内田百(ひゃっけん)の随筆に登場する猫たちの中に、クルスという猫がいる。ノラが行方不明になってしばらくしたころ、クルスはぶらりと百の家にやって来た。少し年のいった猫で、そうとう闘いに強かったようだ。でも、百たち家族には子どものように懐いた。数年後、クルスは闘病の末、家の中で死んだ。最期を看取るのは辛いけれど、外で死なれるよりどれほど諦めがつくことか。その夜、クルスは以前とまったく同じように、百夫婦の蒲団に上がってきた。
私も同じ経験をした。昔、我が家にいた黒猫「との」が十五才になる直前に死んで、それからしばらく、甘えたグルグルという声を枕もとで聞かせてくれた。一年近く経ったころだろうか、その声は聞こえなくなった。私たちが「との」の死を納得したのもそのころだった。(了)