爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
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繁栄の外で(28)

2014年05月22日 | 繁栄の外で
繁栄の外で(28)

 いままでと違う環境にいるということだけで、日記をつけてみた。何よりも、文章を書いて頭の中を整理させるという営みが、自分は好きだった。その中味は、日々のことと、過去の反省と、未来に訪れることが等分に分けられていた。もちろん、書かない日もあった。でも、何かを記録するということが文明の近道といまでも考えている。

 その数ページを使って、この前の夜のことも記録されている。女性2人がぼくらの前に現れた。彼女らも微笑んだ。それぞれ自分を紹介し、酔いがすすむごとに話も内面へとつながる。だが、大体は中山さんが話の主導権をにぎっている。彼が、操縦しぼくらに違った景色をみせ、笑いをとったり多少の沈黙を保ったりした。すべては、彼の意図したとおりに行われていた。

 ぼくは、あまりしゃべらなかった。本来の自分はいつもこうである、と決め付けていた。それで、中山さんも態度を変えることもなく、こういう人だとぼくのことを認識していたのだろう。そこそこに盛り上がり、ぼくらは再び、寒い外を通過し、自分らの宿舎に戻った。

「どっちがタイプだ?」ということをきかれたので、自分は左に座った髪の短い子の方です、とだけ答えた。本当にそう思っていたかは、良く分からなかったが、彼が積極的にえらんで話しかけていない子を言ったまでだ。

「そう」と言って、彼は足を雪にとられないように下をみながら返事をした。

 何日かして、中山さんはまた連絡をしているみたいだった。彼の電話がなった。ぼくも彼の部屋でビデオを一緒に見ているときだ。二人の女性の片方と彼ははなし、そのついでにぼくに電話をかわった。そのときは、もうひとりの子とかわっていた。それで、いつのまにかまた会う約束になっていた。

 その日がやってきた。ぼくらは、ボーリングを数ゲームして、カラオケに行き、その後中山さんの車を止めたあとで、この前のロッジ風の店にたどり着いた。一緒に身体をうごかしたりしたことで、ぼくらには不思議な一体感があった。それで、過去から知っているような錯覚におちいった。そのため、自分もわざと作っていた防御がなくなってしまっていた。だが、また誰かを傷つけるのかという心配が頭のどこかにただよっていた。それは、なかなか消えない雲のように、ぼくの頭をすっきりとした青空にしてくれなかった。

 それで、ぼくらの会話も前よりはずみ、言葉がないという時間はおとずれなかった。それでも、ぼくは会話が途切れた瞬間にトイレにたった。立って歩いているときに自分は意外と酔ってしまっていることを感じた。トイレのなかの鏡で自分の顔を点検すると、あまり表面に出ていないことを知る。だが、物足りず冷たい水で顔をあらった。

 出てくると、中山さんとひとりの女性が消えていた。

「あれ、どうしたの?」と当然のごとく、自分は問いを発した。
「なんか、帰っちゃったみたい」と、髪の短い子はいった。彼女の名前は君江といった。ぼくは、まだ21で彼女は23才だったと思う。学生時代にはバスケットをしていたということが想像できる細身の体型で、小さな顔に短い髪がよく似合っていた。

「どう、楽しい? なんか、いつも心配事が消えないみたいな顔をしているよ」
 と、言われた。そのときは、そんな風には思っていなかった。しかし、快活な彼女と比べると、そう見えても仕方がなかった。彼女はいま使いはじめた電池のようなエネルギーが、身体のあちこちに充満していた。

 そこから、彼女が主導権をにぎり、ぼくらは楽しくはなした。ぼくは、こころのどこかで理想の女性を探すことが習慣化していたが、そのときの酔いでもしかして彼女がそのひとではないのかと考えている自分を知った。だが、風雪に耐えてこそ知る重みがあるのも事実である。

 その店内は、気にしてみるとちょうど良いライトと、適度な椅子のすわり心地と、間隔がほどよいバランスで座席が散らばっていた。店主は、そこに気付かせないように努力しながらも、居心地のよい場所を作り上げていた。しかし、そこを去る時間がきた。

 外に出ると、「また会おうね」と言って彼女の唇がふれた。ぼくは、多恵子のことを忘れてしまっている自分も忘れていた。