BLと中国—耽美(Danmei)をめぐる社会情勢と魅力の感想
歴史上の男性同性愛の位置づけ、BL小説をめぐる事件と当局の政策、そしてそれを原作として制作された実写ドラマやラジオドラマをめぐる制作者側の検閲を掻い潜るための戦略と、ドラマ化作品を利用しようとする政治的思惑、日本側の評価等々、小冊ながら内容が濃い。取り上げる作品は『魔道祖師』『鎮魂』などが中心。現地での原作者の評価など、海外からはなかなか見えてこない事情も多々盛り込まれている。BLやブロマンスだけでなく、中国エンタメとその検閲に興味がある向きは読んで損はないと思う。
読了日:04月01日 著者:周密
暴力のありか: 中国古代軍事史の多角的検討の感想
戦争における暴力や「暴力機関」としての軍隊についての論集。以下個人的に興味深く読んだポイントを挙げる。金秉駿論文では諸子から『史記』に至るまでの正戦論を概観。佐藤論文では田猟賦と画像石が共通の説話に基づいている可能性に触れる。古勝論文では軍事面で期待される仏僧像を議論。これは後世の物語での軍師・国師像につながるかもしれない。宮宅第二論文では秦による統一戦争に伴う貨幣の増産について言及。鷹取論文では「五十歩百歩」の故事が当時の戦争の実態に基づいていたと指摘。
読了日:04月04日 著者:
魔女狩りのヨーロッパ史 (岩波新書 新赤版 2011)の感想
近世という時代性特有のものとしての魔女狩りのメカニズムを紹介する。魔女狩りは裁判にゴーサインを与える国家や地域の政治上の問題、あるいはジェンダーや、老人と若者、子どもといった世代間の問題とも関係していたことを指摘している。ルネサンスの画家が題材として取り上げることで却って魔女のイメージをステレオタイプ化させてしまったことや、印刷技術との関わり、魔女の判定に関与した大学の罪を取り上げ、魔女狩りは理性的でないから起こったのではなく、むしろ理性の陥りやすい罠にはまったからこそ発生したとまとめている。
読了日:04月06日 著者:池上 俊一
漢文の読法 史記 游侠列伝の感想
別途出版された漢文の語法解説書をベースにまとまった篇を講読するという変わった漢文入門。しかも『史記』游侠列伝というのは刺客列伝などと比べて一般にあまり読まれていない篇ではないかと思う。ただ講読といっても語法解説、あるいは漢文を読むこと自体が目的なので、時代背景などの解説は抑えめ(それでも所々関係の論文を引いたりはしているが)。
読了日:04月07日 著者:齋藤 希史,田口 一郎
香港の水上居民―中国社会史の断面 (1970年) (岩波新書)の感想
かつて「蜑民」などと呼ばれることもあった香港水上居民の生活、生態、信仰などについてまとめる。半世紀以上前の本なので、これ自体が歴史資料と化している感がある。彼らの漁業について拘束時間が長いように見えて実働時間は以外に短く、休憩時間が長いというのは、2020年代の現在と比べると当時の労働自体が一般的にそういうものだったのかもしれない。
読了日:04月09日 著者:
日本思想史と現在 (筑摩選書 272)の感想
渡辺浩の雑文集というか自著も含めた書籍の紹介・書評・解題を中心とする文集。「可愛い」ことを求められる日本の女性、「性」を学界の重要課題として見なしてこなかった日本の政治学会の問題(これは歴史学に対する批判として現在も有効であろう)、「儒教」を宗教と見なすべきかという問題など、読みどころが多いというより著者が取り上げる論著が読みたくなるという仕掛け。テキストを適切に理解するためにまず自分の名乗りからしてそれらしく変えたという荻生徂徠たちの試みはなかなか真似できそうにないが、面白い。
読了日:04月10日 著者:渡辺 浩
地中海世界の歴史1 神々のささやく世界 オリエントの文明 (講談社選書メチエ)の感想
メソポタミア、エジプトの歴史をメインにしてヘブライ人、フェニキア人なども扱う。本巻で引き込まれたのはタイトルにもある神々の世界である。アクエンアテンの一神教信仰は彼の死後完全に忘れ去られてしまったわけでもなく、個人が直接に神に語りかけるという形での個人信仰のめばえに影響を与えたのではないかと言う。個人的にはオリエントの人々が神の声を聞いたとしたら、同時代の中国人は神の声を聞けたのかどうか気になるところである。
