春は深山から里に,急激にやって来る.
先日まで灰色の風景の中に色を添えるものなどなに一つもなかったのに,音をたてて流れる小さな用水にフキノトウがこっそり顔を覗かせる.木々は冬の間エネルギーを蓄え,元気になった太陽に向かってその手を伸ばす.しかもこの冬のように,雪雪の多い過酷な冬は,ことさらに春の日に迎えられ喜びも一塩だろう.だが,春の陽光の中に衰退した体を横たえる動物のなんと,多いことか.透かした雑木林から息も絶え絶えに這い出てくる,狸を数多見るのはこの季節,珍しくはないのである.
この季節,美しいまでの形態を見せていた雪の風景が長く続くほど,野山に生きるものにとっては,生きながらえる術を奪われかねない,代物なのだ.
その狸は葉の落ちた雑木林をおぼつかない足取りで抜け,除雪されて間もない道路脇の2mほどの山を越え県道を渡る.再び除雪された2mの山を越え,雪田と化した水田の上を宛てもなく歩く.その状況を電信柱から冷めた目で見ていた3羽のからすが,狸を取り囲む.おぼつかない足取りで再び逃げる狸.だがからす達は」執拗に追っていく.やがて力尽き倒れる狸.第一の血だまり,そしてふたたび歩き出すが,からすの鋭いくちばしが血に染まる.第2の血だまり.逃げ惑う狸,だがやがてその狸の足は二度と動くことはなかった.
そんなシーンが想われる情景が,この雪原で繰り広げられたのだろうか.