「介護録」とユルユル日記

介護終了、ブログタイトルかえました。

ご挨拶

2014年12月7日をもって私の介護生活は終了しました。

介護中、このblogに毒吐きし、多くの介護仲間さんに助けられました。
過去記事を読むと穴があったら入りたい気分でもありますし、今とは考え方も違うところもあります
身勝手な独りよがりも多々ありますが、そんなあれこれも、介護中の方たちのデトックスに一役かえたらという思いから「介護録」として残しておくことにしました。

今後はユルユルと日常をつぶやきながら時に介護や認知症に対する思いを書いていこうと思います。

タティング

タティングは↓こちらに 写真をアップしていくことにしました。
お暇が出来たらのぞいてやって下さい。
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独りっ子介護ゆえの……

2016-09-08 | ●介護回想(2015~)
介護初心者のとき、本だとか専門家に
「こうしましょう」とか「○○してあげましょう」「こうしなくてはいけません」と書かれていたり、直接言われて

出来ない!
上手くいかない!
言われた通りにやったのに!
と落ち込む経験はみんなあると思う。

私が介護を始めた頃は、今ほど介護する側の視点で物事が語られることはなく
あなたは健常者だからガマン、あなたのやり方がマズイ、もっとうまくやりなさいという論調がおおかった。
まだ、介護経験談は美談として語られていた。

例えば
母を叱ったのは不潔行為をした一度だけ
なんてことが書かれた介護本。
今の私なら、ホントかぁ?と疑って、この本は×と評して終わり。
(もしくは、認知症といってもうちの母のようなアルツハイマー型ではなくて、年相応のボケ的な対応しやすいケースだったのかもしれない)

でも、介護初心者のころの私は
「どうして自分はうまく出来ないの?人としてどこかおかしいんじゃないか?……きっと独りっ子だから……何かが欠落してるんだ……」
と考えた。

独りっ子って
ワガママ、甘えん坊、兄弟の関係を知らないために云々……
と言われる。(そういう側面があることを全否定しないけど)

子供の頃
例えば、「それは嫌だ」というと
「独りっ子だからね~~(ワガママなんだ)」と言われてしまう。
その「嫌だ」は、大したことではなく、他の誰かも普通に言うことなんだけど、独りっ子だとそこを突かれる。

それがやっぱり嫌で、
ここでやりたくないと言ったら独りっ子だからと言われるからガマンしようって、よく思った。

そんなちょっとしたトラウマのせいか
介護で、母にイライラしたり、キツいことを言ってしまうのも独りっ子のせいかも知れないと思ってきた。

そんな私……
昨日、同じ独りっ子介護者さんと話した

「マニュアルのようにうまく介護出来ないのは自分が人としてどこかおかしいからかと思ってた」
「ウンウン」……激しく同意する独りっ子介護者さん。
「実はずっと、それは自分が独りっ子のせいかもしれないと思ってきた」
そういうと、電話の向こうで独りっ子介護者さんは泣き出した。
同じ思いを持っていたから。

私だけじゃなかったんだ……と救われた。

子供の頃は何にせよ、独りっ子のせいにされることがあり、それはなぜだか妙に悲しく、嫌だった。
言われると、言い返すことも出来ず黙る。耐える。
世の中の人は多分、独りっ子だから~~と言うことに変な意識はないんだろう。
でも、独りっ子だから~~という言葉に含まれる意味は絶対にいい意味じゃないものね。
だけど、独りっ子に生まれたことはどうにもならない。
私のせいじゃない!と激しく思っていたあの頃。

今は独りっ子家庭も多いから、いいなぁ~~なんて思う私。


独りっ子介護者は

色々一人で背負う
一人で最終決断
ヘルプを気安く頼める人がいない
役割分担が出来ない分ストレスもたまりやすい
等々ある。

でも逆にいえば
口だけ番長はいない
一人で決めるからもめない
お金のことで嫌な思いもしない
一人で出来ないことは有料でも他人の手を借りてかえってスッキリ
というよいところもある。

一長一短。

ひとり介護は心細いけど
ひとり介護は重いけど
なんとかなる

生まれるときも死ぬときも人はひとりなんだから
といいながら

人はひとりでは生きていけないんだよ……
なんて言葉もやっぱり心に痛いけど

独りっ子介護、頑張れ!