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繁栄の外で(19)

2014年05月08日 | 繁栄の外で
繁栄の外で(19)

 またバイトに戻っている。外出していた山本さんがお得意先との用事を終え帰ってきたようだ。

 その日の昼は、休憩室でテレビを見ながら近くの店で売っている安いわりには量が多い弁当を食べることにした。弁当が入った袋を手にしてそこに入ると、すでに山本さんもいた。

「そういえば」と言って彼はバックから何かを取り出した。良くみると映画のチケットが2枚あった。お得意のところから貰ったと言って、ぼくに見せた。「お前、映画見るっけ?」
「はい、見ますけど、映画は何ですか?」
「これ、多恵も見たいと言っていたんだよな」と、チケットとぼくを代わるがわるに見比べた。

 ぼくは、説明を求めないことにはいかなかった。彼女は、普通に同級生のボーイフレンドを作ったり、それよりも普通に友人たちと遊びに行ったほうが楽しいのではないか? などの答えを。彼は、幼少のころに病弱であった娘は、学校も休みがちで久しぶりに行った学校内の雰囲気についていけず、いじめのようなものを受けたと言った。それを解消するために、両親はなんどか担任と面談をしたらしい。そのことがきっかけでいくらか気後れする性格が作られてしまったらしい。それでも、いままでは兄がなんとか防御壁のようになっていたが、段々とふたりが成長するにつれ、彼らのなかにもプライヴァシーを大切にしたい気持ちが芽生えたということだ。

「それの代わりですか?」とぼくはたずねた。

「お前、いやなことを言うな」と言ってまた数口ご飯を含んでかみ締めたあと、「そんなこともないけど、あいつのこと嫌いか?」ときかれた。そう言われれば否定するしか方法がないが、ぼくはぼそぼそと言葉にならない音を出した。

 山本さんは、ポットからお茶をつぎ、ぼくにそっとチケットを寄せ、「じゃあ、よろしくな」と言って逃げるように休憩室から出て行ってしまった。

 数日して、多恵子から電話がかかってきた。ぼくが映画に誘いたいらしいが、なかなか言いづらいそうなので彼女からそれとなくきいてみろ、という内容のことばを父にきかされ、かけたとのことを数分してから喋りはじめた。それで、週末の予定をたずね、約束は取り決められた。こうして、日曜は彼女の顔を見ることが当然の日課のようになってしまっていた。そして、彼女のことを傷つけたら許さない人々が数人いるということも、充分ぼくは知っているはずだった。

 ぼくらの町の近くには映画の封切館がなかった。それで、都心に出向く。映画の上映までは時間があったので、洋服などを見ながら時間を過ごした。ぼくは、興味があって彼女の学生生活を、いまやまた昔に感じたこともそれとなく質問した。彼女は、きちんと受け答えをした。

「また、お父さんが子供の頃、ひとりでいることが多かったとか言ったんでしょう?」とにこやかな様子でいった。そこには軽い困惑の表情もいくらかまぶせられていた。

「なんでも、いろいろな経験だからね」と、曖昧であり漠然とした答えをぼくは見つけたようになっている。

 彼女は、そもそもひとりでいることを苦痛に感じることもなく、逆に好きであるようで、それを両親は過剰に反応しているだけだとも言った。子供の頃、男の子は女の子をいじめるのも、仕事のひとつでしょうとも説明した。ぼくは、そう言われれば自分の過去をふりかえり頷かないわけにもいかなかった。現在も、仲の良い子たちと遊びにいっているし、ぼくのことも彼女たちに話したりもしていると言った。納得する気分と、ぼくの存在をどのように語っているか腑に落ちない気持ちで、ぼくは少しぼんやりとした。そうこうしていると、目的の映画館が近付いていた。

 あれは、ポール・ニューマンとトム・クルーズがビリヤードをしていた映画だったろうか? それともまた別のものだったのだろうか。彼女の満足した表情は覚えているが、それ以外のことは印象がうすくなってしまっているらしい。

 ぼくらは、なにも口に出しての契約をしなかった。ただ、日曜には会うことが多くなり、それを通じて気持ちの分子たちが組み替えられていった。それに抵抗するには、ぼくは若すぎたし、そうする気持ちもまったくなかった。