伝統ある英国のTANNOY IIILZで聴く、音楽の父J.S.バッハ音楽を知る喜び・・・

音楽好きのIIILZ Monitor Goldユニットの箱を改良して楽しむダメオヤジ金ちゃんです。

オットー・クレンペラー(指揮)、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団演奏のJ.S.バッハ: ミサ曲 ロ短調 BWV.232を聴く。

2024年01月31日 | J.S.バッハ制作音楽

最近風邪で臥せっていたが、好きな音楽も身体が丈夫な時に聴くべきであり、歳とともに感動は徐々に薄れる思いもする。あと何年音楽を楽しく聴けるのであろうか、いつまでも元気で暮らしたいものである。
勿論オーディオ装置は今の状態が続くのであれば十分対応出来ると思ってます。最近特に良く聴く音楽は、J.S.バッハの鍵盤曲、カンタータ、別にキリスト教徒ではないが宗教音楽が圧倒的に多い。或程度の大きなホールでの演奏は据え置き型のエンクロージャーが勝る、適度な低域もたっぷり鳴る、しかも荘厳な感じでホールで聴く様にな錯覚さえ覚える、圧倒的な力強さも感じる様である。

特に現在の10畳程の部屋で特にクラシック音楽を聴くには、この装置の大きさは限界でありそれ以上の装置は望まないつもりでもある。他にもブックシェルフ型のLS3/5aとSPENDOR SP3/1Pも持参するが小編成の演奏とジャズ音楽を聴くには良いとは思うが、ホール等の合奏等の演奏を聴くには10吋タンノイユニットが勝る、独特のホール感を味わってしまうと他の機材での再生は難しいと思う。最近SPENDOR SP3/1Pのエージングが程よく馴染んできた様で演奏楽器の小さな特質も判別できる様になって聴くのが楽しみになったと思ってます。


正に10吋ユニットに写真のGOODMANS AXIOM 80エンクロージャーとの組み合わせで1950〜60年代の懐かしいジャズと、ある程度の低音も問題なく鳴る音と後はJ.S.バッハを中心にした音楽を聴くには十分な組み合わせでもある。

この他にもブックシェルフ型の2ウェイのスピーカーは持参するが、バッハの器楽曲などは実に上手いことに鳴るがホールトーンのする様な環境の整った施設でカンタータ等を視聴すればわかるが、どうやら独特のポール感のあるコーラスの再現はどうやら10吋のタンノイユニットのシステムに軍配が上がる・・・
これ、以上の音質を求める場合は全てのシステムを交換しなければならず人間欲を言えばキリが無く、或程度で我慢する事が肝要でもある。



今朝もモジャ君と早朝の散歩に出かける、相変わらず散歩大好きなモジャ君は小走りにいつものコースを歩く、特に階段を駆け上がり歩道橋の鉄格子から通りを見渡すモジャ君はご機嫌である。

この時間は丁度良い塩梅に朝日が拝めるのです。太陽の光を浴び自然と太陽に向かい二礼二拍手の礼を取る、別に新人深くもないが今日も一日無事に暮らせるよう挨拶をしているのであるが、日本には昔の神代の時代から八百万の神がおられたそうで古事記以前は神の世界と言われ、その後仏教が伝わり神と仏(ほとけ)と区別したと言われる、その後海外の神はキリスト教があり現在に至るが、16〜7世紀スペイン、オランダからキリスト布教が伝わるが禁止した、出島は特別地帯(特区)ととした。

偶々その時期日本は数カ所から金山、銀山が見つかり黄金の国と呼ばれ海外の国から狙われた様であるが・・・日本文化は他の国とは違うと判断し江戸幕府は鎖国にまで至った。莫大な金、銀で日本の通貨を作り繁栄させ文化圏にした。
この様な事で益々商売は盛んになり、町人の子供までもが読み、書、そろばんを覚え日本の教育は盛んになて行ったとも言える。

勿論筆者も西洋音楽をよく聴く様になるが、実に受難曲、ミサ曲、カンタータの旋律の美しさ、気高さ等の息を呑む様な美しさを感じる、宗教音楽には沿うようなキリスト教に関する決まり事などどうも邪魔な感じはするのだが、ある程度時間をおくと何故か曲のフレーズが脳を横切る事がある様です。

散歩中気がついたことはまだ蕾が多い状態なんですが、僅か一輪の白梅の花の綻びである、正に春間近である。



今回は筆者が好きなミサ曲を紹介する。正式名はJ.S.バッハ: ミサ曲 ロ短調 BWV.232です。
バッハはこの作品(キリエとグロリア、 BWV 232a)をアウグスト3世に献呈する際に、「クレド」の最初のページと言われている物が最初のさしんである。

