三月花形カブキ
通し狂言『キリタロウ天狗のサカモリ』
役者
ハシノスケ
ヤジュウロウ
アイノスケ
シンシャ
キカク
カンタロウ
シチノスケ 他
百十一年ぶりに復活通し狂言ということで、ミナミ座に行ってまいりました。
この狂言、廻り舞台を発明した名作者・並木正三が書き上げたスケールの大きな作品といううたい文句だけあって、歌舞伎の醍醐味が濃縮され、荒事風味を堪能できる一演目。
形
宙吊り
六法
みえ
衣装
舞台
曲
化粧やカツラ
男前
・・・どれをとっても面白い。
しっとりとした上方歌舞伎ではないが、もう一度観たくなる格好の良さで、胸がすく思い。
話はいたって単純で明快。
天狗の妖術使うは源氏の宝を奪う大盗賊のキリタロウ。
このキリタロウに扮するは、ハシノスケ。
上にも書いたが、衣装も化粧もみえも形も素敵。
ハシノスケさんが今回の役が男前で、かっこよすぎなのだ。
高校時代にひとりカブキに通った時のコウシロウ(当時ソメゴロウ)とニザエモン(当時タカオ)への思いに似ている。
久しぶりにドキドキワクワク…
この気持ちは去年の新春カブキのニザエモンを観るがために、昼夜4回ショウチク座に行った気持ちに近い…阿呆な私…
喜之平(アイノスケ)は薬売りで、まるで『ウイロウウリ』を思わせる台詞や風貌。ちなみに、早口言葉は無い。
『マツリ』や『ドンツク』をも感じさせる、当時の人々の息吹が感じられるワンシーンだ。
薬でたちまち何にでも効くといった場面では、癪やおでこの大きなおできをもたちまちに治してしまう。
このでこのおできは『スパッ!』と切り取り、膏薬を貼るとたちまち治るとのこと。
アイノスケさんの手元が少しずれ、眉毛の上に貼り付けてしまったから、さぁ大変と思いきや…とっさのアドリブで、
「ひゃぁあ~、治りました。治りました。でも、ちと位置が違いまする…」
上手い、でも、これにわ笑った…
薬売りの喜之平(アイノスケ)が以前仕えていた天狗と現在自分の置かれた源氏への忠義ノ板ばさみになる。
喜之平は天狗は白旗と宝、源氏側には天狗の妖術をなくす術を教え、自害。
この喜之平が自害し、花道方向を見つめるその上では、キリタロウが桜木(シチノスケ)を連れ去る宙づり場面。
桜木(シチノスケ)が花道せり上がりの場所で、黒衣に背中部分にチェーン取り付けられている間、アイノスケさんは静かながらも死に絶える名演技。
花道に気を取られていた方も多いようだが、このアイノスケサン、しっかりと自分の役割を果たしておられた。
さ~すが、マツシマ屋。
天狗は白旗と宝を手に入れ、鎌倉を倒そうとするが、和田新左衛門(ヤジュウロウ)などの活躍により、天狗妖術を失い、野望は断たれる。
演技と台詞の大好きなヤジュウロウさんは今回出番が非常に多い。嬉しい~。
義時に代わり、悪を追い詰める男前役。
化粧も心なしか、いつもよりは念入り。
一度目の花道からの出で、少し台詞を感でしまわれましたが、こんなことは初めてで、こういった違ったヤジュウロウさんも素敵かな~~と感じました。
演技の上手さは渋い役柄がぴったりで、義時の立場が本当にないんですよね。
ここでカブキらしく形を大切にした だんまり。
最後は全員が『つらね』で、全員形を大切にして、みえをきる。
カッコイイ~~!
