エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

発達トラウマ障害の子どもには、早期の、粘り強いセラピーを

2016-05-16 06:47:28 | エリクソンの発達臨床心理

 

 

 
1941年12月8日の東京市民の表情は、愉しそうでした
       今日のタイトルは、加藤周一さんの『加藤周一コレクション 5』p.25最後から2行目。 滅びと復活  ...
 

 

 

 今朝も、今から7年前、311(2011)を遡って2年前、ヴァン・デ・コーク教授が、2009年に出した、発達トラウマ障害(DTD : defelopmental trauma disorder)をDSM-にハッキリと入れてね、という提案書(http://www.traumacenter.org/announcements/DTD_papers_Oct_09.pdf) の38目。

 今朝は、妥当性と信頼性の章の9日目。この提案書は5日ぶりの翻訳です。

 

 

 

 

 

 病気の推移

 発達トラウマ障害の症状と出来ないことの推移の特徴は、重たい突発性の脳波異常によって、子ども時代、思春期、慢性的に悪化することです。多くの場合、生涯を通じて悪化し続けます。

 

 

 

 

 

 重たい事実ですね。発達トラウマは、脳の正常な発達を、文字通り著しく傷つけます。脳に委縮があることが知れられいますが、脳波異常もあるんですね。症状や出来ないことが、慢性的に悪化するのですから、発達トラウマ障害の子どもには、早期に、しかも、粘り強いセラピーが必要です。

 

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#インターメッツォ : #輝く瞳  #音楽の力 #ザンダーさんの場合

2016-05-16 03:59:22 | 聖書の言葉から

 

 

 
ルターの講義は、毒と薬
  ルターは、当今流行のいい加減な、軽薄短小の大学(院)教授輩と、比べ物になりません。 Young Man Luther 『青年ルター』p200の第2パラグラ...
 

 

「発達トラウマ障害 Enpedia」    

をご参照ください。  

 TEDで、ベンジャミン・ザンターさんが語った言葉からhttps://www.ted.com/talks/benjamin_zander_on_music_and_passion?language=ja。ついでに申し上げれば、TEDのスピーチを100本以上聴きましたけれども、このベンジャミン・ザンターさんのスピーチが、一番のお気に入りです。何度聞いても、「笑いと涙のハッピー・クラス」になりますよ。

 

 

 

 アウシュビッツの数少ない生き残り。その女性が、アウシュビッツに送られたのは15の時でした。弟は8つでした。両親とは離れ離れ。その女性は私に話してくれました。「私どもは電車に乗せられて、アウシュビッツに着きました。ふと下を見ると、弟の靴がありません。私は言いました『バカな子ね。自分の物を失くしちゃダメじゃないの』」と。お姉さんが弟に言う言い方ですね。残念なことに、それが、その女性が弟さんに言った最後の言葉になりました。そのお姉さんは弟に2度と会えなかったからです。弟さんは亡くなってしまった訳ですね。その女性はアウシュビッツを出た時に、1つの誓いをしたそうです。私に話してくれたんですね。「私はアウシュビッツを出て、人生を取り戻しました。私はそれで、1つの誓いを誓いました。その誓いとはね、最期の言葉になっても我慢できないような言葉を、2度と言うまい、ということです」ってね。

 さて、私どもが、その誓いを実行できますか? いいえ、出来ないでしょう。私どもは、自分を、人を、悪く言いますね。しかし、この誓いこそ、私どもが人生を掛けるだけの価値あるものでしょう。

 

 輝く瞳

 

 

 真理が、笑顔と感動の涙の中に隠れている典型でしょう。

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トラウマの本質と虐待の本質 それから、トラウマ治療の着眼点

2016-05-16 03:12:08 | ヴァン・デ・コーク教授の「トラウマからの

 

 
ナゾナゾ遊び、一席
  子どもは、次第に経験する時空も広げていきます。大事な大事な始まりです。 The life cycle cpmpleted 『人生の巡り合わせ、完成版』、p...
 