ライプツィヒの聖トーマス教会内にあるバッハの墓である、バッハ《ロ短調ミサ曲》は、バッハが最後に完成させた作品であり、ライプツィヒ・バッハ音楽祭で毎年ファイナルで演奏されるほど重要な作品。それなのに、有名な《マタイ受難曲》の陰に隠れて実演に触れる機会が少ないのはあまりにも勿体ない。
実はバッハの作品の中でも極めて特殊な成立過程をもち、教会音楽家バッハの軌跡が詰まっているというこの曲の魅力は繰り返し何度も聴く事が一番の近道かもしれない。



1.ミサ曲 ロ短調 BWV.232 Ⅰ.キリエ 1.主よ、憐れみたまえ(合唱)から始まる荘厳な出だしに圧倒され合唱も実にか磨きしくホールトーンの美しさは実に味わい深いものがある。
ミサ曲 ロ短調(BWV 232)は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの作曲したミサ曲。 日本語ではロ短調ミサなどとも称される。 早くは1724年に書かれたものを部分的に含むが、最終的に完成したのは、J.S. バッハ(以下、バッハ)の死の前年の1749年である。

何故かそれなのに、有名な《マタイ受難曲》の陰に隠れて実演に触れる機会が少ないのはあまりにも勿体ない。実はバッハの作品の中でも極めて特殊な成立過程をもち、教会音楽家バッハの軌跡が詰まっているというこの曲の魅力をバッハ研究家の加藤浩子さんが解説しています。

《ロ短調ミサ曲》は、名前が知られている割に生演奏に触れる機会が少ない作品ではないだろうか。バッハの声楽作品の大作といえば《マタイ受難曲》がなんと言っても有名で、上演される回数も多い。《マタイ》はキリストの受難を偲ぶ聖金曜日の礼拝のために作曲された作品なので、聖金曜日に演奏されるのが筋であり、欧米ではその時期に上演が集中するが、非キリスト教国の日本では1年中上演されている印象だ。

《ロ短調ミサ曲》はバッハの声楽、とりわけ合唱の集大成である。完成に20年近い年月を要し、バッハの生前には全曲が演奏された記録をもたないなど謎の多い作品《ロ短調ミサ》。そこにはバッハ自身の声楽作品(主に教会カンタータ)からの転用・改変(パロディ)も多くみられます。まるで自らの人生の集大成であるかのごときこの曲は、死を目前にしたバッハの、現実の生活を遥かに超えた視点、永遠への想い、あらゆる哀しみや喜び、祈りといった感情の全てが注ぎこまれています。

バッハは人生の大半を、ルター派プロテスタントの教会音楽家として過ごしており、多くのカンタータや《マタイ受難曲》《ヨハネ受難曲》《クリスマス・オラトリオ》といった教会音楽は、ルター派の礼拝のために書かれたドイツ語の作品だ。だが《ロ短調ミサ曲》はカトリックの礼拝のミサ典礼のための「ミサ曲」であり、ラテン語で書かれている。ルター派の礼拝でも、「ミサ曲」前半の〈キリエ〉〈グローリア〉のみで構成される「小ミサ」を上演する習慣はあったが、ミサ全曲が演奏されることはまずない。バッハはいわば、上演の見込みのない曲を書いたのだ。本質的に職人だったバッハにしてみれば、とても珍しいことだと言える。
だが《ロ短調ミサ曲》は、初めから「完全ミサ曲」だったわけではない。
ここで筆者が思う事と加藤浩子さんが言われる意見と共通することは《マタイ受難曲》より《ロ短調ミサ曲》の方が好きである。その理由の一つは、受難のドラマを描く前者に比べ、後者の方がより音楽として抽象的で、純度が高い点にもあると思う。「音楽」としてより純粋に楽しめるのだ。



毎年6月にバッハの街ライプツィヒで開催されている「ライプツィヒ・バッハ音楽祭」では、聖トーマス教会におけるファイナルコンサートで、必ず《ロ短調ミサ曲》が演奏される。今年は筆者も6月頃《ロ短調ミサ曲》を聴きながら、ヨーロッパの初夏の名物、白アスパラガスを白ワインと共に楽しみたいものです。

最新版の演奏は実に生々しく良い演奏と思いますがハリー・クリストファーズ指揮いるザ・シックスティーンとのバランスも大変良く素晴らしい演奏と思いました。



ハリー・クリストファーズ/J.S.バッハ: ミサ曲 ロ短調
J.S. バッハ:ミサ曲 ロ短調 BWV 232 (ザ・シックスティーン/クリストファーズ)



