しで、LGBTQの悩みに寄り添うサービスを取り上げていた。日経がピックアップするほどだから衣服の購入だけでなく、消費生活の全般でLGBTQへの商品・サービスが広がりつつあるのは間違いない。

 LGBTQとは、従来のLGBT(レズビアン/女性同性愛者、ゲイ/男性同性愛者、バイセクシュアル/両性愛者、トランスジェンダー/生まれた時の性別と自認する性別が一致しない人)に、クエスチョニング自分自身のセクシュアリティを決められない、分からない、または決めない人を加えた性的マイノリティの新しい総称だ。

 では、記事にあるアパレルビジネスについて見てみよう。

 「3月下旬、東京・新宿で女性でも着ることのできるメンズパターンのスーツの採寸会が開かれた。スタッフが(以下のように)理想の仕上がりなどを聞き出しながら、サンプルをもとに、生地や各部分のシルエットを細かく決めていく」とある。

 お客:「かっこいい印象にするためにはどうすればいいですか?
 スタッフ:「ウエストを絞らないシルエットがお薦めです

 LGBTQでも、どんな人々がこのサービスを利用するのか。採寸会を開いた「keuzes」によると、成人式や結婚式などで振り袖やドレスではなく、スーツを着たい10代〜40代が多いという。代表の田中史緒里氏自身もLGBTQで、成人式で振り袖を着るのも、女性用のスーツを着るのも嫌だったことから、同じ悩みを持つ人向けに起業したという。

 ビジネスモデルは以下になる。keuzesでは実店舗は持たずに自宅を訪問したり、各地で採寸会を開いてスーツを製造する。採寸にかける時間は一人当たり多くても2時間程度だが、半分ほどは田中代表が利用者と同じ悩みを共有する時間に割く。LGBTQならでは思いや考えをじっくり打ち明けあい、聞き入れるためだ。



 男性的なシルエットを求める女性が欲しい服は、百貨店にしてもファッションビルにしてもメンズフロアにある。そのため、マイノリティの人々にとって入店の心理的なハードルは高い。keuzesではこうした障壁を取り除くことで、ビジネスチャンスを広げたわけだ。実際にkeuzesのスーツの着こなしを見たが、男性の筆者からしてもすごくスタイリッシュな印象を受ける。性の問題を抜きにして、こういうテイストもありかと感じる。

 性的マイノリティを対象とした業態やサービスは、これまでにもあるにはあった。それは主に東京新宿2丁目などで働く「ゲイ」を対象としたもの。彼らは外見は男性であり、自ら堂々と自分のジェンダーについてカミングアウトを憚ることはなかった。また、同じマイノリティがこうした業態やサービスの経営に当たっていたため、利用する心理的な抵抗感は低かった。まあ、メディアの世界ではかなり前からゲイとして活動する人々がいたことも、周囲から奇異の目で見られる状態を緩和させていたと言える。

 ところが、トランスジェンダー(生まれた時の性別と自認する性別が一致しない人)やクエスチョニングの女性、特に髪型がショートカットでボーイッシュな格好をしていても、肩幅が狭く華奢な身体つきならマイノリティの疑いがあっても、短時間で意識を変え接することは難しい。おそらく彼女たちも過去の経験から、誰もがそう判断してもしょうがないと諦めていただろう。だから、メンズパターンのウエアを着たくても、心理的にどうしても来店できなくなるのだ。

 「Baby in Car」のようにステッカーを掲示するだけで、社会が乳児を持つ家族の大変さを認め、気を配ってあげようとの意識で統一されるのなら問題はない。だが、LGBTQはまだまだ公言はしづらいだろうし、そうした人々に対する配慮、多様性の認識が一般社会に意識づけられるまでには時間がかかる。

 まして、現状の小売店舗にそうした認識で、お客を向かい入れる余裕はないだろう。仮に対応するとしても、人材育成や接客ノウハウなど特別の教育を施さなければならない。実際にどれほどのアパレル関連企業が取り組むかである。


ビームスボーイは性的少数者を意識した?

