今年は例年より年賀状が少ないと思ったが、ちょっとビックリしたのは
慶応大学医学部、解剖学教室からの年賀状だった。
実は長年の念願だったが、家族の気持ちも考えて、自己主張の強い私が抑えて
いた「献体登録」だった。でも年齢的にもそろそろと考えて切りだし、家族の
理解を得て娘がサインし、確か昨年の10月頃に正式に、慶応病院医学部
の解剖学教室に登録できた。私は死んでも医学のために、少しは貢献できると
言う嬉しい気持と同時に、死ぬのは全然恐ろしくないが、あまり長くない命なの
だとの思いとが交錯して、実は小々複雑な思いだった。
※インドパハルガム

慶応大学病院に決めたのは、実母のお墓がある四谷の笹寺に、慶応大学病院で
医学のため解剖した動物さん達の供養塔がある。私はお墓参りに行く度に手を合わ
せていたが、そんなご縁からだと思っている。人間のために犠牲になった、動物に
感謝の気持ちを捧げていた。いつも積極的、行動的なので、大変勝気だと思われ
がちだが、物凄く臆病でかなり神経質だと思う。
献血歴は170回近いのに、先端恐怖症のため、まだ一度も注射針を見たこと
もないし、テレビの注射場面も絶対に見られない。でも死んでしまえば単なる物体
でしかないので、たとえ何をされても一向にかまわない。
まして体は「ブラックスボックス」なので、これからの医学の進歩ために少しで
もお役に立てれば、こんな嬉しい事はないと思うからだ。
誰にでも死は絶対的なものだが、陽気な私は多分スキップしながら、あちらの
世界へ行くはずだ。だからこそ、生きている間は燃えていたい。
慶応大学医学部、解剖学教室からの年賀状だった。
実は長年の念願だったが、家族の気持ちも考えて、自己主張の強い私が抑えて
いた「献体登録」だった。でも年齢的にもそろそろと考えて切りだし、家族の
理解を得て娘がサインし、確か昨年の10月頃に正式に、慶応病院医学部
の解剖学教室に登録できた。私は死んでも医学のために、少しは貢献できると
言う嬉しい気持と同時に、死ぬのは全然恐ろしくないが、あまり長くない命なの
だとの思いとが交錯して、実は小々複雑な思いだった。
※インドパハルガム

慶応大学病院に決めたのは、実母のお墓がある四谷の笹寺に、慶応大学病院で
医学のため解剖した動物さん達の供養塔がある。私はお墓参りに行く度に手を合わ
せていたが、そんなご縁からだと思っている。人間のために犠牲になった、動物に
感謝の気持ちを捧げていた。いつも積極的、行動的なので、大変勝気だと思われ
がちだが、物凄く臆病でかなり神経質だと思う。
献血歴は170回近いのに、先端恐怖症のため、まだ一度も注射針を見たこと
もないし、テレビの注射場面も絶対に見られない。でも死んでしまえば単なる物体
でしかないので、たとえ何をされても一向にかまわない。
まして体は「ブラックスボックス」なので、これからの医学の進歩ために少しで
もお役に立てれば、こんな嬉しい事はないと思うからだ。
誰にでも死は絶対的なものだが、陽気な私は多分スキップしながら、あちらの
世界へ行くはずだ。だからこそ、生きている間は燃えていたい。