読了日:04月12日 著者:本村 凌二
中国古典小説史 ――漢初から清末にいたる小説概念の変遷 (ちくま学芸文庫 オ-38-1)の感想
『荘子』の「小説」に始まり、志怪から伝奇へという出だしの構成こそオーソドックスだが、基本的にはジャンルや類話ごとに文言・白話小説を織り交ぜて発展の跡を追っていくという構成になっている。しかも三国演義や西遊記といった有名作品を大きく取り上げないなど、内容もなかなか野心的である(しかし後年の著者とは違ってトンデモでない)。太古の夔から財神への有為転変、先行作品では活躍しながらも梁山泊に加われなかった好漢たちの事情などの話を面白く読んだ。
読了日:04月14日 著者:大塚 秀高
清代知識人が語る官僚人生 (東方選書 62)の感想
清代の官箴書『福恵全書』を中心にして見る地方官のキャリアと生活。科挙受験から始まり任地での知県の仕事ぶり、官吏同士の関係、そして離任までを解説。正規の役人だけでなく胥吏や衙役、幕友の生態についても紙幅を割いている。清初には挙人止まりでも知県として任用される道があったというのが意外。本書で取り上げられている黄六鴻は会試には受からなかったのに、後年会試の同考官を務めているのも思しい。知県や衙役などは中国時代劇でも登場することが多く、鑑賞のうえで必要な知識を提供してくれるだろう。
読了日:04月17日 著者:山本英史
哲学史入門I: 古代ギリシアからルネサンスまで (1) (NHK出版新書 718)の感想
インタビュー形式ということもあって取っつきはいいが、内容は決してわかりやすいわけではない。今巻で扱われる範囲のうち、中世とルネサンスの哲学は一般に馴染みがない分野であろう。しかし古代から時代を追って解説されることで何となく脈絡のようなものが見えてくるような気がする。その古代についても、哲学のはじまりは固定されているわけではなく、後から振り返ることではじまりの地点も変化していくという議論がおもしろい。
読了日:04月19日 著者:千葉 雅也,納富 信留,山内 志朗,伊藤 博明
訟師の中国史 ――国家の鬼子と健訟 (筑摩選書 227)の感想
訴訟社会だったという近世中国。「水際対策」のような形で訴訟を減らそうとするお役所に対していかに訴状を受理させるかで腕を振るう訴状の代書屋にあたる訟師は、歴代王朝によって弾圧の対象となり、社会的に蔑まれてきた。しかし彼らは政府の儒家的な理念と政策によって生み出された「必要悪」とも言うべき存在だった。本書では彼らの姿を他地域や近現代中国の状況との比較の上で描き出している。同時期に出た『清代知識人が語る官僚人生』の裏面的な内容で、セットで読むと面白い。
読了日:04月21日 著者:夫馬 進
神聖ローマ帝国-「弱体なる大国」の実像 (中公新書, 2801)の感想
歴代皇帝の事跡とともに帝国の体制に着目した通史。「ドイツ国民の神聖ローマ帝国」など各段階での国号変更の事由や選帝侯位の推移などについても詳しい。菊地良生も新書で同じタイトルの本を出しているが、帝国クライスや帝国議会など、帝国の政治制度についてはほとんどまり語っていなかったように思う。帯の背に「強くない国家が長く続いたのはなぜか」とあるが、長く続くには続くだけの理由があるというのが本書によって見えてくる。
読了日:04月25日 著者:山本 文彦
日本語と漢字: 正書法がないことばの歴史 (岩波新書, 新赤版 2015)の感想
漢字・漢語の読みからたどる日本語(彙)論。話は古代→中世→近世と時代順に進んでいくが、各章で議論されるポイントはそれぞれ異なる。個別のテキストの中での字形などの細かな差異に着目した議論が目立ち、「生のテキスト」を丁寧に読むことの大切さを教えてくれる。万葉の頃には日本語を書き表す文字として漢字をどう使うかという試みは一通り終わっていたのではないかという議論や、かな書きの連綿活字の話、近代中国語の取り込みの話などを面白く読んだ。
読了日:04月27日 著者:今野 真二
