
ダーウィンの進化論、進化学から遺伝学、そしてそれらの闇の側面としての優生学の展開をたどる。自然科学としての進化論と社会進化論との関係に興味があって読んだが、社会進化論についても言及されていたものの、優生学の母胎になったということで進化論そのもの、あるいはダーウィンその人の発想にも問題の芽があったことを知る。科学は価値中立的でも科学を扱う人間は果たしてどうだろう?ということを考えさせられる。
読了日:02月01日 著者:千葉 聡

農業史の概説ということだが、作物の品種改良から農機具の問題、食物、養蚕と被服、そして肥料と思ったより話題が広範。議論に関係して特定の文章の引用関係など、意外にも文献学に関係するような議論もある。こういうことは何を研究するにしてもつきまとう問題ということだろう。カブラなどアブラナ科の作物の時代ごとの描かれ方に注目したりなど図像学的なアプローチもあり、また著者の前著『妻と娘の唐宋時代』と同様、小説も史料として積極的に使用しており、小説を史料とする際のよい手本となる。
読了日:02月06日 著者:大澤正昭

イスラーム圏で行われてきたムダーラバという商売、投資の方法、そしてそれを応用した無利子銀行など、資本主義経済のアンチテーゼとしてイスラーム経済を解説していく。どこかで見たような方法だなと思ったら、終盤で西欧もイスラーム経済の発想を取り入れていたことや、本邦の頼母子講がムダーラバの発想に類似していることが指摘される。「国家の体制や社会が異なる」なんてことは言わず、我々とは違う経済のあり方にも注目していくべきと思わせられる。
読了日:02月07日 著者:長岡 慎介

近年動向が注目されるチベット族やウイグル族だけでなく、朝鮮族や日本人になじみのない回族やチワン族、更に漢族内のグループである客家や、中国の民族の総体とも言うべき中華民族も取り上げている。かつての漢人八旗なども含まれているという満族のあり方からは民族の内実の曖昧さがうかがえる。回族について漢人と回民の共存・反目の歴史を取り上げるなど、歴史性に着目するのは本書の特徴だろう。客家について巷間言われてることに実は根拠が薄いということや、民族服との絡みで漢服ブームについても取り上げられている。
読了日:02月12日 著者:安田 峰俊

商標などの意匠としても使われることがある青銅器の族徽から殷周時代の文化や文字の展開をたどるという趣旨。メインの章が設問形式になっているのが楽しい。序章と終章の総論、章と章の間のコラムも読み応えがある。ただ、族徽の形や成り立ちからその氏族の職掌を探るというのは、著者が批判する白川文字学のあり方、古文字の字形や成り立ちから中国古代の文化を探るというのと方法として変わらないのではないかと思うが……
読了日:02月13日 著者:落合 淳思

『戦争は女の顔をしていない』の個別のエピソードを深掘りしたような話だなと思ったら最後にオチが着いていた。クリミア併合など布石となる事件があったとはいえ、原著がウクライナ戦争以前に書かれていたというのには驚かされる。それで著者も苦労したようだが。
読了日:02月15日 著者:逢坂 冬馬

「背教者」ユリアヌスが信仰したことでも知られるミトラス教。「はしがき」を読むとミトラス教研究の第一人者であるキュモンの学説の検討を中心にミトラス教の実像に迫るのかと思いきや、それももちろんあるのだが、ミトラス教やキリスト教も含めたローマ帝国の神々、宗教について検討した本だった。しかし考古史料も駆使しつつミトラス教が東方のミトラス神の信仰を承けつつローマで誕生したこと、主要な信者の身分、教義など、随分細かい所まで検討が可能なのだなと感心した。
読了日:02月17日 著者:井上 文則

倭寇そのものに関する議論もあるが、どちらかというと倭寇が出没した時代以後の海の視点からの中国史というか、倭寇概念、倭寇性に着目した中国史という感じ。「倭寇」の「倭」の部分に着目したら前期倭寇と後期倭寇との区分はナンセンスだが、「寇」の部分に着目すると区分する意味が出てくるという話や、洋務運動から辛亥革命までの四象限の図式などは面白い。ちょっと議論が無理やり気味かなと思いつつも康有為や孫文の出身地、香港と台湾という地点など倭寇との符合に注目する所などはグイグイ読まされてしまった。
読了日:02月21日 著者:岡本 隆司

日清戦争前夜から日中戦争の頃までの対中感情の推移を、特に子ども向けの雑誌の記事やイラストを中心にたどる。同時代の中国(人)に対して一貫して侮蔑や嫌悪、憎悪の感情が見い出せる反面、孔子や関羽など古典世界の偉人は一貫してリスペクトされているという、現実世界と古典世界との対応の乖離は、著者も指摘するように現代でもそう変わらない。「しかしよくもまあ」と当時の表現の数々に呆れるとともに、このことに対する反省なくして今の中国(人)の諸問題を批判するのは態度として不当ではないかと感じさせられた。
読了日:02月23日 著者:金山 泰志