
国政の混乱が極まるなか、事態打開の切り札として期待される「地方分権」。だが、肝心の地方自治の最前線は、ボイコット市長や勘違い知事の暴走、貴族化する議員など、お寒いエピソードのオンパレードだ。これでは地方発日本再生も夢のまた夢。ベテラン・ジャーナリストが警鐘を鳴らす!
河村名古屋市長の議員報酬半減提案再び否決!
対立を可視化する同市長のしたたかな思惑とは
まさに膠着状態である。
名古屋市議会の4月臨時会は21日、河村たかし市長が提案した議員報酬半減と、市民税10%減税を恒久化する条例案などを否決して 、閉会した。否決された議案はいずれも2月議会で退けられたものと同じ内容で、賛成者は今回もわずかに1人。議論は深まらず、圧倒的多数(議長を含めて74人)の反対により、再び、葬られてしまったのである。
河村市長は閉会直後、議会人事を決める5月臨時会にも、改めて恒久減税案などを提出する意向を表明した。公約実現に向けて一歩も譲らぬ姿勢を示したのである。今後も名古屋市議会で「関ヶ原の戦い」が展開されるのは、必至の情勢だ。もっとも、こうした議場での激突は想定通りのものといえる。そればかりか、議会との対立を可視化し、市民の関心を集め続けるしたたかな思惑も垣間見える。
議場での攻防の一方で、別の戦いが水面下で進行している。議会リコールに向けた活動で、選挙を視野に入れた生臭い蠢(うごめ)きである。
市長と議会が全面対決するきっかけとなったのが、市長が突き付けた議員定数と報酬を半減する議会改革案である。昨年11月、「政治の稼業化の阻止」を持論とする河村市長が議案として提出し、議会側の猛反発を受けた。いきなり半減というのは無茶苦茶だという拒絶反応である。
また、市長の支援団体が議会リコールの署名集めの準備に乗り出し、さらには市議選候補者選びに動きだしたことが、議員を大いに刺激した。なかでも与党的立場にいた民主党市議団が猛反発した。「彼らは裏切られた思いを持ち、我々以上に野党となった」(自民党のベテラン市議の解説)。河村市長派が自前候補を擁立した場合、最も影響を受けるのは民主党市議とみられるからだ。
河村氏は民主党の国会議員から市長に転身したが、民主党議員に多い労働組合や松下政経塾出身ではなくて、もともとは零細企業の経営者。日本新党から国政に進出し、民主党に合流した。あらゆる既得権益に異を唱えるいまどき珍しい政治家で、民主党の中でも異端者だった。
とくに労組出身者とはそりが合わず、ぎくしゃくしていた。民主党推薦で市長選挙を戦い、自民党と公明党が推した候補などを破ったものの、民主党の地元組織との間でごたごたが続いていた。河村市長を快く思っていない人が、民主党内に少なくなかったのである。議会改革案が彼らの抑えていた思いに火をつけた。
「議会は恐ろしい場所」と 唇をかんだ河村市長の反撃
「議会は恐ろしい場所だ。減税案の否決は議会の暴挙だ」
河村市長は4月臨時議会の閉会直後、こう言って唇をかんだ。そして、議会リコールに向けた活動を積極的に進める考えを示した。
名古屋市の場合、議会リコールに必要な署名数は約36万5000人分。選挙管理委員会に届け出てから1カ月間で集めねばならず、27日間の審査・縦覧期間を経て60日以内に住民投票が実施される。ここで過半数の賛成を得て、やっと議会解散となるが、署名集めスタートから数カ月を要する一大難事業である。来年4月に任期満了による市議選が予定されており、さらには、法律の規定で 参議院選挙前の2か月間は署名活動が禁止されるなど、制約が多い。
市長の支援団体「ネットワーク河村市長」は、リコールの署名集めを行う「受任者」を募るはがきを100万枚用意し、すでに20万枚を配布したという。署名集めをいつ正式に開始するか、現在、検討中で、臨戦態勢を敷いている。
それにしても、来年4月に任期満了による市議選があるにもかかわらず、なぜ、議会リコールという難事業に取り組もうとしているのか。3つの理由が考えられる。
ひとつは、市民に市政や議会のあり方について考えてもらい、当事者として声をあげてもらいたいとの思いではないか。2つめは、リコールが成立したら、市長も辞任してダブル選挙に持ち込むとの戦略だ。任期満了選挙では投票率も上がらず、現職有利との判断がある。3つめは、リコールの署名活動そのものを市議選の票集めにつなげたいとの思惑だ。市議選の候補者選びを同時に進めているのは、そうした戦略があるからだろう。仮にリコールが不成立に終わっても、署名集めは市議選に役立つ。つまり、ムダにはならないとの計算だ。
議会改革をめぐる市長と議員の抜き差しならぬ対立が続く名古屋市。両者の議場での激しい攻防に関心が集まるが、本当の合戦場は今や他の場所に移動しつつある。その場所は、着々と陣営を固めつつある議会リコールの活動とその先にある選挙である。
名古屋市民が取り組もうとしている議会リコールという大胆な試みは、したたかな戦略によって裏打ちされている。「政治の稼業化に歯止めをかけたい」との河村市長の強い思いによるものだ。
しかし、議会改革の成果が、もしも、「河村チルドレン」の誕生や報酬定数の削減のみに終わってしまったら、それもまた問題である。特定の人にだけ顔を向ける議員ではなく、市民全体に目配りする自立した議員でなければならず、行政へのチェック能力や政策立案能力なども求められているからだ。名古屋の「庶民革命」の行方から、今後も目が離せない。 |