今回夫は仕事で海外出張でアメリカ。ふたりの子どもはそれぞれ中近東とヨーロッパ。
ひとり家に取り残された私を気遣って、夫がチケットを取ってくれました。
今までは三~六列目の花道側が好きだったのですが、今回初めて花道側のかぶりつき。
周りはたいそうなご贔屓筋の方たちばかりだったようで、少々場違いな思いもしましたが、とにかく役者さんがよく見える。
表情や視線まで尾にわたり細にわたり分かるものだから、恥ずかしいやら勘違いするやら…
かぶりつきに抵抗力のない私には、相当な嬉しさと感動も大きい。
ヤジュウロウさんが好きだったのに、帰るころにはもともと少し好きだったハシノスケさんのファンになっている始末。
もともと シカンさん(ハシノスケさんの父)も大好きな私。
以前にも書きましたが、私の場合、上手い役者さんや素敵な役者さんなど、好きな役者さんが多すぎて困ってしまいます。
今までかぶりつきはポリシーとして避けていたのですが、夫が、『そういった経験も良いだろう』と気遣って撮ってくれたチケット。
「宙吊りがあるのに~~」なんて間違っても言えやしない。
こうして初かぶりつき経験をした私ですが、当の芝居はといえば 私にとっては慣れている、三列目以降の方が観やすいというのが実感。
最前列の花道近くは舞台の左1/5が全く見えない。
時々左を見ては、右の舞台と頭の中で合成させるといった余分な作業が生じてしまう。
ゆえに舞台の全体の雰囲気は私には楽しめないのかも知れない。
また私的には、『ウメガワチュウベイ』のように雪の降る演目は避けたい。
『ウメガワチュウベイ』は何といっても六、七列目以降が雪が美しく、幻想的に感じるのだが、実際にはどうなのだろうか。
今回かぶりつきのせいか、私の理解力のなさのせいかは定かではないが、舞台の細部をことごとく舐め回すように観ることはできなかった。
ただただ役者さんのかっこよさに見とれていた私…
芝居とは、こんな素敵な楽しみ方もあるのかと、改めて実感。
こんなに心ときめくのならば、席さえ取れる場合は、時々ならかぶりつきもいいなと痛感した『三月花形カブキ』であった。
特に『もえぇ~』って感じの役者さんが出演なさるときに…本当に私って、馬鹿だな。
もちろん今後はハシノスケさんもシカンさん同様にチェックしなくては…
台詞としては『・・・・し』『・・・・し』『・・・・し』『・・・・し』
と『し』で韻を踏んだり、ノウガク的な口調や声色、曲の部分が楽しめた。但し『ウメチュウ』の八平衛のような怖い言い方ではない。
また、
「落ちたところが、鶴岡天神」
といった台詞は『ゴトサンバソウ』の「くるりと回って鶴の間」を思い浮かべ、ほくそ笑む。
紅・白の梅ノ木を持ってきて、
「一枝(いっし)を切りし者は、一指(いっし =クマガイでは 一子)を切る」
って、『クマガイ陣屋』にでてくる台詞そのまま(漢字、意味違い)。
但し、『クマガイ陣屋』では
「一枝(いっし)を切りし者は、一子(いっし)を切る」、
にもじり、『キリタロウ天狗のサカモリ』 では
「一枝(いっし)を切りし者は、一指(いっし)を切る」
と言ったパロディの形をとっている。
劇中でも『クマガイ陣屋にちなんで(或いは・・・・見立てて)「一枝(いっし)を切りし者は、一指(いっし)を切る」』
と言った場面がある。
この狂言『キリタロウ天狗のサカモリ』 が百十一年演じられなかったのは、こういったB級台本の由縁かもしれない。それだけに、寄せ集めてきな要素が、役者によっては面白みを増すともいえよう。たんきり芝居ではないが、カブキとしての醍醐味を充分味わえる、良いとこ取りの濃縮版。まさにポンキッキ型芝居といえる。
さてこの演目にも『カゴノツルベ』のように『名剣オニキリマル』という刀が出てくるが、カブキには一体どれくらい名剣のでてくる演目があるのだろうか…
『シラナミ五人オトコ』ほどではないが、今も余韻に浸ることのできるスカッとカッコイイ演目の一つ。
あぁ~、楽しい芝居だった。