愛知県高浜市は、淡路島の「淡路瓦」、島根県の「石州瓦」と共に、日本三大瓦の一つとして知られる「三州瓦」の産地。飾瓦が大好きなご亭主殿、「かわら美術館」の残念さを払拭すべく(笑)、「鬼のみち」散策のスタート。
高浜市観光協会HPには「名鉄三河線:高浜港駅」から「三河高浜駅」まで、飾り瓦や鬼瓦を見ながら歩く約4.5㎞の道のりでのコースが掲載されていますが、私たちは「かわら美術館」からのスタート。ポイントとなる場所にはイラストマップ付きの「鬼のみち」ガイドが設置され、次のポイントまでの距離を教えてくれます。
第二ポイントは多分「緑ふれあい工房」と思われ・・・(^_^;)画像に残しているのがこの一見鬼に見えなくもないモニュメントと、「鬼のみち」のコースガイドだけなので・・・
とりあえず「高浜港駅」までここから650m、これなら軟弱者の私でも何とかたどり着けそうです。ちなみにコースガイドは、要所、要所に設置されており、それを見て歩くのも又楽しみの一つ。
歩く道々、ふと足元を見れば、時代を経た細工瓦がさり気なく置かれていたり。ああ、そうそう!この「鬼みち」のコースガイドにもいろんな細工瓦がつかわれていたりします。かわら美術館が「恵比寿様」、緑ふれあい工房が「大黒天」。そして鬼パークは「宝船」。
コースガイドの近くに祀られていた「浜地蔵尊」、正式には「南海山:地蔵寺」にお参りさせて頂きました。
平安時代後期、海底に光る石のお地蔵さまを船頭達が引き上げ、ご本尊として祀ったと伝えられる浜地蔵菩薩。高浜市有形民俗文化財指定のお地蔵様は、今も海で働く人々の守り神として信仰されています。
玉を抱く龍の飾り瓦。何時の時代の物か判りませんが良い表情です。
日差しを遮る木陰でしばし休憩。この一帯は瓦の輸送が海運から鉄道に移った頃にできた切り通しの坂道。鬼パークには沢山の鬼の椅子が設置されており、疲れた足を休めるには絶好のポジション。
「土管の坂・昔話陶板」コースガイドは疑宝珠。見所は坂一面の土管。
「明治から昭和にかけて瓦と共に土管も主力製品でした。坂の途中にある土管や裏道に残る大型土管の土留めが往時を偲ばせてくれます。坂を下ると高浜に伝わる昔話をいぶし瓦焼きで作った陶板が飾られています。土管坂・陶板はシャッタ−チャンス!」高浜市観光協会HPより
いらかの波を背景に設置された「昔話陶板」
先ほどお参りさせて頂いた「はまじぞうさん」
「きつねとすもうとり」・・太郎作狐に騙された相撲とりさんが、一晩中肥溜めをかき回したと・・何とも臭くて気の毒なお話(^^;)
「呉竹の井」は、枯れてしまった石清水を呼び戻すため、和尚さんや村人たちが知恵を出し合い井戸を掘ったというお話。
「高浜のむかしばなし・青木の火の玉」・・日が落ちる前には子供たちは家に帰らないといけないよ。そうでないと火の玉が出るよ(本当は油ヶ渕の向こう岸を行く人のちょうちんの灯りだけどね)というお話。
「高浜のむかしばなし・鴨が橋」・・高浜に立ち寄られた弘法大師が川の前で足止めされた折、たくさんの鴨がつばさを連ねて浮橋を作ってくれたお陰で、対岸に渡ることができました。その夜、夢見に立たれた薬師如来のお告げを受け、椋の大木で三尺の御像を刻み寺を建てたというお話。
坂を下りきったところで突如現れたのは、神明社の伊勢鳥居と、そこから続くかなり急な石段。三州瓦の産地に鎮座する神社・・もしかして・・の葛藤に負けたご亭主殿、私を残して果敢にも石段を登ります。一人残された私は、この先の「ニコニコ鬼広場」でご亭主殿を待つ事になりました。
鬼パークのチェックポイントは、現代の鬼師が奈良・東大寺の鬼瓦を模して制作した、縦4.5m、横4.2mの巨大な「古代鬼面」。
菊花の飾り瓦は、どこかの寺社の留め蓋からおろされたものだろう
こちらの弁天様は何処から?
ご亭主殿を待つ間の15分強・・これが意外と長く思えて、そのくせ気を紛らせる対象も見つけられず何とも手持ち無沙汰で宙ぶらりんな時間でした。
ちょっとがっかり顔で落ち合えたご亭主殿、いやいや、岡崎型でも狛犬さんに逢えたのだからそんな顔をすると叱られますよ(笑) で、記念に写してくれた巨大鬼面と私。
駅に向かう折に目についたこちらのお宅、流石と言うべきなのか、当然と言うべきなのか。「いぶし瓦」「三州瓦工業協同組合」の看板はいずれも三州瓦で制作されています。
さぁ、高浜港駅に着きました。待つ事しばしで電車も入って来たし、ここから一気に三河高浜駅まで直行。
まだまだ続く「鬼のみち」、つづきは明日のブログで(⌒∇⌒)
訪問日:2011年9月19日
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