室蘭を舞台にした不思議な映像詩集
北海道・室蘭出身の坪川拓史監督が6年越しで完成させたという力作。タイトルの「モルエラニ」とは、アイヌ民族の言葉で「小さな坂道をおりた場所」を意味し、室蘭の語源の一つと言われているそうだ。
この映画は、7話連作のオムニバス形式ではあるが、それぞれの話と登場人物が微妙に関連し合い、まるでメビウスの輪のように、ぐるりと一回りしてきて最後につながる。だから「あー、そうだったのか」と合点がいってうれしくなる。
観念的で難解な映画かと思いきや、さにあらず。一種の映像詩集、あるいは寓話集のようでもあり、純文学風な室蘭のガイド映画といった趣もある。不思議なことに3時間34分を決して長く感じない。
コロナ禍で公開が延期となり、その間に出演者の大杉漣、佐藤嘉一、小松政夫が逝去した。記憶、約束、生と死、再生などをテーマにした映画であるだけに、そこに映る彼らの姿には特別な感慨を抱かされる。
以下、それぞれの話に関するメモを。
第1話「冬の章/水族館のはなし「青いロウソクと人魚」
画面をモノクロからカラーに変転させることで季節の変わり目を表現。アイテムは、『赤いろうそくと人魚』(小川未明)、クラゲ、瓶に入った手紙、メリーゴーラウンド、音楽は「波涛を越えて」。
第2話「春の章/写真館のはなし「夏の名残りの花」」
第1話に続いてのロウソク職人役で大塚寧々、写真館の主人役で大杉漣、謎の老女役で香川京子が登場。アイテムは、写真、時計、レコード、ロウソク、桜の木、音楽は「夏の名残のバラ=庭の千草」。
第3話「夏の章/港のはなし「しずかな空」」
妻を介護する夫役に小松政夫。そこはかとないユーモアとペーソスを漂わせるところはさすが。若夫婦役の水橋研二と菜葉菜、留学生ヘルパー役の張平もいい味を出す。アイテムはピアノ、カセットテープ、和太鼓、豪華客船。音楽は「静かな空」。
第4話「晩夏の章/Via Dolorosa」
前半と後半をつなぐ役割を持った短編。アイテムはピアノ、「名前のない小さな木」。
第5話「秋の章/科学館のはなし「名前のない小さな木」」
後半3作に登場する少女・久保田紗友がここで初めて現れる。そして再びの大杉漣。アイテムは、絵本「名前のない小さな木」、サクランボ。そして画面はカラーからモノクロへ。
第6章「晩秋の章/蒸気機関車のはなし「煙の追憶」」
老機関士役で坂本長利。アイテムは、静態保存されたSLのD51。
第7章「初冬の章/樹木医のはなし「冬の虫と夏の草」」
樹木医役の市民キャストの佐藤嘉一が好演を見せる。アイテムは、冬虫夏草、レコード、遺灰、桜の木。音楽は再びの「夏の名残のバラ」。
全編を通して何度も流れる曲が耳に残り、どこかで聴いたことがあると思って調べてみたら、『レイジング・ブル』(80)のオープニングでも使われた、マスカーニのオペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ」の間奏曲だという。