15日(日)。13日の日経夕刊の「明日への話題」にヴァイオリニストの千住真理子さんが「宅配便」というテーマでエッセイを書いています 彼女のように全国くまなく演奏旅行に明け暮れるアーティストにとって、ドレス、靴、化粧道具、着替えなどを収納したスーツケースをいちいち運ぶのは面倒なもののようです
彼女は「時間に正確」「場所も間違えず」「確実に届けてくれる」宅配便は『今や演奏家のパートナーだ』と書いています。彼女の場合は、旅先から旅先へと荷物を送り、2~3か所回って荷物が自宅に戻ってくるそうです
オーケストラの一員であれば、定期演奏会の場所は決まっているので、演奏旅行というのは稀なことでしょうが、ソリストの場合は、とくに千住真理子さんのように施設の慰問演奏も続ける演奏家にとってはそうはいきません。このエッセイを見て、あらためてソリストの苦労の一端が分かったような気がします
閑話休題
昨夕、サントリーホールで東京交響楽団の第616回定期演奏会を聴きました プログラムは①チャイコフスキー「幻想序曲”ロミオとジュリエット”」、②同「ヴァイオリン協奏曲ニ長調」、③ストラヴィンスキー「バレエ音楽”春の祭典”」です。指揮は今年4月、東響の首席客員指揮者に就任したポーランド出身のクシシュトフ・ウルバンスキ、②のヴァイオリン独奏は2007年の第13回チャイコフスキー国際コンクール優勝者・神尾真由子です。つい最近のブログでも、彼女がノーベル平和賞の授賞式で演奏したことをご紹介したばかりです
1曲目のチャイコフスキー「幻想序曲”ロミオとジュリエット”」は「ロシア五人組」の中心的な存在だったバラキレフの助言によって作曲されました ”幻想序曲”というよりも”劇的序曲”と言った方が相応しいのではないか、と思えるほどドラマチックな曲です
オケがスタンバイし、背丈が高くスマートなウルバンスキが颯爽と登場します 厳かな序奏部から、カプレーティ家とモンテッキ家の諍い、両家の闘い、ロミオとジュリエットの愛、そして死・・・・・それらが管弦楽によって鮮やかに再現されます
ウルバンスキの指揮はしなやかで華麗です。右手でタクトを操り、左手で表情を付けていきますが、見ているとまるでマジシャンが手品を披露しているようです マジシャンは何もないところからカードや鳩を出しますが、ウルバンスキは両手を使って各演奏者から求める音を紡ぎ出します。オケの面々はウルバンスキのマジックにかかって、チャイコフスキーが乗り移ったかのように、物語を音で表現します
態勢を整え直して2曲目のヴァイオリン協奏曲に入ります。ソリストの神尾真由子が淡いグレーのドレスで颯爽と登場します プログラムを見てあらためて意外に思ったのは、この曲がウィーンで初演されたということです
神尾真由子は、名手アウアーが「演奏不可能」と言って初演を断ったほどの難曲を、自分自身の曲として演奏します 彼女の使用する1735年製のグァルネリ・デル・ジェスの音は本当に美しい響きがします。第1楽章でのカデンツァはあまりの見事さに聴衆はただ沈黙あるのみです
彼女の本領が発揮されたのは第2楽章「カンツォネッタ」です。弱音が続きますが、彼女のグァルネリから紡ぎ出される音は、しっかりと会場の隅々まで到達します。素晴らしい演奏でした。彼女は何度も舞台に呼び戻されましたが、聴衆が望むアンコールには応えませんでした あれだけの渾身の演奏のあと、ムリです
ウルバンスキの伴奏は、決して前面に出ることなくソリストの演奏のサポート役に徹していて好ましく思いました
休憩後はストラヴィンスキー「バレエ音楽”春の祭典”」です。管楽器も弦楽器も拡大され、ほぼ100人態勢になります この曲の初演は1913年5月29日のパリ、シャンゼリゼ劇場のオープニング公演でした。その時指揮をしたピエール・モントゥーは、賞賛のブラボー・拍手と罵声・ヤジを同時に浴びせられたと言われています
それほど革新的な曲だったのです。もし、自分がその場に居合わせていたら、正直言って、座布団を投げていたのではないか、と思います(日本的
)。絶え間なく変化する拍子とリズム、暴力的なまでの主張・・・・・今でこそ「春祭」は20世紀の古典になっていますが、当時だったら現体制を覆す異様な試みとして反感を受けていたと思います。ベートーヴェンでさえ新曲を世に問うた時は受け入れられませんでした。非常識は天才的な挑戦者によって常識に塗り替えられるのです
ウルバンスキは、この相次ぐ変拍子の曲においても、きびきびとした華麗な指揮でオケをコントロール、管弦楽の極致の大曲をスケール大きく再現しました
終演後はブラボーが飛び交い、拍手の渦が舞台に押し寄せます ウルバンスキはオケ全体を立たせて歓声に応えます。どこかの客員指揮者のようにソリストを一人一人立たせたり、セクションごとに立たせたりするような野暮なことはしません。見識でしょう
ウルバンスキは、ダニエル・ハーディングとほぼ同じ年齢層です。間違いなく次代のクラシック演奏会を牽引するこの二人からは目が離せません