 2000年代初め、セレクトショップのビームスが「ビームスボーイ」を運営していた。メンズライクなカジュアル好きの女の子に向けて、ビームスと同じコンセプトのオーセンティックなベーシックアイテムとストリートのトレンドを取り入れたアイテムを提案する業態だった。当時はLGBTQはもちろん、多様化という概念はそれほど語れてはいなかった。しかし、自分のジェンダーに悩む女性はいたはずである。

 ビームスがそこまで意識したかどうかはわからない。ただ、同社で唯一のチェーン型業態だったことを考えると、いろんなセレクトショップを展開する中で、スケールメリットで収益を出すことが一番の狙いだったと思われる。一方、keuzesが2020年1月以降、約300着ものスーツを販売したことを見ると、当時から潜在需要はあっただろうからカジュアルのみでは、必ずしもLGBTQのニーズには合致していなかったのではないか。



 keuzesが扱う商品は特別なものではない。メンズパターンのスーツという既にあるものに注文者のサイズを落とし込むだけ。要は商品は男性向けを利用し、売り方を性的マイノリティに合わせたもの。と言っても、注文客がトランスジェンダーやクエスチョニングの場合、百貨店やスーツ量販店ですんなりオーダーするというわけにいかない。

 百貨店やスーツ量販店の店舗スタッフは、性的マイノリティの女性客が来店することを想定していない。あくまで男性客向けの接客訓練を受け、それを売場でも実践しているだけだ。中には長年の経験から相手の内面に近づき、「この人もしやマイノリティかな」と柔軟に対応できる人もいるだろう。でも、それは希望的観測に過ぎない。企業なら一人、二人のスタッフが接客できても仕方ない。接客能力は平準化されてこそ意味があるからだ。

 まして女性客の側は自分の切実なジェンダーを打ち明けられずにいる。そうした気持ちを慮って親身に接客に当たるには、やはり専門的な業態やスタッフが必要になる。また、先週のコラムで取り上げたようなアイテムから、ジェンダーフリーにすることも考えなければならない。全てアパレル関連企業がそこまでに踏み込むのは容易ではないだろう。「寛容でなければ」「親身になって」など言葉では理解できても、企業としてはビジネスが成り立つかどうかが先決になる。

 いきなり新業態の展開というわけにはいかない。だから、筆者はまずセレクトショップの大手がサロンブティックのような販売手法は導入してはどうかと考える。シーズン前の受注販売会を性的マイノリティ向けにアレンジして実施するものだ。ターゲットはLGBTQの男女で、商品は男・女のアイテム。接客は男女ともに女性スタッフの方がいいのかもしれない。

 大手セレクトショップだからと、性的マイノリティだけに特化した業態を常設展開するのは難しい。しかし、アイテムはスーツにしてもカジュアルにしても仕入れ先をもち、売場に常時在庫して、サイズ対応などの追加オーダーも可能だ。だから、売り方というか、販売手法をターゲットに合わせることは不可能ではない。接客については女性スタッフでも戸惑う面もあるだろうから、定期的に専門講師などによる研修が必要になる。

 ECがこれだけ浸透して、アパレル販売はOMOの段階に入っている。そこでもさらに熾烈な競争が展開されるのは間違いない。ならば、レッドーシャンでの勝負を一部避ける意味で、マイノリティに向けたサービスも選択肢の一つになる。セレクトショップの経営者は口々にEC、OMOの局面に入ったからこそ、顧客との接点、同じ価値観の共有を大事にすると叫ぶ。

 そこにはマイノリティの人々との繋がりも含めていいのではないか。どちらにしても、商品はすでにあるものを利用し、売り方次第で市場が広がる可能性があるのだから、取り組まない手はない。某アパレル小売業の経営者は自ら掲げた「売り方の鉄則10カ条」の中で、「伝える力を上げていく」「お客の声一つ一つを読み解く」「お客と共有できるメッセージを伝える」を挙げるが、これらがマイノリティへの販売に当てはまると思う。

 性的マイノリティのお客がどういう思いでいるか。それを察知してメッセージを発信しないと、商品は売れない。思いは人それぞれだから、伝えるメッセージを変えれば、新たな客層も発掘できるということである。
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