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「フレンドリーアイランド」トンガ王国の思い出

2011年04月17日 21時13分28秒 | 出会いと経験

1984年1月、青年の船(総務庁主催)に乗船して2ヶ月間オセアニアの4カ国(オーストラリア・ニュージーランド・トンガ王国・サモア)を親善訪問、そして洋上研修を行なった。なかでもトンガ王国は印象深い国のひとつだ。

Tongakodomo

トンガ王国は約170の島々から構成され、面積は鳥取県よりやや小さく、10.2万人が住んでいる。

1773年にキャプテンクックが上陸し、「フレンドリーアイランド(友情の島)」を名づけられた由来の通り、トンガ人は誰に対しても友好的であり、特に日本に対しては前国王が大に親日家であることからとても親切な感じを受けた。

トンガの首都、ヌクアロファ港クィンーサロテ埠頭に接岸したのは2月24日午前8時。船外からなにやら賑やかなリズム。早速デッキへと急いだ。その後、埠頭では、民族衣装に身を包んだ現地の方が歓迎の踊りで出迎えてくれている。

Tongaminato
(ヌクアロファ港にて)

記録係であった私は、慌ててカメラのシャッターを切ろうとすると即、レンズが曇った。重くなるような湿度だったことを覚えている。

歓迎セレモニーでは、民族舞踊カハナビーチを見たり、現地の代表的な料理で「ウム」と呼ばれる豚の丸焼きをご馳走していただいた。しかし生々しい「そのまま形」は今も忘れられない。

次にスモールインダストリーセンター他、施設見学が終り、お昼からはトンガで一番大きな市場へと出かけた。

市場の店には、日本のお菓子も置いてあった。
「ヤチュイョ」(安いよといっているようだ)と片言の日本語で話しかけてくる。「これとこれで5ドル」。

友人が、同じ商品を「ではあとこれつけて3ドル」とかなり無理な交渉をしても「オーケー、オーケー」と訳がわかっているのか、いないのか。

値段があってないようなものだった。結局、先に買った人が一番高い買い物をしてしまったようだった。

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(ヌクヌク村ユースクラブにて歓迎会の様子)

ヌクヌク村での現地の方との交歓会。ひとときのふれあいで、村の人々とすぐ仲良くなれた。キャプテンクックが「フレンドリーアイランド」と名付けたのも理解できる。

交換会後、国立競技場でトンガの青年達と親善サッカー試合を行われ出場した。試合は2-0で勝った(勝たせてもらった?)
この他にもニュージーランドで交流試合を行ったが、異国の地で、スポーツを通じて交流したことは、言葉の壁を越えた何かを感じた。

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(トンガ王国の子ども達と一緒に)

若い時の異国での体験は、若ければ若い程、吸収も大きいと思う。若い人には、教えるよりも刺激を与えることだと先輩から聞いたことがある。
多くのこども達・若者に異質な体験へのチャンスを与え、さまざまな可能性を伸ばしてあげたい。

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