田中雄二の「映画の王様」

映画のことなら何でも書く

『グリーンブック』

2019-02-01 09:42:54 | 新作映画を見てみた


 1962年、黒人ピアニストのドク・シャーリー(マハーシャラ・アリ)は、粗野だが人のいいイタリア系のトニー・リップ(ヴイゴ・モーテンセン)を運転手として雇う。2人は、黒人専用の旅のガイドブック=グリーンブックを頼りに、人種差別が色濃く残る南部へコンサートツアーに出るが…。異なる世界に住む2人の旅の様子を、実話を基に、ユーモアとペーソスを交えて描いたロードムービー。ピーター・ファレリーが珍しく真面目な映画を撮った。

 この映画が、『手錠のまゝの脱獄』(58)に始まり、『48時間』(82)『リーサル・ウェポン』(87)『ドライビング Miss デイジー』(89)『パルプ・フィクション」(94)『メン・イン・ブラック』(97)などへと続いた、これまでの白人と黒人によるバディムービーと大きく違うのは、互いのステレオタイプのイメージを崩しているところだろう。

 それは、例えば、トニーは黒人に偏見を持ちながら、カーラジオから流れる、チャビー・チェッカー、リトル・リチャード、アレサ・フランクリンらの曲は乗り乗りで聴く。ところが、ドクは黒人なのに彼らの曲を聴いたことがないという。驚いたトニーが「みんなあんたのブラザーだろ?」と問い掛けるシーン。あるいは、野球好きのトニーが、黒人の大選手であるウィリーメイズの話をするが、ドクは全く無関心というシーンなどに象徴される。

 あげくに、貧しく粗野なトニーが裕福で教養もあるドクに向かって「オレの方がよっぽどブラック(黒人)だぜ」と言うシーンもある。つまり、こうしたシーンの積み重ねが、自分は黒人でも白人でもないと考えるドクの孤独を浮き彫りにすることにもつながる。なかなかうまい手法だ。

 そんな2人が旅を通して、互いに変化していく様子を見せるのは予定調和で、62年の話にしてはいささか洗練され過ぎているところもあるのだが、モーテンセンとアリの好演もあって、“クリスマスの奇跡映画”の一種として、いい気分で見終わることができる。

蛇足:トニーたちが見ているテレビに、ニューヨーク・ヤンキースのロジャー・マリスがホームランを打つところが映る。マリスは、この映画が描いた前年の61年に、ベーブ・ルースが持つ年間最多本塁打の記録を更新したからタイムリーな存在だったのだろう。前述したメイズの話もそうだが、アメリカ映画では、時代を表す小ネタとして、野球の話題を出すことが多い。それだけ、野球が人々の生活や記憶と密着しているということなのだろう。

 実際のトニー・リップは、小さな役だが、主にマフィアや警官役で、『ゴッドファーザー』(72)『狼たちの午後』(75)『レイジング・ブル』(80)『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』(85)『グッドフェローズ』(90)などに出演している。
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『逢びき』

2019-02-01 06:15:36 | 1950年代小型パンフレット
『逢びき』(45)(1989.12.3.)



 名作の誉れ高い映画だが、見終わった今、その通りの印象を受け、心地良い満足感に浸っている。ストーリーは、平凡な主婦(シリア・ジョンソン)と妻子のある医師(トレバー・ハワード)が、ふとしたきっかけから知り合い、週に一度、木曜日ごとに逢びきを重ねるという、一種の不倫もの。お世辞にも美人とは言い難い、普通のおばさんタイプのジョンソンがヒロインを演じているのもポイントだ。

 ところで、今の不倫ものと大きく違うのは、もちろん時代差のせいもあるが、2人が最後の一線を越える一歩手前で必死にこらえて踏みとどまるところ。そして、そうさせないために、さまざまな“邪魔”を入れるところが、この映画の作劇のうまさでもある。

 今の不倫は、この、最後のやせ我慢や踏みとどまりに欠けるから、引いては家庭崩壊につながるのだろう。最近のロバート・デ・ニーロ、メリル・ストリープ共演の『恋におちて』(84)が、この映画と似た設定だったが、主人公たちは踏みとどまることができず、悲惨な結末になっていた。そういう映画やドラマを見過ぎたせいか、この映画のオールドファッション・ラブストーリーに、一種の新鮮さを感じさせられたのかもしれない。

 加えて、ヒロインの夫が、一見ひょうひょうとしていながら、実は全てを見通し、妻を信じて待ち、最後は「君は旅をしていたんだね。よく帰ってきてくれたね。お帰り」とやさしく語り掛けるところが泣かせるじゃないですか。

 とはいえ、この映画を撮ったデビッド・リーン自身が、後に『ドクトル・ジバゴ』(65)『ライアンの娘』(70)などで、“踏みとどまれない不倫”を描くのだから、この問題は根が深いというべきか。

 さて、この映画のヒロインが、人生の黄昏を迎えた時に、この人生の最も輝いた瞬間を、書き残したり、誰かに語るとする。もし、その相手が息子だとしたら、これはドラマ「前略おふくろ様」の世界じゃないか、などと勝手にラストシーンの後の夢追いをしてしまった。

【今の一言】主人公が、踏みとどまれなかった不倫について書き残し、彼女の死後に子どもたちがそれを発見するという『マディソン郡の橋』(95)が公開され、大ヒットしたのは、この文章を書いた6年後のことだった。

名画投球術 No.7. 「いろんな不倫が見てみたい」デビッド・リーン
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/6656d135892f89a5ee867ce45b7c7437

ロバート・アルトマンがこの映画について語った
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/f76299b5f2e2a780b177963da2a89000


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