繁栄の外で(24)
悲劇が起こる前に、完璧な彼女の姿を覚えておこう。オフィーリアの末裔。
多恵子は高校の最後の学年を迎えた。それで、上の学校を目指して勉強をしたりしているが、もともと時間のやりくりに秀でていて、あせったりまた逆に余裕がありすぎるということもなかった。ちょうど良いときに、ちょうど良いことが彼女には訪れるのではないかとぼくは考えていた。
ぼくはシナリオの学校を終え、もっと映画を観たいという理由だけでビデオ店で働き始めた。山本さんはぼくを引きとめたが、しかし、それぞれの人生があるということを尊重し、それ以上なにも言わなかった。だが、面倒見のよい彼は、いつも心配してくれいろいろと相談にものってくれた。「レインマン」という映画を多恵子と観に行ったことを思い出した。特殊な能力のある主人公は、その稀有な能力と引き換えに、日常をうまくやりこなす誰にでもある才能が失われていた。どちらが幸せであるかなど分からないが、自分も特殊なものがほしかった。しかし、がむしゃらに入手するために挑むエネルギーや、その根本の努力を怠っていたことも事実だろう。若さは、つまりは未熟さを肯定することなのだ。
多恵子は、あるなにかのきっかけがあったのかどうか知らないが、途中から積極的な人柄にかわった。ぼくの言うことを無条件に従うような性格が、自分から率先して行きたい所を決めたり、やりたいことを探した。ぼくにとっては、その変化がうれしかった。たぶん何か生きるうえでの重要な貯えがこころの中に積まれ、それを放出する段階になったのだろう。
ぼくはより内面的なものを求めるようになった。その頃の景気の良い雰囲気とは別に、ほんものの幸福というものを考えるようになっていた。世の中全般が金を目標に流れていた時期だ。古い建物は取り壊され、土地は高騰し、女性たちは低俗な音楽で踊り狂っていることを深夜のテレビで放映した。ぼくはその代わりにビデオ店から持ってきた古いフランスの映画を見たりした。そして、大人に向かっているという錯覚を手に入れた。いまの不景気な状態で、「金がすべてではない」ということをもし仮りに若者が言ったとしても、その金満な風潮が支配している当時に発することとは同じ言葉でも意味合いはまったく違っていた。
多恵子は、一緒にぼくの部屋で音楽を聴いたり、ただ寝転がって楽しい会話をしたりするという、ひっそりとした幸せをぼくに与えてくれた。同時に大学に行って、もう少しまともな男性と知り合うことが出来るだろうな、とぼくは考えるようになっていた。
それから、彼女は大学に受かり、車の免許も直ぐに取った。楽しい人生のスタートがもうそこまで来ていた。彼女のまだ馴れない運転で房総の海までドライブに行った。誰もいない海で、ぼくらは将来の漠然とした約束をいくつか交わし、またそのいくつかは守れないことをぼく自身が知っていた。
彼女は外泊をしても良いと言っていたので、空いているリゾートホテルに泊まった。窓をあけると、目の前に海が見え、その波の音が耳にここちよく響いた。その永続性を誰も断ち切ることができないように、ぼくらの関係も断ち切ることはできないだろうな、と考え直した。
次の日も快晴で、朝はそのホテルのきれいなレストランで朝食をとった。食べ終えると、そとでコーヒーが用意されているということなので、ぼくらはそこに向かった。彼女の髪が朝日で輝いていた。その姿を、忘れることはないだろうと思ったし、実際にあのとき以上にぼくの脳の中では鮮明になっている。
帰りの途中で、たくさんの花が植えられている公園に入り、また隣接されている植物園にも行った。その甘美な南国の花のにおいと、彼女の姿とが同じ生命の目覚めということで記憶されている。
ぼくは自分の家まで送ってもらい、彼女も疲れたのでいったんぼくの家で休憩してから帰ることになった。部屋に入ってから、冷蔵庫のなかが空であったのを思い出しぼくは近くの店に買い物にいくことにして彼女をおいて出て行った。彼女は、「わたしも行こうか」と言ったが、その必要はないというぼくの声をきき、そのまま立ち上がって冷凍庫の氷の具合を調べ、グラスを戸棚から取り出した。外に出ると、近所の人が多恵子の車を少し迷惑そうに見ていたので、ぼくは、「ちょっとだけですから」と声をかけると、別にいいのよという予想に反した返事がかえってきた。
飲み物とビールと簡単な軽食を買い込み、ぼくは自分の家にもどった。その前に彼女の車が無くなっていることに気付き、どうしたのかと思って戸を開けると、彼女の姿もなかった。テーブルの上にグラスが置かれ、ぼくはいらないものは冷蔵庫にしまい、自分のためにビールを注いだ。
それが彼女を見る最後の日になるとは、自分自身でさえ知らなかった。あの頃から、ぼくはいやな夢を多く見るようになってしまった。