 

 演劇トラウマ療法は、かなり有効なトラウマ治療法ですね

 The body keeps the score : brain, mind, body in the healing of trauma 『虐待されたら、意識できなくても、身体は覚えてますよ : 脳と心と身体がトラウマを治療する時どうなるか?』p.337の、第4パラグラフから。

 

 

 

 

 これまで私どもが見てきたように、トラウマの本質とは、一人ぼっち、ということです。他の人すべてから見捨てられた感じです。演劇には、人間の条件に集団で向き合うことがあります。ポール・グリフィンが、アメリカの養子制度で養子になっている子どもたち向けにポールが作った演劇プログラムについて議論している時に私に言ったことは、「劇場での悲劇の素材は、裏切られたこと、レイプされたこと、破滅させられたことに折り合いをつけるのに役立ちます。こういった(犯罪歴のある)子ども達は、『リア王』、『オセロ』、『マクベス』、『ハムレット』が言わんとすることを、難なく分かるものですね」ということです。ティナ・パーカーも、「すべては、身体全体を使い、皆さんのいろんな感じ、いろんな気持ち、いろんな考えに、他の人の身体を響かせていくわけです」と言っていますね。つまり、演劇というものは、トラウマを負わされてる人たちが、普遍的な人間性の深みを体験することで、人と人との繋がりを取り戻すチャンスになる訳ですよね。

 

 

 

 

 

 トラウマの本質とは、「見捨てられ」ですし、その結果の「一人ぼっち」という感じです。ですから、虐待の本質は、ネグレクト(見捨てられ)なんですね。これは、発達トラウマ障害の子どものセラピーをしていれば、必ずと言っていいほど、出てきますね。私は、プレイセラピー、箱庭療法、コラージュ療法、絵画療法が得意ですが、そこに繰り返し現れるのが、「見捨てられ」のテーマであり、「一人ぼっち」のテーマですからね。

 ですから、発達トラウマ障害の子どものセラピーは、人と人の繋がりを実感することが大事です。人と人を繋げるものは信頼でしょ。それも、最深欲求と結びついた根源的信頼感です。発達トラウマ障害の子どものセラピーの着観点は、セラピストの根源的信頼感ですね。常に問われるのは、子どもの方ではなくて、セラピストの態度です。カール・ロジャースと同じです。

 

 

 

 

 

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ブルース・ペリー教授が一流の臨床家である訳

2016-05-16 02:14:33 | ブルース・ペリー教授の『犬』

 

 
1941年12月8日の東京市民の表情は、愉しそうでした
       今日のタイトルは、加藤周一さんの『加藤周一コレクション 5』p.25最後から2行目。 滅びと復活  ...
 

 発達トラウマ障害=愛着障害の子どもに、罰とエサ、怒鳴る、その場しのぎの弥縫策与えるような関わりは、虐待です。 大事な関わりは、本当の自分が出てくるのを待つこと、言葉にならない気持ちを大事にすること、≪約束≫に基づいて一貫した関わりです。その関わりをするためには、子どもが落ち着くことが大事ですが、それには、関わる大人がまず、落ち着かなくっちゃね。でも、弥縫策しかない場合は、大人が落ち着きたくても落ち着けませんね

 ブルース・ペリー教授の The boy who was raised as a dog の第11章、「癒しのやり取り」のp.245の、第2パラグラフから。ここから少しの部分は、再録ですが、改めて訳しています。

 

 

 

 

 

 皆さんが、1人の子どもに、落ち着いてもらうためにはまず自分が落ち着かなくちゃ、と思って関われば、その子どもから得られる反応は、現状と現状維持の方法を知ってると単純に考えている時とは、全く違うものになりますよ。たとえば、私が、犬小屋・鳥かごに入れられていたジャスティンと最初に関わった時、以前にジャスティンに関わった人たちとは全く違った反応があったんですね。というのは、ジャスティンがやる人をギョッとさせる、いろんな行動の背景には、ジャスティン自身が怖い思いと空腹を感じていることがある、ということを、私は心静かに理解していたからなんですね。皆さんのお子さんが悪さをした時に、一歩引いた遊びのある態度でいるのって、難しいでしょ。特にその悪さが、皆さんを怒らせることだったり、動揺させることだったりしたら、一歩引いた遊びのある態度はとれないでしょ。でもね皆さんがその子どもの視点から世の中を見ようとすればするほど、それから、その子どもに安心して貰おうとすればするほど、それだけ、その子の行動は良くなりますし、それだけ、その子がもっと良くなる関わり方も分かってきますからね

 

 

 

 

 

 ブルース・ペリー教授が一流の臨床家であることがハッキリと分かりますね。一流か否かは、根源的信頼感の質で分かります。もちろん、根源的信頼感豊かであれば、一流です。でも、根源的信頼感そのものは眼には見えないものですね。根源的信頼感の豊かさは、子どもなど、相手の立場に立てる関わりができる、というところにハッキリと現れます。あるいは、根源的信頼感の豊かさは、子どもを笑顔にする関わりができる、と言っても良いものです

 反対に、根源的信頼感が貧しい人は、子どもを泣かせたり、黙らせたりする関わりが得意です。あるいは、根源的信頼感が乏しい人は、子どもを、人を、コントロールしようとする関わりに拘ります

 

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