津山市山北に鎮座される「鶴山(つるやま)八幡宮」。御祭神は『譽田別尊、神功皇后、玉依姫』。通称「八子(やご)の八幡さま」とも称されます。
由緒「往古より鶴山頂上(現在の津山城跡)に鎮座していたが、慶長8年森忠政公が入府しこの山を城地に選定、築城するに当たり、一旦、城南覗山(のぞきやま)に遷し、その後慶長13年現在地に御社殿を造営して再遷座された。寛文9年、森家二代藩主により壮麗極彩色の御社殿を建立し、社領として50石を寄進。森・松平両家代々と縁深く藩士からも文武の祖神として崇敬された。」岡山神社庁HPより抜粋
生憎と雨に降られてしまい、足元も視界も悪い中での参拝ですが、参道石段の中ほど、鳥居の両脇より神域を守護されるのは、昭和3年(1928)5月建立の狛犬さん一対。ほっそりとした体に背中に沿って真っ直ぐに伸びる尾。傘越しに下から見上げているせいか、少し上向き加減の顔立ちがとても優しく見えます。
石段参道の先に神門、その向こうに注連縄が張られた拝殿が見えています。
桟瓦葺入母屋造で、1間の檜皮葺唐破風の向拝を持つ拝殿。後方に釣殿及び神供所が続き、いずれも寛文9年(1669年)の建造で、県指定重要文化財。
現地案内に書かれていた「釣殿」ですが、これは本来寝殿造などの建築様式で池に面して東西に設けられた建物を指す言葉。ここの場合、一般的に幣殿などと呼ばれると思うのですが・・どうなんでしょう?
本殿は寛文9年の建立で棟札が現存。屋根は銅板葺。方三間、妻入の入母屋造に向唐破風の向拝を設けた中山造と呼ばれる様式。
軒の組物を三手先(みてさき)とし、各材先端部の獅子・象・龍、向拝部分の牡丹の彫刻に極彩色を施し、殿内にも極彩色を用いるなど、華麗な造り。
細部意匠の上では、江戸時代中期以降の装飾豊かな建物の早い例であり、この地方の社寺建築の動向を示す上に貴重な遺構であるとして、昭和55年5月31日、国指定重要文化財の指定を受けました。
当神社で最も古い建造物とされる、県指定重要文化財の「末社:薬祖神社」。御祭神は『少名毘古那神(すくなびこなのかみ)』。社殿は桁行5尺2寸・梁間1間2尺の栩(とち)葺流造で、鶴山の社地から移転したと伝えられています。
石段参道の右手に建つ「末社:稲荷神社」
参拝日:2010年3月1日
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