キカクブ日誌

熊本県八代市坂本町にある JR肥薩線「さかもと駅」2015年5月の写真です。

「そして謎は残った」―伝説の登山家マロリー発見記

2020年12月23日 | ☆読書

図書館に本を返しに行ってヒマラヤ関係の本があるかなと登山コーナーに回って見つけた本です。 
そもそも登山に興味がなく、このマロリーという人のことも知りませんでした。先日読んだ、夢枕獏の「エヴェレスト〜神々の山嶺」という小説の中に大きく取り上げられていて知ったのですが、この人は「そこに山があるからだ」と言った方だったのですね。
その言葉なら知ってる!


読み始めてすぐに「大当たり!」な本だと分かりました。

こういう本を読みたい!
こういう本が読みたかったんだ!

面白くて読み終わるのがもったいないほどでした。


 私と違ってマロリーという登山家の事をご存知ない方は少ないかもしれませんが、説明をすると…


 世界最高峰エベレストに人類が初登頂を果たしたのは1953年のイギリス隊だとされていますが、それより30年前の1924年に、もしかしたら初登頂したかもしれないといわれてました。
 なぜかというと、1924年のイギリス隊のメンバーであったマロリーとアーヴィングの二人が頂上アタックに出かけたあと行方不明になったからなのです。その後遭難死ということになりますが、果たして頂上を踏んでから遭難したのかそれとも頂上にたどり着くことなく遭難したのかそれが長年の謎だったわけです。

 夢枕獏の小説にはそのマロリーが頂上アタックの時に持って行ったカメラの話が登場します。もし初登頂がなされていれば必ず写真を撮っただろうから、カメラさえ見つかればその謎が解けるというわけです。なかなかスリリングで面白い小説でした。

 一方、この本は小説ではなくノンフィクションです。

 1999年にマロリーとアーヴィング二人の遺体を見つけるためだけの調査隊が組織されました。二人を見つけることが出来れば(特にマロリーのカメラを見つけることができれば)、彼らが頂上にたどり着いたのかどうかの謎が解けるだろうというのです。ちなみに高度8000mを超えるエヴェレストのような山では、遺体は腐敗することがなく、かといって人力で下ろすこともできないため、遭難した人たちはずっとそのままなのだそうです。想像のつかない世界ですね。

 1924年のマロリーたちの登山の様子、それから1999年調査隊の登山の様子がたくさんの資料をもとに交互に語られ、非常に臨場感を持って読み進むことができます。

最後にどうなるかということはここには書かずにおきますが、タイトルにもあるとおり、すべてを解き明かすことはなかなか難しいものです。


 マロリーたちの遭難は75年前(今からだと100年近く昔)のことなので、ある意味考古学的な手法が用いられて調査が進みます。それは古代遺跡の発掘などにも似たロマンです。そして、その調査がマロリーの謎の魅力にとりつかれた数人の「個人」の情熱により成し遂げられたというのもワクワクするポイント。
 
事実の前にはフィクションは霞んでしまいますね。



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