tnlabo’s blog   「付加価値」概念を基本に経済、経営、労働、環境等についての論評

人間が住む地球環境を、より豊かでより快適なものにするために付加価値をどう創りどう使うか。

政治家と官僚

2013年07月23日 16時16分00秒 | 社会
政治家と官僚
 まず提起したい問題は「政治家と官僚は対立するものなのか、それとも協力し合うものなのか」という問題です。
 多分、「本来は協力し合う関係であるべきだが、えてして対立する存在になってしまう」などというのが答えとして出て来るでしょう。

 もともとは、政治家も官僚も国のために働くのですから、協力し合って当然でしょう。
 時として、対立することがあっても、宮沢賢治の「ポラーノの広場の歌」のように、
  「まさしき願いにいさかうとも
   銀河のかなたに共に笑い・・・・・・・」
といった関係であれば、恐らく結果は良いのでしょう。

 ところが、現実の世界では「政治主導、官僚主導打破」などと言われたり、種々の解説の中でも「政治主導とは、政治家が官僚に依存せずに・・・・・」などと書かれています。
 そんなことが可能でしょうか。企業で言えば、政治家は経営陣、官僚は従業員でしょう。経営者が従業員を当てにしないで経営をするなどということがありうるでしょうか。

 官僚は国家公務員だけではありません。地方公務員も入れれば、サラリーマンの約1割は官僚です。収入源は税金です。国民がそれだけコストを払っている官僚に依存しないと言われたら、国民は何のために税金を払っているのかと問いたくなります。
 国民としては、政治家に十分に官僚を活用してほしいし、官僚には政治家と対立するのではなく、政治家に良い政治をしてもらうように一生懸命力を尽くしてほしいと思います。

 政治家も、官僚も国民のために働いているはずなのに、なんでこんなことになるのでしょうか。対立するのはどちらかが悪いからだろうという見方もありますが、日本には昔から「喧嘩両成敗」という諺があります。矢張り問題は両方にあるのでしょう。

 アメリカのように政権が変われば、高級官僚は「総取り替え」というのも1つの方法でしょう。しかし日本に官僚は、行政、更には立法業務の専門職として、政権に関係なく身分を保証されています。だからこそ、新人の政治家より「自分の方が専門家」という意識も強いのでしょうし、現にそういう場合も多いでしょう。しかし考えてきれば、だからこそ官僚は政治家の役に立てるのです。

 官僚だけでなく、民間でも、経済団体の事務局が民僚と言われたり、大企業の従業員が官僚的と言われたりすることも良くあります。そういう所をよく見ると、担当者の視野が狭くなって、国や社会全体より所属組織、所属企業・部所・業務に関心や意識が偏っていることが多いようです。現に、官僚出身の評論家で官僚批判をする人は多いですね。

 政治家でも、官僚を目の仇にするような人は、官僚を惹き付ける人間的魅力、リーダシップが不足といった場合が多いようです。有能な官僚トップが心酔する政治家も、現実には数多くいるのです。
 一方、官僚は、自分の役割を良く知るべきです。官僚は政治家を補佐する立場なのです。政治家をないがしろにするなどは官僚のすべきことではありません。政治家の役割をしたければ、政治家になるべきでしょう。

 あらゆるところで「コラボレーション」が言われる時代です。失われた20年からの日本復活のために、政治家と官僚の良き「コラボ」を期待したいところです。