午前6時前、禅堂に上がると老師はすでに早くからお座りのご様子。
時同じくして、坊守様の撞かれる6時の梵鐘・・・・「ゴ~ン」。
いつもの般若心経の声まで届きませんが、
静寂の中一瞬の緊張が走る。
三密を避けた席、右にも1列ある。
すぐ老師のお話が始まった、
梵鐘の響く音色に合わせ深い深呼吸をしなさい、
今、着座した人は足の親指、指間、ふくらはぎなどしっかりもみほぐすこと、
それが済んだら、足を組みなさい。
足は半跏まだは両足を組む半跏麩座のいずれでもよい、
ここで「欠気一息」大きく深い深呼吸をしてみる。
右手のひらの上に左の手のひらを乗せ、
右手を組んだ足の上に置く。
落ち着くまで各自、準備体操が大切。
「両の拇指、面い相さそう」、親指がかるく接するそこに丸い円ができる。
ここで小鐘3つ、正式の坐禅のスタートです。
大きな呼吸で息を吐きだすとき、前意識を両手のひらの丸い中に入れ、
その姿・形が崩れないよう意識、静かに深い呼吸を繰り返す。
「兀兀として坐定して、この不思量底を思量せん」
全神経を集中しなさいとのこと、
やることは、深い呼吸、意識は両手の中にあり、
手の形が崩れていないかを思う。
この時、もうすでに○○○○さんという個人ではなくなっている、
「私という生き物を生かし続けてくれているあるもの」を
その中に溶け込ませる、私でない私がそこにいる。
その姿は私という命を生かし続ける同一同化、一つになっている姿です。
こうしたことの繰り返しは、「ある種の世界を感ずるようになってくる」、
その形は一人一人が別々のもの
夜空の星のごとく輝く個々人、そんな集まりが、全体で宇宙を創る世界。
そこまで入っていきなさい。
(本日の老師の意図はこの辺でしょうか)
長い沈黙の後小鐘1つで終了。
突然「願わくば、この功徳を持って普く一切に及ぼし、
我等と衆生と皆共に仏道を成ぜんことを」
と、回向唱えられた。
この後、禅堂退出の作法など。
茶菓を頂いての座後の茶話会は、
格別の朝となりました。