雨曇子日記

エイティライフの数々です

狐火(きつねび)

2014-01-24 12:10:57 | エッセー
     
     (笠間神社の狐)


狐火(きつねび)と聞くと、私などは池波正太郎の小説に出てくる盗賊を連想してしまうが、辞書を引くと「暗夜、山野などに見える怪火・鬼火・燐火などの類。狐の提灯」と出ている。

明治42年生まれで山村に育った私の父は、こんな話を残している。


やまがの冬の夜は、暗く冷たい。
夕方は早く、午後3時ごろには山の端に夕日が沈む。
夕闇があちこちの森の茂みや、山の谷間から流れ出て、またたくまに家々を包み込んでしまう。
白く流れ出ていた破風(はふ)からの煙も、もう見えなくなってしまう。

いろりを囲んでの夕食の楽しいひと時も過ぎ、世間話にもあきて、しんしんと迫ってくる寒さに、もう床の中が恋しくなる。
テレビもラジオもない。暗いランプと、細々と燃えるいろりの火だけが、わずかに明るく、何かを語りかけているようだ。

寝る前に小用をと、重いくぐり戸を開けて外に出ると、夜の寒さは暗闇と同じように身に迫る。ぶるっと震えて便所に向かう。
すると、東のほうの山の中腹に、ろうそくを立てたような明かりが、5つ、6つ、ちらちらと燃えているように見える。
後になり先になり、動いているようだ。時に、少し高くなり低くなり、また動いたり止まったり、消えたかと思うとまた灯った。

寒さを忘れて見とれている私に、母が、「狐の嫁入りだよ。早くおねりよ」と声をかけた。