博客 金烏工房

中国史に関する書籍・映画・テレビ番組の感想などをつれづれに語るブログです。

『大軍師司馬懿之軍師聯盟』その6

2017年08月01日 | 中国歴史ドラマ
『大軍師司馬懿之軍師聯盟』第31~36話まで見ました。

鍾会が推すまでもなく司馬懿に既に目をつけられていた鄧艾。吃音に悩む彼ですが、自分をバカにしない恋人の子夜と、よき理解者となった司馬懿の前ではスラスラと話せるようです。その屯田策が評価され、新設の屯田令として、曹洪ら魏王朝の宗親たちの地盤である譙県から屯田制の施行を試みることになります。

それに危機感を抱いた宗親たちは、一族の子弟である夏侯玄を譙県県令に推して鄧艾と対抗させ、また後宮で司馬懿の妻張春華を義姉と慕う郭照の対抗馬として、山陽公となった献帝の二人の皇女を曹丕のもとに入内させます。司馬懿の方も負けてはおらず、自分を「老師」と慕う鄧艾と子夜との仲人となったりと、士族を中心とする党派を形成して宗親たちと対抗の姿勢を見せます。

司馬懿と宗親との対立を解消しようと、宗親の長老格かつ良心派の夏侯惇が司馬懿宅を訪ね、新政から手を引くように要求します。しかし司馬懿が「それだけはできない」と拒絶して物別れとなり、憤然とした夏侯惇が母屋を出た瞬間に邸宅内で突然死。これはどう見ても司馬懿が殺ったと思われるパターン…… 案の定夏侯惇の葬儀で息子の夏侯楙らが司馬懿を成敗すると息巻いておりますが、曹丕は青州・徐州の元黄巾党による反乱を鎮圧させるという口実で彼を鄴城から遠ざけます。

今回のお伴は、曹丕の指名もあって張春華ではなく、監視役も兼ねて柏霊筠に。不満顔の張春華ですが、老い先短い義父の司馬防を守るため、司馬孚らとともに留守居役をつとめることになります。曹真たちは司馬防がぽっくり逝けば、司馬懿が三年の間原籍地に帰郷して服喪しなければいけなくなると期待してますが、それを見透かした司馬防は、息子の出征中に自ら曹丕に申し入れをし、自分が死んでも服喪には及ばないこと、そして宗親との対立を緩和するため、長孫の司馬師と夏侯尚の娘(すなわち夏侯玄の妹)夏侯徽との婚約を了承させます。

さて、司馬懿の方は首尾良く反乱を収め、鄴城への帰還の途上で鄧艾が屯田を進める寿春へと立ち寄ろうとしますが(譙県での屯田は結局諦めざるを得なくなった模様……)、途中の宿で彼を父の仇と付け狙う夏侯楙に刺殺されかかります。負傷しつつも何とか難を逃れた司馬懿ですが、柏霊筠は曹丕が宗親たちの司馬懿へのヘイトを押さえきれず、彼らを宥めるために帰還のルートを漏らしたのではないかと疑います。このドラマの曹丕、こういう具合に何気にクズな所を見せるんですよね……

そして寿春では、曹洪が、鄧艾が軍糧を横領したと濡れ衣を着せ、彼を処刑してしまおうとしますが、夫を庇い立てした子夜が曹洪に斬殺されてしまいます…… 鄧艾は負傷を押して駆けつけた司馬懿によって救われますが、鄧艾と宗親たちとの間で拭いきれない遺恨が生じたのでした。そんな中、司馬懿ら士族と宗親との若いの象徴である司馬師と夏侯徽との結婚式が行われることになりますが……
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2017年7月に読んだ本

2017年08月01日 | 読書メーター
東アジアで学ぶ文化人類学東アジアで学ぶ文化人類学感想韓国・台湾・中国・モンゴルなどでのフィールドワークや研究の実例が紹介されているが、印象に残ったのは、戦前に日本による委任統治下にあったパラオの章で語られる、かつての植民地主義と結びつく形で展開された文化人類学への反省の話。本書の各章での試み全体が、植民地主義的な研究から脱皮した後の文化人類学のあり方を示すものということになるだろうか。読了日:07月02日 著者:

中国の近現代史をどう見るか〈シリーズ 中国近現代史 6〉 (岩波新書)中国の近現代史をどう見るか〈シリーズ 中国近現代史 6〉 (岩波新書)感想これまでのシリーズとはかなり毛色が異なり、本シリーズで扱った清朝嘉慶年間から21世紀初頭までの約200年間をグローバル・ヒストリー的な観点から見ていくという趣向になっている。実質的な分裂時代とされる軍閥抗争期も、中華民国の政治的正統性を公然と否定する勢力は存在しなかったと「建前」の部分を重視したり、国連の常任理事国五ヵ国はいずれも帝国的性格を持っており、中国もそのひとつにすぎないといった指摘が新鮮。読了日:07月04日 著者:西村 成雄

戦争の日本古代史 好太王碑、白村江から刀伊の入寇まで (講談社現代新書)戦争の日本古代史 好太王碑、白村江から刀伊の入寇まで (講談社現代新書)感想白村江の戦いは対外的な脅威を煽って中央集権化を進める口実にするという、国内的な要因によって引き起こされた戦争であり、その目的が達成されるなら敗北しても構わない戦いであったとか、反新羅感情や「小帝国」意識が近現代にまで持ち越されたのではないかという指摘が興味深い。反新羅感情の頑なさは近現代の反中感情にもつながるのではないかと思った。読了日:07月07日 著者:倉本 一宏

