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江戸時代に造られた日本最大の水を通す石橋「通潤橋」

2011年09月12日 21時56分10秒 | 旅、風景写真

 

農業用水や生活用水を白糸台地に送るために、矢部手永の惣庄屋・布田保之助らによって完成しました。
約6キロメートル離れた笹原川の上流から水を引き、水路の総延長は約30キロメートル、灌漑面積は約42ヘクタールにも及び、通潤橋の完成後に、約100ヘクタールもの新しい水田が開墾されました。現在では約170ヘクタールに水を送っています。

宇市、丈八、甚平の作。



1960(昭和35)年に国の重要文化財に指定されました。
▼ 安政元年(1854) 長さ:75.6m 幅:6.3m 高さ:20.2m 径間:27.54m

話変わって、治水利水といえば、永遠の課題ですが、戦国時代には、戦国武将が国を治めるに、治水利水によって、石高に反映され、力をつけたと聞いています。町づくりを立案し、人と組織を上手に雇い、知恵を使った武将が生き残ったとも言えると思います。そういう意味で、橋の向こうにロマンを感じているところです。



(橋上から見た放水。すごい力です)

熊本県でも城つくりの名人「加藤清正」により白川水源から水を引き、干拓をおこなうなど地域を潤すためにの整備が行われました。
その土木技術は非常に優れており400年後の現在も実用として使われている遺構も少なくありません。
その干拓によってできた橋も多いと聞いています。
熊本への石橋ツアーでは、橋の美しさだけでなく、先人の治水利水への努力や技術に改めて関心しました。