
廿日市市宮島町幸町に鎮座している「幸(さいわい)神社」です。
※昔は、護王御社とも呼んでいたそうで、護(午)王の町とも云っていたそうです。
※祭神は猿田彦神
神社前の通りは東町から厳島神社に参詣する道筋に当たり未完の「金鳥居」があり、
このあたりは島内でも屈指の賑わいで、1800年代初め頃から神社の名も幸神社と呼ばれるようになり、町の名前も「牛王町」から「幸町」に変わりました。
幸町の住民は疫病封じや火難・水難の神子宝の神、日々の幸いをもたらす神として大切に祀っています。

(裕編集の)(厳島神社 末社)幸神社
※昔は、護王御社とも呼んでいたそうで、護(午)王の町とも云っていたそうです。
※祭神は猿田彦神
神社前の通りは東町から厳島神社に参詣する道筋に当たり未完の「金鳥居」があり、
このあたりは島内でも屈指の賑わいで、1800年代初め頃から神社の名も幸神社と呼ばれるようになり、町の名前も「牛王町」から「幸町」に変わりました。
幸町の住民は疫病封じや火難・水難の神子宝の神、日々の幸いをもたらす神として大切に祀っています。

(裕編集の)(厳島神社 末社)幸神社
4月13日(安芸区のわが家付近)天候:はれ
宮島には多くの神社が有りますがそれぞれに謂れが有っての神社なのですね。
良いことは肖りたいものと欲を言っております。
こじんまりとした中にも鄙びた趣を感じます。
宮島(厳島)にお墓が建立されることはありません。
神の島だからで、人が住むことは無かったのですが、神社関連の人、訪れる人を接待する人々が住みだしてもお墓だけはいまだ建立は(神への約束だから法律・条令で決められているわけではないのですが)許されていません。
信仰心の大切さを代々つなげていくのが宮島ではないかとわたしは思っていますが。