90歳のアール・ストーン(クリント・イーストウッド)は、花の栽培家としては一流だったが、事業に失敗。仕事にかこつけてかえりみなかった家族からも見放され、孤独な日々を送っていた。そんなある日「車の運転さえすれば金になる」という話を持ち掛けられるが、それはメキシコの犯罪組織によるドラッグの“運び屋=MULE”の仕事だった。
88歳のイーストウッドの監督・主演作で、これまでの彼の作品の集大成の感もあるが、同時に、また新たな展開を見せられて驚かされた。全くすごいじいさんだ。
まず、『グラン・トリノ』(08)のニック・シェンクが脚本を書いているためか、あの映画の主人公コワルスキーとこの映画のストーンが、コインの表と裏のように見える。どちらも朝鮮戦争の退役軍人だが、前者が怒りを前面に出した堅物だったのに比して、後者は機知に富み、スマートで飄々としているところがある。
加えて、この映画でもイーストウッド映画お得意の“善悪の狭間”が描かれてはいるのだが、いつもの暗くハードな雰囲気とは全く違う。例えば、カーラジオから流れるカントリーミュージックに合わせて歌う場面、ジェームズ・スチュワートに似ていると言われて苦笑する場面、90歳の老人が2人の女性と何する場面、あるいはギャングに心を開かせるストーンの不思議な魅力、大金を手にして調子に乗る姿、実の娘のアリソンが父と不仲な娘を演じるところなどに、まるで落語の世界のようなユーモアや余裕が感じられる。
イーストウッドと同年齢の山田洋次監督がこの映画を見て、「この主人公は、寅さんみたいな人かもしれない」と語ったというが、確かにそう思えなくもない。
こうした余裕のある語り口は『ジャージー・ボーイズ』(14)あたりから目立ち始めたような気がする。つまり、彼は老境に入ってからも、作る映画を変化させ続けているということなのだ。この映画を通して、人間は80を超えても変化することはできるのだと、改めて教えられた気がする。
また、今回は元妻役を演じたダイアン・ウィーストの存在も大きい。彼女の好演とアルトウロ・サンドバルのしっとりとしたジャズ風の音楽が相まって、イーストウッドの映画では『スペースカウボーイ』(00)以来、久しぶりに泣かされた。
クリント・イーストウッドのプロフィール