歴史上の男性同性愛の位置づけ、BL小説をめぐる事件と当局の政策、そしてそれを原作として制作された実写ドラマやラジオドラマをめぐる制作者側の検閲を掻い潜るための戦略と、ドラマ化作品を利用しようとする政治的思惑、日本側の評価等々、小冊ながら内容が濃い。取り上げる作品は『魔道祖師』『鎮魂』などが中心。現地での原作者の評価など、海外からはなかなか見えてこない事情も多々盛り込まれている。BLやブロマンスだけでなく、中国エンタメとその検閲に興味がある向きは読んで損はないと思う。
読了日:04月01日 著者:周密
暴力のありか: 中国古代軍事史の多角的検討の感想
戦争における暴力や「暴力機関」としての軍隊についての論集。以下個人的に興味深く読んだポイントを挙げる。金秉駿論文では諸子から『史記』に至るまでの正戦論を概観。佐藤論文では田猟賦と画像石が共通の説話に基づいている可能性に触れる。古勝論文では軍事面で期待される仏僧像を議論。これは後世の物語での軍師・国師像につながるかもしれない。宮宅第二論文では秦による統一戦争に伴う貨幣の増産について言及。鷹取論文では「五十歩百歩」の故事が当時の戦争の実態に基づいていたと指摘。
読了日:04月04日 著者:
魔女狩りのヨーロッパ史 (岩波新書 新赤版 2011)の感想
近世という時代性特有のものとしての魔女狩りのメカニズムを紹介する。魔女狩りは裁判にゴーサインを与える国家や地域の政治上の問題、あるいはジェンダーや、老人と若者、子どもといった世代間の問題とも関係していたことを指摘している。ルネサンスの画家が題材として取り上げることで却って魔女のイメージをステレオタイプ化させてしまったことや、印刷技術との関わり、魔女の判定に関与した大学の罪を取り上げ、魔女狩りは理性的でないから起こったのではなく、むしろ理性の陥りやすい罠にはまったからこそ発生したとまとめている。
読了日:04月06日 著者:池上 俊一
漢文の読法 史記 游侠列伝の感想
別途出版された漢文の語法解説書をベースにまとまった篇を講読するという変わった漢文入門。しかも『史記』游侠列伝というのは刺客列伝などと比べて一般にあまり読まれていない篇ではないかと思う。ただ講読といっても語法解説、あるいは漢文を読むこと自体が目的なので、時代背景などの解説は抑えめ(それでも所々関係の論文を引いたりはしているが)。
読了日:04月07日 著者:齋藤 希史,田口 一郎
香港の水上居民―中国社会史の断面 (1970年) (岩波新書)の感想
かつて「蜑民」などと呼ばれることもあった香港水上居民の生活、生態、信仰などについてまとめる。半世紀以上前の本なので、これ自体が歴史資料と化している感がある。彼らの漁業について拘束時間が長いように見えて実働時間は以外に短く、休憩時間が長いというのは、2020年代の現在と比べると当時の労働自体が一般的にそういうものだったのかもしれない。
読了日:04月09日 著者:
日本思想史と現在 (筑摩選書 272)の感想
渡辺浩の雑文集というか自著も含めた書籍の紹介・書評・解題を中心とする文集。「可愛い」ことを求められる日本の女性、「性」を学界の重要課題として見なしてこなかった日本の政治学会の問題(これは歴史学に対する批判として現在も有効であろう)、「儒教」を宗教と見なすべきかという問題など、読みどころが多いというより著者が取り上げる論著が読みたくなるという仕掛け。テキストを適切に理解するためにまず自分の名乗りからしてそれらしく変えたという荻生徂徠たちの試みはなかなか真似できそうにないが、面白い。
読了日:04月10日 著者:渡辺 浩
地中海世界の歴史1 神々のささやく世界 オリエントの文明 (講談社選書メチエ)の感想
メソポタミア、エジプトの歴史をメインにしてヘブライ人、フェニキア人なども扱う。本巻で引き込まれたのはタイトルにもある神々の世界である。アクエンアテンの一神教信仰は彼の死後完全に忘れ去られてしまったわけでもなく、個人が直接に神に語りかけるという形での個人信仰のめばえに影響を与えたのではないかと言う。個人的にはオリエントの人々が神の声を聞いたとしたら、同時代の中国人は神の声を聞けたのかどうか気になるところである。
