伝統ある英国のTANNOY IIILZで聴く、音楽の父J.S.バッハ音楽を知る喜び・・・

音楽好きのIIILZ Monitor Goldユニットの箱を改良して楽しむダメオヤジ金ちゃんです。

クインシー・ジョーンズによる1962年のヒット曲『Soul Bossa Nova ソウル・ボサノヴァ(ボサノバ)』を聴いてみる。

2017年04月05日 | JAZZ・ボサノヴァ

昔の映画『夜の大捜査線』を最近テレビで再放送された。

今見ても映画に出ていたロッド・スタイガーの演技はやはり実に良い、味のある俳優だ!

個人的には全身をトラッドで決めてたシドニー・ポワチエも良かったが、

ただ、ボタンダウンシャツの袖口のボタンの2つ掛けは頂けない、

最悪のパターンの様な気がする。

折角伝統的なスーツのドレスシャツなんだから袖口ボタンは一つに拘って欲しかった。

筆者は何故か、未だにシャツは殆どボタンダウンシャツが多いが袖口のボタンは一つです。

今も愛用のボタンダウンシャツを落書きしてみました。

でもあの頃のトラッドの見本は、シドニー・ポワチエ、ウディ・アレン等は良いお手本でした。

当時服飾雑誌といえば、メンズクラブ程度しかなく、面白かった本ですがもう少し大人の本が欲しかった。

IVYと言うよりトラッドって感じの本が欲しかったな・・・・

勿論音楽はクインシー・ディライト・ジョーンズ二世(Quincy Delight Jones II、1933年3月14日 - )

アメリカ合衆国の音楽プロデューサー、作曲家。イリノイ州シカゴ出身。少年時代にトランペットを学ぶ。

10歳の頃にワシントン州に転居。そこで盲目のピアノ・プレーヤーの少年レイ・チャールズと知り合い、

ともにバンド活動を始める。 1951年、バークリー音楽大学を卒業後、

トランペット・プレーヤーとしてライオネル・ハンプトン楽団に参加。

そこでアレンジャーとしての才能を見出され、

カウント・ベイシー、デューク・エリントン、サラ・ヴォーンら ジャズ界のスターのアレンジを手がけるようになった。

此処で初めて知ったビックバンドジャズのクインシー・ジョーンズです。

此の映画はアフリカ系アメリカ人に対する差別が色濃く残っていて、公民権運動が盛り上がりを見せていた1960年代の作品。

音楽監督をクインシー・ジョーンズが務めていて、主題歌はレイ・チャールズが歌っている。

 

Quincy Jones - Foul Owl (In The Heat Of The Night OST)

 

ストリーもアメリカの悩みを風刺してロッド・スタイガーとシドニー・ポワチエとの絡みが実に渋い演技でした。

アルバム『Soul Bossa Nova (ボサノバ)』クインシー・ジョーンズビッグバンドのための彼の

アレンジでボサノバのリズムを利用して活用します。

この人物には、フラウンホーネ派のクラーク・テリー、アルトリストのフィル・ウッズ、ピアノのラロ・シフリン、

ギタリストのジム・ホール、 そして驚くべきラサーン・ローランド・カークの「ソウル・ボッサ・ノヴァ」が含まれる。

しかし、選択肢はすべて非常に短く、穏やかなリズムにはちょっとチーズ的で不適切なものがあるので、

このディスクは十分に興味深いものです。

1997年製作のアメリカ映画「オースティン・パワーズ」(Austin Powers)

でテーマ曲として使われリバイバルヒットした。

 

Big Band Bossa Nova Quincy Jones

 

そして『愛のコリーダ Ai No Corrida』は、クインシー・ジョーンズ(Quincy Jones)による

1981年リリースのカバー盤 (ボーカル:デューン Dune)が有名なディスコ・ヒット曲。

 

Ai No Corrida - QUINCY JONES '1981

 

もっとも有名な事は1982年のアルバム『Thriller』のセールスは

ギネス・ワールド・レコーズに史上最も売れたアルバムとして認定される。

クインシーのプロデュースでロサンゼルスのウエストレイク・スタジオで制作。

 

スリラー 高音質

 

こんな感じで綴って見ますと、此れがヴォサノバ?ジャズ?と思えますが、

むしろ映画から影響された音楽、ファッション等の影響が強いと思います。

勿論当時はファンション雑誌も音楽雑誌も皆無の中で、見て楽しむ世界は映画が一番影響受けました。



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