甲骨文の話 (あじあブックス)甲骨文の話 (あじあブックス)感想著者がこれまで甲骨文に関して執筆した一般向けの文章などを収録したものだが、論文で引用・言及されることもある「「甲骨文」における「書体」とは何か」などが収録されているのが嬉しい。ただ、内容としては比較的古い研究に自らの見解を加えたものが中心なので、書き下ろしの「『甲骨文合集』の刊行とその後の研究」をもう少し詳しく書いて頂ければ更に良かった。読了日:07月09日 著者:松丸道雄

道教とはなにか (学芸文庫)道教とはなにか (学芸文庫)感想仙人・呪言・呪符・煉丹術・日本文化との関わりなど道教にまつわる諸要素について解説している。個人的に面白かったのは、岡倉天心が道教に入れ込んでおり、その研究は当時としてはかなり高水準であったということと、最後の気功と中国政府との関係をめぐる話。気功が劉貴珍という共産党員を通じて発見され、ある意味「創造」されたということと、文革や法輪功といった要因により、政府による保護と弾圧の波があるという話が面白かった。読了日:07月13日 著者:坂出 祥伸

習近平の中国――百年の夢と現実 (岩波新書)習近平の中国――百年の夢と現実 (岩波新書)感想習近平の評伝的なものかと思いきや、雑記的にいろんな話題を詰め込んでいる。習近平の抱える問題意識とともに問題点を描き出すなど、比較的「冷静」で「中立的」な論調になっているように思う。習近平が国家主席となる際に、前任の胡錦濤は江沢民の振るまいを意識して「完全引退」を宣言し、すべてを習に委ねるという姿勢を示したということだが、「七上八下」のルールを無視して現役続行を窺うような態度は、その誠意に応えることになるのだろうか。読了日:07月15日 著者:林 望

入門 公共政策学 - 社会問題を解決する「新しい知」 (中公新書)入門 公共政策学 - 社会問題を解決する「新しい知」 (中公新書)感想公共政策学の入門というより公共政策決定のプロセスをまとめた本のように感じた。「客観的・中立的な立場の専門家が価値中立的な分析によって政策案を形成する」という政策決定のあり方は幻想であり、一般の人が専門家とは違った枠組みで物事を判断するのは知識不足として批判されるものではないという指摘が面白かった。昨今反原発運動や豊洲問題に絡めて取り上げられる「安全より安心」という言葉に通じる視点だと思うが、これを「感情論」として片付けるのはおかしいということになるだろうか。読了日:07月19日 著者:秋吉 貴雄

観応の擾乱 - 室町幕府を二つに裂いた足利尊氏・直義兄弟の戦い (中公新書)観応の擾乱 - 室町幕府を二つに裂いた足利尊氏・直義兄弟の戦い (中公新書)感想尊氏・直義の「二頭政治」論の見直しなど、佐藤進一による通説の検証と、直義・師直頼りだった尊氏が指導者として覚醒していく過程を中心に描く。直義による「三条殿体制」が継続すれば、以降の室町幕府のあり方はどうなったのか、それとも二人の対立は必然だったのかと想像しながら読み進めた。また終章の「観応の擾乱」が歴史用語としては比較的新しいという話も面白く読んだ。読了日:07月22日 著者:亀田 俊和

ようこそ文化人類学へ: 異文化をフィールドワークする君たちへようこそ文化人類学へ: 異文化をフィールドワークする君たちへ感想従来調査される側だった「未開」とされてきた地域の人々が調査する側となり、外国での異文化体験を求める学生が入ってきた分野ではなく、LGBTなどの身近で新しい問題を考えたいという学生が入ってくる分野となった時代の文化人類学の入門書。マリノフスキやモースなどの古典的な研究と新しい傾向とをバランスよく、かつうまく接続した入門書になっている。読了日:07月22日 著者:川口 幸大
昭和史講義3: リーダーを通して見る戦争への道 (ちくま新書 1266)昭和史講義3: リーダーを通して見る戦争への道 (ちくま新書 1266)感想今回は首相・外相などの指導者の評伝を集めるという趣向。それぞれの指導者の挫折の物語として読めそうだが、宇垣一成に関して、「民主主義の信奉者」という評価が買いかぶりなら、「宇垣内閣流産」を仕掛けた陸軍側も彼を別の意味で買いかぶっていたのではないかという話が特に面白かった。読了日:07月25日 著者:筒井 清忠

オリュンポスの神々の歴史オリュンポスの神々の歴史感想ギリシア神話の神々の信仰が薄れたのはキリスト教の影響と何となく思っていたが、本書によるとソクラテスの時代に既に信仰への疑問や神像への冒瀆的行為が見られるようになっていたとのこと。そして中世ヨーロッパやイスラム世界でも、時に中世騎士の鎧や修道僧の衣服を身にまとっい、時に星座や天文学と結びつく形でといったように、書中の表現にあるように、どんなことでもしてオリュンポスの神々がしぶとく生き残ったさまが描かれる。何となくどんな宣伝でも引き受ける現代のキティちゃんを連想してしまったが…読了日:07月30日 著者:バルバラ・グラツィオージ
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