 BACH, J.S.: Mass in B Minor, BWV 232(Christophers)
  ミサ曲 ロ短調 BWV 232 Mass in B Minor, BWV 232 
  作詞 : ミサ典礼文 - Mass Text 
 カトリーヌ・デュボスク - Catherine Dubosc (ソプラノ)
 キャサリン・デンリー - Catherine Denley (ソプラノ)
 ジェイムズ・ボウマン - James Bowman (アルト)
 ジョン・マーク・エインズリー - John Mark Ainsley (テノール) 
 マイケル・ジョージ - Michael George (バス) 
  David Woodcock (ヴァイオリン) 
 レイチェル・ベケット - Rachel Beckett (フルート) 
 アンソニー・ロブソン - Anthony Robson (オーボエ) 
 ロジャー・モンゴメリー - Roger Montgomery (ホルン) 
 ザ・シックスティーン - Sixteen, The 
 シンフォニー・オブ・ハーモニー・アンド・インヴェンション - Symphony of Harmony and Invention 
 ハリー・クリストファーズ - Harry Christophers (指揮)
 J.S.バッハ (1685-1750)ミサ曲 ロ短調



CD1
 1. コーラス: キリエ・エレイソン
 2. デュエット: クリステ・エレイソン
 3. コーラス: キリエ・エレイソン
 4. コーラス: グロリア・イン・エクセルシス・デオ
 5. コーラス: エト・イン・テラ・パックス
 6. エア: ラウダムス・テ
 7. コーラス: グラティアス・アギムス
 8. デュエット: ドミネ・デウス
 9. コーラス: Qui tollis
 10. エアー: Qui sedes
 11. エアー: Quoniam tu solus Sanctus
 12. コーラス: Cum Sancto Spiritu 
CD2
 1. コーラス: Credo in unum Deo
 2. コーラス: Patremomnipotentem
 3. デュエット: Et in unum Dominum
 4. コーラス: Et incarnatus est
 5. コーラス: Crucifixus
 6. コーラス: Et resurrexit
 7. Air: Et in Spiritum Sanctum
 8 . 合唱:Confiteor unum baptisma
 9. 合唱:Et Expecto
 10. 合唱:サンクトゥス 11. 合唱:オザンナ
 12. エア:ベネディクトゥス
 13. 合唱:オザンナ 
 14. エア:アニュス・デイ
 15. 合唱:ドナ・ ノビス・ ペースム 
総演奏時間:1時間47分



あと一枚は少し録音は古いが一度は聴きたいミサ曲 ロ短調でもある。クレンペラーの荘厳なバッハロ短調ミサ曲。極めて真面目で、一見美しい巨大なモニュメントのようなバッハ演奏。・ノービス・パーチェム」での高揚と感動の深さは圧倒的。古楽風な軽快な演奏とはかけ離れていますが、宗教音楽作品としての魅力はやはり第一級。
J.S.バッハの最も大規模で最も重要な作品とされるのがこの「ロ短調ミサ」です。クレンペラーはゆったりとした足取りで巨視的にこの大作をつかみ取り、仰ぎ見るほどの大演奏を成し遂げました。自分の録音にほとんど満足したことがないというクレンペラーですが、この「ロ短調ミサ」だけは例外だったようで、繰り返し鑑賞していたそうです。

【曲目】
 1. J.S.バッハ: ミサ曲 ロ短調 BWV.232

【演奏】
 オットー・クレンペラー(指揮)
 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団、BBC合唱団
 アグネス・ギーベル(ソプラノ)
 ジャネット・ベイカー(アルト)
 ニコライ・ゲッダ(テノール)
 ヘルマン・プライ、フランツ・クラス(バス)
【録音】
 1967年11月

「ロ短調ミサ曲」の聴き比べをすればわかるが大きなショックを受けたのが、オットー・クレンペラー盤でした。バッハの「マタイ受難曲」の演奏録音でもそうなのですが、
クレンペラーの指揮者としてのスケールの大きさ、技量と、演奏にもたらされるただただ圧倒されるばかりでした。

クレンペラーは、その中に「自分のレコードはほとんど聴かない」という言葉がありました。ところが、クレンペラーは「ロ短調ミサ曲」の「キリエ」は、生涯最高の演奏録音と自画自賛していて、これは自分でもよくレコードプレーヤーに載せたそうです。

ノンビブラート奏法も視野に入れていたようです。かなりロマンティックな時代の演奏様式を引きずってはいますが、老いて益々盛んの言葉ぼようにクレンペラーは晩年にいたっても、次の時代は古楽器双方と新しさを求めていたのではないかと感じています。
J.S.バッハ自身もそのようなことで、ミサ曲ロ短調は長い時間を要して作曲され、また、この上もなく神聖であり、バッハによる信仰に対する姿勢そのものであり、またバッハの作品の中でも最高峰に位置する曲の1つであると言えそうです。ブラボー!


朝の陽の光を浴び幸せそうなモジャ君です。今朝もいつものコースを元気に嬉しそうに散歩しました。


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