フェンネル氏の奇妙な生活

気付いた世界の中の小さな出来事と水彩画と時たま油絵と思いついたことを爺さんが一人語りいたします。

三十六歌仙の神社

2011-12-11 09:51:55 | Weblog
昨日行った大山祇神社の天井に三十六歌仙の絵を描いたのは深瀬の大原健吉という人だとのこと。旧松山街道はこのあと鈴ヶ峠を越えて黒森山越えで池川に降りて愛媛県の美川へと続いていくんだ。いまでも歴史好きの人があの急な坂道やふかふかした道を探索していると思うと「バカはまだまだいるなと」同胞を得た気分で力強いものを感じる。さて三十六歌仙だが何のために描いたのか分かっていない。明治の話だから土地の人は知ってるかもしれないがここは、鞘堂に収めた長州巧みの彫刻が有名だからはたしてどこまでたどり着けるやら。ここに祭られている「瀬織津姫」に関係があるのかもしれない。女神の慰みにと思ったのかもしれないね。この地区はいまでこそ限界集落なみの体をしているが往時は賑やかな宿場町として栄えたところであり裕福な土地でもあったから都の文化の交流が盛んだったかもしれない。まだまだ見るものが多い地区だから後何回おじゃますることやら。明治15年には坂本直寛らが自由民権の大会をこの境内で開いている。それだけここは、当時豊かで重要な拠点だったのかもしれない。「自由は土佐の山間より出づ」とのスローガンを掲げたと言う。確かに山間ではある。「ここはね、明神山からの風が強くて、よく風が吹くところですよ」と昨日の土地のご婦人との会話を思いだす。帰った後のその日の夕刊に明神山で積雪のニュースが出ていた。なんというリンク。ここは、明神山の裏手にあたる地域になるのかな。これまた面白い。
コメント
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