よっちゃんのおててつないで

よっくんとカブの夫婦ウオーキングブログです。
2018年12月長崎出島~東京日本橋完歩。

古河(こが)まくらがの里花桃ウオーク(茨城県・古河市)2日目15KM

2016-04-06 04:30:02 | オールジャパンウオーキングカップ

3/27 古河まくらがの里花桃ウオーク2日目(渡良瀬遊水地の自然を訪ねて)。

            30KMコース    はなももコース

            20KMコース    たんぽぽコース

            15KMコース    すみれコース

             7KMコース    つくしコース

このうち、帰りの時間もありますので15KMに参加。それも30KMコースの方と一緒にフライングスタートです。8:20スタート。

  

渡良瀬川の堤防に、「古河城本丸跡」の碑があります。

古河城は、江戸時代古河藩の中心として城郭の象徴ともいえる御三階櫓を有していました。御三階櫓は、寛永11年(1634)江戸幕府大老だった土井利勝が標高約20Mの本丸土塁の上に

築いた外観三層、内部四階建の櫓で、高さ七丈三尺余(約22M)もある、古河のランドマークタワーでした。

江戸時代が終わり、明治6年(1873)の廃城令により、古河城も御三階櫓をはじめとする建造物はすべて撤去され、堀と土塁だけの城址になりました。

更に、度重なる洪水対策として明治43年(1910)から始まった渡良瀬川改修工事により古河城跡の堀と土塁は崩され。城跡の一部を残し完全に消滅してしまったのです。

大老クラスの大名が城主となった巨大城郭が跡形もなく破壊された事例は古河城の他にはありません。(案内板より)

 

  

「三国橋」を通ります。ここは、一旦河川敷に出てまた戻ってくるという変則なコースですが、係り員の方もいなく、皆さん河川敷に行かずに橋を渡られていました。

ちょっとここは、難しかった・・・・・・

三国橋の中央部が茨城と埼玉の県境です。

茨城と埼玉だったら「二国」でいいのでは?という疑問が湧いてきます。

調べてみると、かつての三国橋は、現在より上流の渡良瀬川と思川の合流地点に架けられました。そこは、下総(茨城)、下野(栃木)、武蔵(埼玉)を跨ぐ所でしたので「三国橋」と名づけられたそうです。

  

  

堤防の所にカスリーン台風決壊地という碑があります。

カスリーン台風とは、1947年(昭和22年)9月、東海道から房総半島の南端をかすめて進んだ台風。雨台風で関東地方に大水害をもたらせました。

  

渡良瀬遊水地に着きました。渡良瀬遊水地は、地図で見ると、ハート型しています。

  

 渡良瀬遊水地をHPで見てみると、

 明治23年、29年の洪水を契機に、渡良瀬川下流部の洪水被害とともに、足尾銅山から渡良瀬川に流れ出した鉱毒による被害は明確になった。

これに対し、渡良瀬川の改修や最下流部に遊水地計画が打ち出され、当時、渡良瀬川は栃木県管理であり、明治37年県議会可決後、明治38年から明治40年までの間に

930町歩余りが買収された。その間、明治39年(1906)には谷中村は藤岡町に合併廃村となった。明治43年には、内務省による改修事業が始まり、昭和5年には渡良瀬遊水地が完成した。

その後、昭和10年、13年、22年と相次ぐ大洪水を契機に渡良瀬遊水地を、より効果的に活用するために、渡良瀬川、思川、巴波川に沿って、新しく囲繞堤や越流堤を設け、

調節池化を図り、大きな洪水の時だけ調節池の中に川の水が入るようにし、従来より洪水調節機能を増大させる事業(調節池化事業)を実施した。

  

  

昨日の「ヨシ焼き」の跡です。まだ周囲は煙たかった。時々風でヨシの燃えカスが宙に舞っています。

  

 

ゴールの公方公園に入ってきました。公園には、「古河桃むすめ」さんが通られましたので写真を撮らせていただきました。

11:30ゴール!距離は16KMでした。

  

2日間の参加者です。これでオールジャパン35県クリアしました。あと12県。

11:40公園から臨時バスで古河駅へ。古河発12:26で東京に行き、14:40の新幹線のぞみで博多へ。

  

今日2日目16KMのGPSです。遊水地がハート形になっているのがわかりますか?