悲劇が起こる前に、完璧な彼女の姿を覚えておこう。オフィーリアの末裔。
多恵子は高校の最後の学年を迎えた。それで、上の学校を目指して勉強をしたりしているが、もともと時間のやりくりに秀でていて、あせったりまた逆に余裕がありすぎるということもなかった。ちょうど良いときに、ちょうど良いことが彼女には訪れるのではないかとぼくは考えていた。
ぼくはシナリオの学校を終え、もっと映画を観たいという理由だけでビデオ店で働き始めた。山本さんはぼくを引きとめたが、しかし、それぞれの人生があるということを尊重し、それ以上なにも言わなかった。だが、面倒見のよい彼は、いつも心配してくれいろいろと相談にものってくれた。「レインマン」という映画を多恵子と観に行ったことを思い出した。特殊な能力のある主人公は、その稀有な能力と引き換えに、日常をうまくやりこなす誰にでもある才能が失われていた。どちらが幸せであるかなど分からないが、自分も特殊なものがほしかった。しかし、がむしゃらに入手するために挑むエネルギーや、その根本の努力を怠っていたことも事実だろう。若さは、つまりは未熟さを肯定することなのだ。
多恵子は、あるなにかのきっかけがあったのかどうか知らないが、途中から積極的な人柄にかわった。ぼくの言うことを無条件に従うような性格が、自分から率先して行きたい所を決めたり、やりたいことを探した。ぼくにとっては、その変化がうれしかった。たぶん何か生きるうえでの重要な貯えがこころの中に積まれ、それを放出する段階になったのだろう。
ぼくはより内面的なものを求めるようになった。その頃の景気の良い雰囲気とは別に、ほんものの幸福というものを考えるようになっていた。世の中全般が金を目標に流れていた時期だ。古い建物は取り壊され、土地は高騰し、女性たちは低俗な音楽で踊り狂っていることを深夜のテレビで放映した。ぼくはその代わりにビデオ店から持ってきた古いフランスの映画を見たりした。そして、大人に向かっているという錯覚を手に入れた。いまの不景気な状態で、「金がすべてではない」ということをもし仮りに若者が言ったとしても、その金満な風潮が支配している当時に発することとは同じ言葉でも意味合いはまったく違っていた。
多恵子は、一緒にぼくの部屋で音楽を聴いたり、ただ寝転がって楽しい会話をしたりするという、ひっそりとした幸せをぼくに与えてくれた。同時に大学に行って、もう少しまともな男性と知り合うことが出来るだろうな、とぼくは考えるようになっていた。
それから、彼女は大学に受かり、車の免許も直ぐに取った。楽しい人生のスタートがもうそこまで来ていた。彼女のまだ馴れない運転で房総の海までドライブに行った。誰もいない海で、ぼくらは将来の漠然とした約束をいくつか交わし、またそのいくつかは守れないことをぼく自身が知っていた。
彼女は外泊をしても良いと言っていたので、空いているリゾートホテルに泊まった。窓をあけると、目の前に海が見え、その波の音が耳にここちよく響いた。その永続性を誰も断ち切ることができないように、ぼくらの関係も断ち切ることはできないだろうな、と考え直した。
次の日も快晴で、朝はそのホテルのきれいなレストランで朝食をとった。食べ終えると、そとでコーヒーが用意されているということなので、ぼくらはそこに向かった。彼女の髪が朝日で輝いていた。その姿を、忘れることはないだろうと思ったし、実際にあのとき以上にぼくの脳の中では鮮明になっている。
帰りの途中で、たくさんの花が植えられている公園に入り、また隣接されている植物園にも行った。その甘美な南国の花のにおいと、彼女の姿とが同じ生命の目覚めということで記憶されている。
ぼくは自分の家まで送ってもらい、彼女も疲れたのでいったんぼくの家で休憩してから帰ることになった。部屋に入ってから、冷蔵庫のなかが空であったのを思い出しぼくは近くの店に買い物にいくことにして彼女をおいて出て行った。彼女は、「わたしも行こうか」と言ったが、その必要はないというぼくの声をきき、そのまま立ち上がって冷凍庫の氷の具合を調べ、グラスを戸棚から取り出した。外に出ると、近所の人が多恵子の車を少し迷惑そうに見ていたので、ぼくは、「ちょっとだけですから」と声をかけると、別にいいのよという予想に反した返事がかえってきた。
飲み物とビールと簡単な軽食を買い込み、ぼくは自分の家にもどった。その前に彼女の車が無くなっていることに気付き、どうしたのかと思って戸を開けると、彼女の姿もなかった。テーブルの上にグラスが置かれ、ぼくはいらないものは冷蔵庫にしまい、自分のためにビールを注いだ。
それが彼女を見る最後の日になるとは、自分自身でさえ知らなかった。あの頃から、ぼくはいやな夢を多く見るようになってしまった。