読了日:04月12日 著者:本村 凌二
中国古典小説史 ――漢初から清末にいたる小説概念の変遷 (ちくま学芸文庫 オ-38-1)の感想
『荘子』の「小説」に始まり、志怪から伝奇へという出だしの構成こそオーソドックスだが、基本的にはジャンルや類話ごとに文言・白話小説を織り交ぜて発展の跡を追っていくという構成になっている。しかも三国演義や西遊記といった有名作品を大きく取り上げないなど、内容もなかなか野心的である(しかし後年の著者とは違ってトンデモでない)。太古の夔から財神への有為転変、先行作品では活躍しながらも梁山泊に加われなかった好漢たちの事情などの話を面白く読んだ。
読了日:04月14日 著者:大塚 秀高
清代知識人が語る官僚人生 (東方選書 62)の感想
清代の官箴書『福恵全書』を中心にして見る地方官のキャリアと生活。科挙受験から始まり任地での知県の仕事ぶり、官吏同士の関係、そして離任までを解説。正規の役人だけでなく胥吏や衙役、幕友の生態についても紙幅を割いている。清初には挙人止まりでも知県として任用される道があったというのが意外。本書で取り上げられている黄六鴻は会試には受からなかったのに、後年会試の同考官を務めているのも思しい。知県や衙役などは中国時代劇でも登場することが多く、鑑賞のうえで必要な知識を提供してくれるだろう。
読了日:04月17日 著者:山本英史
哲学史入門I: 古代ギリシアからルネサンスまで (1) (NHK出版新書 718)の感想
インタビュー形式ということもあって取っつきはいいが、内容は決してわかりやすいわけではない。今巻で扱われる範囲のうち、中世とルネサンスの哲学は一般に馴染みがない分野であろう。しかし古代から時代を追って解説されることで何となく脈絡のようなものが見えてくるような気がする。その古代についても、哲学のはじまりは固定されているわけではなく、後から振り返ることではじまりの地点も変化していくという議論がおもしろい。
読了日:04月19日 著者:千葉 雅也,納富 信留,山内 志朗,伊藤 博明
訟師の中国史 ――国家の鬼子と健訟 (筑摩選書 227)の感想
訴訟社会だったという近世中国。「水際対策」のような形で訴訟を減らそうとするお役所に対していかに訴状を受理させるかで腕を振るう訴状の代書屋にあたる訟師は、歴代王朝によって弾圧の対象となり、社会的に蔑まれてきた。しかし彼らは政府の儒家的な理念と政策によって生み出された「必要悪」とも言うべき存在だった。本書では彼らの姿を他地域や近現代中国の状況との比較の上で描き出している。同時期に出た『清代知識人が語る官僚人生』の裏面的な内容で、セットで読むと面白い。
読了日:04月21日 著者:夫馬 進
神聖ローマ帝国-「弱体なる大国」の実像 (中公新書, 2801)の感想
歴代皇帝の事跡とともに帝国の体制に着目した通史。「ドイツ国民の神聖ローマ帝国」など各段階での国号変更の事由や選帝侯位の推移などについても詳しい。菊地良生も新書で同じタイトルの本を出しているが、帝国クライスや帝国議会など、帝国の政治制度についてはほとんどまり語っていなかったように思う。帯の背に「強くない国家が長く続いたのはなぜか」とあるが、長く続くには続くだけの理由があるというのが本書によって見えてくる。
読了日:04月25日 著者:山本 文彦
日本語と漢字: 正書法がないことばの歴史 (岩波新書, 新赤版 2015)の感想
漢字・漢語の読みからたどる日本語(彙)論。話は古代→中世→近世と時代順に進んでいくが、各章で議論されるポイントはそれぞれ異なる。個別のテキストの中での字形などの細かな差異に着目した議論が目立ち、「生のテキスト」を丁寧に読むことの大切さを教えてくれる。万葉の頃には日本語を書き表す文字として漢字をどう使うかという試みは一通り終わっていたのではないかという議論や、かな書きの連綿活字の話、近代中国語の取り込みの話などを面白く読んだ。
読了日:04月27日 著者:今野 真二
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