「介護録」とユルユル日記

介護終了、ブログタイトルかえました。

ご挨拶

2014年12月7日をもって私の介護生活は終了しました。

介護中、このblogに毒吐きし、多くの介護仲間さんに助けられました。
過去記事を読むと穴があったら入りたい気分でもありますし、今とは考え方も違うところもあります
身勝手な独りよがりも多々ありますが、そんなあれこれも、介護中の方たちのデトックスに一役かえたらという思いから「介護録」として残しておくことにしました。

今後はユルユルと日常をつぶやきながら時に介護や認知症に対する思いを書いていこうと思います。

タティング

タティングは↓こちらに 写真をアップしていくことにしました。
お暇が出来たらのぞいてやって下さい。
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永眠

2014-12-14 | ●介護録(~2015.2月)
12月7日 午前5時45分 母は認知症から解放されました。

前日まで、何らかわりなく
7日朝、病院から突然の電話
「急変」の知らせ。
おそらくその時点で亡くなっていたんでしょう。

私が到着した時、個室に移されていた母は鼻から酸素を送られて「生かされて」いました。

明らかに生きているそれとは違う顔色に、ああ、やっぱり終わったんだという意識と、酸素を送られている姿に
まだ大丈夫なの?生きてるんだよね?という意識が一度に頭を駆け巡ったけど
それは一瞬
思いのほか冷静な自分がいました。

介護が終わったんだ…………
ほっとした?
…………う~ん、それほど単純でもない

悲しい?寂しい?
もちろん

でも
携帯が今鳴るかも?と思う日々、
重たい心を引きずって病院に通う日々から解放されたという感覚も確かにあって…………


昨日、初七日を終えたばかりでまだ色々やることがあり、
変な疲れもあり
気が張っているかもしれない自分

時々、ジワッと涙が……


きっと後悔ばかりが残るだろうと思っていたけど、不思議とそれがありません。
もう私に出来ることはなかった…………。

二度目の入院からほぼ一年
在宅でいきなり亡くなっていたらもっと辛かったんだろうけど、私は
療養病棟に入ってもう退院はないと言われた日
たくさん泣いて
そこから心の準備をしていたのだと思います。


認知症、在宅介護、それらを通してネットの世界で出会い、
一緒に泣いて、笑って、愚痴って、怒って
痛みや切なさを共有した介護仲間やエールをくれた理解者のみなさん
たくさんの言葉を、心を、励ましをありがとうございました。
私の介護生活は終わりました。