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人生の目的は音楽だ!toraのブログ

クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

向田和子編「向田邦子ベスト・エッセイ」を読む ~ 「である調」による男性的で独特なリズムを持った文章の魅力を満喫する

2020年04月22日 07時18分05秒 | 日記

22日(水)。わが家に来てから今日で2030日目を迎え、新型コロナウイルス対策担当の西村康稔経済財政・再生相は21日の記者会見で、パチンコ店を対象に休業要請の強化を検討していると明らかにした  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     そろそろ強化してもいいコロナと思った? とっくに強く要請してると思ったよ

 

         

 

昨日、夕食に「ちぎり厚揚げと豚バラの和風炒め」を作りました 本当は炊き込みご飯に合うのですが、今回は白米でいただきました

 

     

 

         

 

向田和子編「向田邦子ベスト・エッセイ」(ちくま文庫)を読み終わりました 向田邦子は1929年東京生まれ。脚本家、エッセイスト、小説家。実践女子専門学校国語科卒。出版社の記者を経て脚本の世界へ。代表作に「七人の孫」「寺内貫太郎一家」「阿修羅のごとく」など。1980年「花の名前」等で第83回直木賞受賞 主な著書に「父の詫び状」「思い出トランプ」「あ・うん」などがある

 

     

 

向田邦子の作品は小説、脚本、エッセイなどほとんどすべて読んでいます 数年前 CD置き場の確保のため900冊ほどの本をBOOKOFFに売り飛ばした際には、クラシック関係の書籍、星新一のショートショート(息子が小学生5、6年生の時 全作品を読み切った)とともに本棚に残しておきました

私が向田邦子の作品を読むようになったのは、娘が向田さんの出身校である実践女子の高校に推薦入学したのがきっかけです 最初に読んだのは「父の詫び状」でしたが、彼女独特の文章表現の魅力にはまってしまい、それから彼女の作品を片っ端から読み進めていきました

この本に収録されているのは、向田邦子の末妹・和子さんと、この本を企画した杉田淳子さんが、これまで出版されたエッセイ集「父の詫び状」「眠る杯」「無名仮名人名簿」「霊長類ヒト科動物図鑑」「夜中の薔薇」「女の人差し指」「男どき女どき」の中から50篇の珠玉のエッセイを選び出し、「家族」「食いしん坊」「犬と猫とライオン」「旅」「仕事」「私というひと」という項目に分けて編集したものです

これらの作品は少なくとも1度は読んだはずですが、かなり前に1度読んだきりのエッセイは内容をすっかり忘れていて、初めて読んだような新鮮な驚きがありました 私は本を読んでいて 特に気に入った文章や気になるフレーズがあると、本の上の角を折る(犬の耳のように見えることから「ドッグイヤー」と呼ばれる)癖があるのですが、この本でも自然とそれをやっていて、読み終わったらドッグイヤーだらけで、いかにこの本が気に入ったフレーズに溢れているかがあらためて分かったように思います

思わず引き込まれてしまう向田邦子の文章の大きな特徴は、「ですます調」ではなく、「である調」で書いていることです この本に収録された50篇だけを取り上げて見ても、「ですます調」で書かれているのは「マハシャイ・マミオ殿」「ないものねだり」「1杯のコーヒーから」「花束」くらいしかありません それ以外はすべて「である調」です。極めて男性的で断定的な書き方と言っても良いかもしれません。そして、その文体は小気味の良いリズムを持っています これが向田邦子の文章スタイルの大きな特徴です さらに、もう一つの大きな特徴は そこはかとないウィットがあり、最後の1行で読者を唸らせることです。それは、時に大笑いを呼び起こします 「中野のライオン」はその典型でしょう。電車の中で読まなくて良かったと思います

エッセイに書かれているのは、自分の家族や転勤先の学校の友達や先生たちとの思い出などが中心ですが、向田邦子という人は、よほど記憶力が良いのだと思います それだけでなく、小学生の頃から人間観察力が並外れていたことが分かります さらに、それを自分自身の言葉で語り、読者に共感させる能力を備えています 彼女の文章は真似しようと思っても真似できない独特のスタイルを持っています

エッセイ集「眠る杯」に収録された「水羊羹」は、「私は・・・脚本家というタイトルよりも、味醂干し評論家、または水羊羹評論家というほうがふさわしいのではないかと思っております」と本人が書いているように、水羊羹の正しい食べ方から、食べる時のBGMに至るまでの蘊蓄を傾けていますが、これについては、音楽が絡んでいる話なので、後日あらためて書いてみたいと思います

エッセイ集「霊長類ヒト科動物図鑑」に収録された「ヒコーキ」は、「スチュワーデスの方に一度本音を伺いたいと思っていることがある。あなたがたは離着陸のとき本当に平気なのですか。自転車や自動車が走り出すときと全く同じ気持ちなのですか。ノミが食ったほどにも、こわいとは感じないのですか」という書き出しから始まります そして、25年くらい前、大阪に行く時に友人が話してくれたエピソードを紹介します 「いざ離陸というのでプロペラが廻り出した。一人の乗客が急にまっ青な顔になり、『急用を思い出した。おろしてくれ』と騒ぎ出した。『今からおろすわけにはいきません』。止めるスチュワーデスを殴り倒さんばかりにして客はおろしてくれ、おろせと大暴れして、遂に力づくで下りていった そのあと飛行機は飛び立ったが、離陸後すぐにエンジンの故障で墜落した。客は元戦闘機のパイロットであった」。この話を聞いて大阪行きの飛行機に搭乗した向田邦子は「プロペラが廻り出すと胸が絞めつけられるようになった」と不安に襲われましたが、無事に大阪に着いたそうです 「このときの気持ちが尾を引いているらしく、私はいつまでも離着陸のときは平静でいられない」と書いています

1981年8月22日、台湾・台北松山空港発高雄行きの遠東航空103便(ボーイング)が台北を午前9時54分に離陸して14分後、台北の南南西約150キロメートルを巡行中に突然空中分解し山中に墜落した。この事故で乗員6名、乗客104名の合わせて110名が死亡した。原因は機体の金属疲労と言われている

この日が向田邦子の命日となりました。享年52歳。その才能を思う時、あまりにも早すぎる死でした 離陸の時、彼女はどんな思いを抱いていたでしょうか

 

     

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